3-8 狭間を越えて
あらかた空賊の攻撃を交わし、取りつこうとした空賊を追い払えば、オルテンシア号は世界の狭間に突入する。急いでデッキから船内に引っ込んだエーヴェルは伝声管でアデーレに報告をする。
「状況はあらかた片付いた。狭間に入ったし、多分振り切れたと思うぞ」
「ええ、レアからも反応が消えたっていう報告は受けたわ。ご苦労様、この報告を持って状況を終了します」
「了解。ってことはまたあのお嬢さんの説得かぁ」
「頑張りなさいよ? 狭間を抜けたらもう宵の国なんだから」
アデーレに軽い励ましを受け、エーヴェルは気が重くなった。隠し扉に武器一式を納めると、何くわぬ顔で展望室に戻る。
展望室にはユヅルハの話を熱心に聞くプリムローズの姿があった。
「……ですので、世界の狭間は世界同士の摩擦で不安定になっている、と考えられているのです」
「世界の境界がぶつかり合っているから、こんなに荒れ模様のお天気にもなるのですね! 興味深いですわ!」
「おや、エーヴェル。その様子では無事船の安全を守ってきたようですね」
「ユヅルハ先生の講義中か。まあそんなところだ」
「エーヴェル様! お怪我はございませんか?」
プリムローズがぱっと席を立ちエーヴェルの元に駆け寄る。エーヴェルは怪我もしていないから大丈夫だとプリムローズと距離を取るが、その時肩に触れた手にプリムローズは何か気づいたようだ。
「エーヴェル様、何か不思議な香りがしますわ。私の知る土の匂いとは違う……なんでしょう、もっと石が焼けたような香り……」
そういえば散々銃撃をしていたのだ。硝煙の匂いがついていてもおかしくはない。どう誤魔化そうとエーヴェルが答えに詰まっていると、ユヅルハがああ、と思い至ったように声をあげた。
「おそらく機関部にまで出向いたのでしょう。あの場所は常に燃料を燃やしておりますので、焼けた匂いがついてしまうのも無理はありません」
「まあ、機関部といえば、船を動かす原動力にもなっている場所ですわよね? そんなところまでお仕事なさるなんてたくましいお方……」
「おい、俺の株を上げてどうするんだよ」
「言葉の綾です」
ほう、と息をつくプリムローズにエーヴェルが複雑な表情をする。当のユヅルハと言えばしれっとした顔をするのみだから困ったものだ。
世界の狭間は常に暴風が吹き荒れ、激しい雨が降り注いでいる。到底外には出られないし、大きな雲の中を突き進んでいるような状態だ。狭間にも色々と種類があり、必ずしも同じような状況だとは限らない。だがそこはレアの操舵術でなんとかなっているのだから頭が上がらないものである。
「それで、俺のことはともかくだ。ローカスの旦那はどんな人か聞きそびれてるからな。よかったら教えてくれ」
「ローカス・ソムニウム。ソムニウム子爵家の長子でしたね。月待、夢の湖に居を構えていると聞きますが」
「ええ、ええそうなんですの。ローカス様は宵の国から私の住む花の国に旅行に来ていたんです」
ユヅルハの言葉にプリムローズは両手で頬を包み馴れ初めを話し出した。
「私一目見てローカス様に夢中になってしまって……そうしたらローカス様は宵の国まで来てもらえたなら結ばれようと約束をしてくださったんですの。私それが嬉しくて嬉しくて、すぐに婚約をしてしまいましたの」
それほどの情熱がありながら今はエーヴェルのことに夢中になるのだから恋とは罪深いものだ。正確には移り気の方かもしれないが。
「ローカス様も私のことに夢中になって、まるで私が二人に増えたかのようにも思いましたわ。だってローカス様は」
そこまで行ったところで、またアデーレの船内放送が聞こえてくる。
「まもなく世界の狭間を通過します。狭間を抜ける際揺れることがございますので、くれぐれもお気をつけください」
この狭間を抜ければ宵の国だ。エーヴェルはプリムローズをまた展望室のカウンター席に着かせると自身もカウンターを掴み揺れに備えた。
狭間を抜け、暗がりはさらに暗くなる。宵の国はその名の通り一日中夜の常闇の国だ。月や星は出ているから真っ暗ではないが、それでも花の国の明るさに比べるとずっと静かでひんやりとしている。
「ここがローカス様の住む国……」
プリムローズが夜の美しさにため息をつく横で、エーヴェルは展望室の窓を見やる。
「……ん?」
遠くに小さな光が争うように追いかけあっている。挙動と飛び方の癖から、一人乗りの飛行艇だろう。
エーヴェルはカウンターから離れ展望室を出ると、伝声管ですぐにアデーレに状況を報告する。
「アデーレ。前方に二機飛行艇だ。空賊かもしれん、落とすか?」
少しして、アデーレから返答が返ってくる。
「レアに見てもらったけど、一機は空賊みたいね、もう一機は識別信号が出てるわ。宵の国、ソムニウム。ソムニウム子爵家の機体でしょうね」
「となると……」
おそらく空賊がソムニウム家の機体を襲っているのだろう。安易に手を出してしまうとあとが厄介だ。どうするかと考えているうちに、レアの声が伝声管に割り込んできた。
「ごめん、避けてたけどソムニウムの機体が一直線にこっちきてる! 取り付かれるかも知れないから対処任せたよ!」




