3-7 空賊
プリムローズはグラスに視線を落としたまま表情を曇らせる。
「わかりません……せっかく結婚のお約束まで交わしてくださったのに、ローカス様を好きじゃなくなってしまった私が相応しいのかもわかりませんし、でもローカス様に応えるにも私エーヴェル様のことを忘れられなくて」
萎れるようにしゅんとするプリムローズに、ユヅルハも大方の事情を察したようだ。
「これはこれは、大分こじれさせてしまっているようですね」
「だから、俺のことは忘れてローカスの旦那一筋になればいいじゃないか、とは言ってるんだが……」
「せっかく好きになったのですもの、忘れたくありませんわ……!」
ふるふると首を振って否定するプリムローズに、エーヴェルは肩を竦めて見せる。
「だからそれだとどっちつかずになるだろ? あんたはみんな好きなのかたった一人を好きになりたいのかどっちなんだって話なんだがな」
少し苛立ちながらエーヴェルはプリムローズに言った。
どんどん萎れるプリムローズに、ユヅルハがふむ、と助け船を出す。
「こと人となれば、恋情は一方に向けた方がよいとは聞きます。エーヴェルはこのように粗野な人間ですので、あなたの恋情の十分報いるとは言いがたいのですが……」
なんだかなじられている気もするが、プリムローズを諦めさせるためだ。今回は目を瞑ろうとエーヴェルは苦い表情で頷く。
「あなたは、あなたの気持ちに十分報いる方と一緒になられた方がいい。報われずに悲しむよりは、報われて幸せになる方が私としても喜ばしいことかと思いますので……」
「そう、なのですね」
「そもそも、そこまで夢中になったローカスの旦那はどんな人なのかも聞いてないし、よかったら教えてくれないか?」
名前は何度も聞いたが、ローカス自体がどんな人間なのかはエーヴェルもユヅルハも知らない。それを知ることができれば、プリムローズを説得する鍵になるかもしれない。
プリムローズがエーヴェルの言葉に顔を上げたとき、不意にぐらりと船が揺れた。
「きゃっ」
「おっと」
船が揺れた拍子に倒れそうになったグラスをユヅルハが取り、揺れに驚いたプリムローズをエーヴェルが支えてやる。エーヴェルが支えていた手を離すと、プリムローズはほんのりと頬を染めて礼を述べた。
程なくして船内放送でアデーレの声が聞こえてきた。
「ただ今、世界の狭間を航行中ですが、多少荒れ模様のようです。乗務員は持ち場にて状況を報告してください」
「ったく、船が揺れるときはろくでもないことばっかりだな」
エーヴェルがまた肩を落としてカウンターから離れる。ユヅルハはプリムローズの前にグラスを置き、追いかけようとしたプリムローズを留めさせた。
「申し訳ありませんが、ただ今大変荒れておりますので、収まるまでこの場にて待機なさってくださいますと幸いです」
「あら、そうですの? 世界の狭間を越えるなんて私初めてで、勝手がよくわかりませんの。よろしければお聞かせくださいませんこと?」
「ええ、構いません。エーヴェル、そちらはお任せしましたよ」
「わかってるよ。早いとこ状況を終わらせてくる」
そう言い残してエーヴェルは展望室を出ていく。
展望室を出ると、表情を引き締め伝声管から指示を仰ぐ。
「こちらエーヴェル、荒れてるところはどこだ?」
すぐにアデーレの声が返答してくる。
「左翼後方、八時の方角ね。取り付く隙を作らないようにレアが操舵してるから、牽制程度にかましてくれると助かるわ」
「了解」
短く応答をした後、エーヴェルは階段脇の隠し扉から備え付けの武器を取り出した。銃と近接用のナイフを取り出し、とっとと終わらせてしまおうとエーヴェルは頷く。
先ほどの放送は空賊が近くに現れたという乗務員だけに伝わる暗号である。主に対処するのはエーヴェルの仕事で、降りかかる火の粉を払うような役割だ。
階段を上がってデッキに出ると、アデーレの指示通り八時の方角に何隻か一人乗りの小型飛行艇が隊列を組んでいる。一人乗りの飛行艇は操縦席がむき出しで操縦者も外気に晒されるのが特徴だ。
世界の狭間付近は天候も荒れていて、常に強い風が吹き荒んでいる。積乱雲のような巨大な雲が壁のようにそびえ、まるで雲の回廊を通っているような感覚だ。
激しい風の中エーヴェルは大きめの片手銃を構え、近づいてくる飛行艇に目を凝らした。薄暗い中でもはっきりと飛行艇に乗る空賊の姿を捉える。距離から考えて、頭を狙うより体の中心を狙った方が弾が当たるだろう。
空賊の一人に狙いをつけてエーヴェルは銃を撃つ。銃声と共に空賊の一人がのけぞってバランスを崩した飛行艇ごと空の下に落ちていく。隊列を乱された空賊たちはだがすぐに体勢を立て直すと、携帯式の大砲をエーヴェルに向かって打ち始めた。
煙を上げて飛んでくる炸裂弾を、呼吸半分の反応速度でエーヴェルは次々と撃ち落としていく。これで船に傷でもつこうものならアデーレから大目玉だ。なんとしても阻止しなければならない。
「こっちも仕事なんでね、悪く思うなよ?」




