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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
3.花人の花嫁

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3-5 花の悩み

 エーヴェルはプリムローズを連れたまま、ぶらぶらと船内を歩き回る。廊下をぐるりと回るだけでも、プリムローズは楽しげにエーヴェルの後ろをついて歩いた。


「そもそも、だ。なんでお嬢様は俺なんかに惚れちまったんだろうな」

「それはもちろん、危ないところを助けてくださったからですわ」

「危ないところをねぇ。じゃあ聞くが、なんで危ない目になんて遭ってたんだ? 伯爵家のお嬢様ともなれば外に出歩くにも使用人なり護衛なりはつくだろうに」

「そ、それはお忍びだったから……」

「お忍びなのにすぐに探し回る使用人がすぐ近くにいるもんかね」

「えっ、と……」


 最初は流暢に話していたプリムローズだったが、エーヴェルにおかしな点を指摘されるほどに言葉が目に見えて減っていく。

 エーヴェルは振り返るとたどたどしくなったプリムローズにまたため息をついた。


「お嬢さん、あんた逃げ出そうとしてたろ」


 その一言で、ハッとしてプリムローズは顔を上げる。


「マリッジブルーってやつか? 結婚を間近に控えてたわけだしな」

「私、は……エーヴェル、様」


 きゅっとドレスの裾を握ったプリムローズが言う。


「聞いて、くださいますか……私のことも」

「聞くだけくらいならしてやるよ。話してみな」


 エーヴェルのぶっきらぼうな答えにプリムローズは頭を下げると、ぽつぽつと話し出した。


「私、今回の結婚をとても迷っていますの。ローカス様が気に入らないというわけではありません、私の気持ちのことで、なんですの」


 エーヴェルは廊下の手すりに寄りかかり黙って聞いている。プリムローズはそれを確かめたあと、また話の続きを語り出す。


「先ほどまでの私を見ていたならおわかりかと思いますが、私、昔からとても移り気で何人も何人も好きになってしまうことが多かったんです。しかも、その度にそれまです好きだった方のことが頭から抜けてしまいますの。そのせいですげなくされて断られても、私不思議と枯れることも萎れることもなく、自分が好きになる誰かを夢に見ておりました。でも、ローカス様には、ローカス様だけにはそんな気持ちがわかなくて、嫌われてしまったら、私が他の誰かを好きになってローカス様のことが疎かになったら、そう思うだけで怖くなってしまうんですの」


 ふーん、とエーヴェルは聞き流すように相づちを打つ。だが、その実プリムローズの話すことは全て聞いて分析していた。


「それで? 逃げ出したのはどうしてだ?」


 エーヴェルの問いかけに、プリムローズは申し訳なさそうに顔を伏せた。


「それは、あの人のところに行くのが怖かったから……いざあの人のところに行くときになって、嫌われてしまったらどうしようと怖くなって、気持ちを確かめるのが怖くなって……」

「それで逃げ出そうとして、虫に襲われたんだな」


 ええ、とプリムローズが頷く。


「そうしたら、あなたが現れたんですの。そうしたら、また誰かを好きになりそうな予感がしたんです。それでローカス様のことは忘れてしまえないのに、エーヴェル様のことも好きになって、好きになると周りが見えなくなってしまって」

「で、いきなりプロポーズまでしてきたわけか」

「はしたないことなのはわかっておりますわ。でもどうしても止められなくて、ならいっそローカス様のこともこれまで好きになった方々と同じになれば、踏ん切りが付くと思ったんですの」

「気持ちが制御できないのか。随分と面倒な性質だな」


 エーヴェルの物言いは刺々しいが、プリムローズは気にしていないようだ。むしろ、その通りだと首肯せんばかりの勢いで俯いている。


 逆に言えばエーヴェルにはそこまで強い執着や気持ちを持ったことがないから、あまりわからない感覚ではある。

 好きだという一つの感情で、周りのことを合理的に考えられなくなる。それだけで命に関わるような仕事をしていたのだから当たり前だ。私情を殺し、常に合理的に、目的遂行のために動く。表立って言えない仕事でそんなことを求められるものなんて、ぱっと思い浮かぶ限り数えるほどのものしかない。


「わかってますわ。でも、自分の気持ちを押し殺したままでいるなんて、私耐えられませんの。そんなの自分じゃないみたい。私は、自分の気持ちにずっと素直でいたいだけ、でもそれが子供っぽいことも、頭では理解しています」


 エーヴェルが答えないから、プリムローズは自分の気持ちを滔々と語っていく。


「けれど、頭がいくら理解していても、気持ちが追いついていかないんです。我慢するべき時にも我慢ができなくて、それで失敗ばかりしてしまう。わかっていても、うまくできなくて」

「心のコントロールなんてそうそうすぐにできるもんじゃない。何年も訓練して身につけるもんだ、感情に振り回されてばかりのお嬢さんがそうすぐに自分の感情を手懐けることなんてできないさ」

「そう……ですわよね」

「だからといって、できないとも言った覚えはない。これから身につけていけばいいんじゃないか」


 落ち込むプリムローズにそうエーヴェルは付け足した。


「お優しいんですのね、エーヴェル様」

「人並みに優しくする術くらいは知ってるよ。あんたを助けたいって言うよりは、受け答えで一番マシな言葉を言ってるだけさ」

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