3-9 花の危機
となるとやることは決まってくる。エーヴェルはまた隠し扉から銃とナイフを取り出すとデッキに飛び出した。
二機の飛行艇の光を探すと、前方から取っ組み合うようにもみくちゃになって飛んでくる。このままだとデッキに衝突してもおかしくない。
エーヴェルは風の強い中飛んでくる飛行艇に狙いを定め、何度か銃を撃つ。一、二発は装甲に弾かれたが、残りは機関部に命中したようで、ぼふ、と黒煙を上げて空賊の飛行艇の速度が落ちる。そしてソムニウムの飛行艇に不時着の場所の合図としてデッキの上でエーヴェルは合図を送る。
ソムニウムの飛行艇は速度を緩めてオルテンシアのデッキに降り立つと、乗っていたマスクとゴーグル姿の男が安全ベルトを外し降りてくる。
「すまない! 空賊に襲われてしまっていたのだ!」
「構わないが、ソムニウム家の人間だな?! 事情を聞きたいから船内に来てもらおうか!」
さすがに大声にならないと相手の声も聞こえないし自分の声も届かない。だが、エーヴェルが船内を指したところで突然ドアが開き可憐なドレスの裾が翻った。
「エーヴェル様! 一体どうなさったのです!」
「プリムローズ嬢! 船内にお戻りください!」
慌ててエーヴェルが叫ぶが、プリムローズは聞こうとしない。横に立つソムニウムの人間が明らかに動揺する中で、また一つ船がゆれた。
「きゃっ」
エーヴェルは咄嗟に屈んで衝撃をやり過ごすが、ソムニウムの人間は尻餅をつき、プリムローズもデッキにぺたんと座り込んでしまった。助け起こそうと立ちあがろうとして、プリムローズの背後に大きな人影が見えた。
先ほど落とした空賊が船に取り付いていたのだ。
「プリムローズ嬢!」
「プリムローズ!」
エーヴェルと尻餅をついた男が同時に声を張り上げると同時に、デッキに這い上がってきた空賊がプリムローズを盾に短刀を突きつける。
「へ、へへ、動くなよ? この嬢ちゃんがどうなってもいいのか!」
「くっ、卑怯な……それでも空賊か!」
「空賊だから卑怯な手くらい使うだろバカが!」
尻餅をついていながらも一丁前に格好のつけたセリフを言う辺りただものではなさそうだ。当の空賊につっこまれるところからしてもあまり頼りがいのない方で、だが。
「チッ……」
舌打ちをしてエーヴェルが身動きを取れないでいると、隣の男が意気揚々と語りかけてくる。
「君。君のような勇敢な若者ならきっと私と二人で彼女を助けることができるはずだ。三つ数えたら空賊に飛びかかる。君が八割方なんとかして、残りの二割を私がフォローしよう」
「いや、突然何言ってるんだあんた」
「君とならできる! 行くぞ友よ! 一、二……!」
なんという瞬発力。バカな方面で。とにかくツッコミどころが多すぎるが逆にそれが空賊の隙を作ったようだ。
「三!」
その声と共にエーヴェルは携えていたナイフを投げ、短刀を持つ空賊の腕に刺した。
「ぬおっ!」
空賊が怯んで短刀を落とすところを逃さずエーヴェルは床を蹴って一気に距離を詰める。一気に懐に潜り込むと勢いよく足を伸ばし空賊の顎を蹴り上げた。
「がっ!」
意識をぐらつかせた空賊がよろめき、プリムローズを捕らえていた手の力が緩まった。
「プリムローズ! こちらへ!」
エーヴェルのその一連の動きの中でようやく立ち上がった男がプリムローズに叫ぶ。プリムローズが空賊を振り切って男の胸に飛び込み、エーヴェルは空賊を締め上げる。
「すまん、そこにあるロープを取ってくれ! こいつを縛っておく!」
エーヴェルが声を上げて男に頼むめば、男は置いてあったロープを投げた。そのあとはずっとプリムローズを抱きしめていたから、ほとんど自分が頑張ったのにエーヴェルは自分だけ蚊帳の外に置かれているような妙な感覚になってしまった。
「プリムローズ、無事かい?」
「ええ、ええ見ての通り怪我一つありませんわ。助けてくださってありがとうございます」
助けたのはエーヴェルだがあまりその辺りは関係ないらしい。プリムローズは甘い花の香りを漂わせ、一心に男を見つめている。
「私、あなたのような方に出会うのは初めてだといのに、まるで初めて会った方には思えない……」
「私はずっとあなたを待っていたよ。愛しい私の花」
「まあ、なんて情熱的なお方……」
そんな甘いやりとりを背に空賊を縛り上げてデッキの端にくくりつけているのがエーヴェルである。
黙々と作業するエーヴェルに、空賊の男が観念した様子でエーヴェルに言った。
「なあ、あんちゃんよ」
「猿轡が必要だったか?」
短く答えるエーヴェルに空賊の男はため息をつく。
「別に今すぐ舌噛み切るわけじゃねぇよ。なんつーか、あんたも災難だな」
空賊の視線の先にはいちゃいちゃとするソムニウムの男とプリムローズ。言いたいことがわかってエーヴェルも苦笑した。
「全くだ」
エーヴェルのため息も、強い風に吹き飛ばされてしまった。




