3-4 花人の話相手
エーヴェルがプリムローズの部屋に赴くと、プリムローズは華やかな香りを漂わせながら嬉しそうにしていた。
「ご指名いただきありがとうございます、乗務員のエーヴェルと申します」
「エーヴェル様! どうぞどうぞおかけになって! 私あなたとお話できるだなんて夢のようですわ!」
「それはそれはありがたきお言葉。あなたにお声をかけられるのであれば、私めよりもっとふさわしいお方がいらっしゃるのではないでしょうか」
「まあ、そんなことはありませんわ! 私の言葉は今はエーヴェル様、あなたにしか捧げていませんことよ!」
それとなく言葉を誘導してみるが、プリムローズにはまるで効かないようだ。エーヴェルは勧められるまま椅子にかけ、何度か問いかけてみるがプリムローズの答えはことごとくエーヴェルのためのものであった。
「プリムローズ様、今回ご乗船くださったのは旦那様の元へいらっしゃるおつもりだと伺っておりますが」
プリムローズはエーヴェルの問いに首を傾げ、そしてこくりと頷いた。
「ええ、ええそうですわ。でも私、今はエーヴェル様に夢中なんですの。あなたのことしか、今は考えたくありませんわ」
「ですが、旦那様も知らないところで勝手をなされては……お困りになるのはプリムローズ様かと思いますが……」
困ったようにエーヴェルが諌めると、プリムローズはつぶらな瞳を大きく見開いた。
「まあ、まあそんなこと! 私全然気にしませんことよ! それよりもエーヴェル様、私、あなたの花に相応しいかしら? とてもとても答えが聞きたいの」
これは困ったぞ、とエーヴェルは苦笑いをする。嫁ぎ先の婿のことなどまるで口にしない辺り、かなりエーヴェルにゾッコンであることがわかる。なんとかしてこのお嬢様を引き離して元の旦那様の元まで送り届けなければならないのだが。
「私めにとっては、お嬢様のような美しい花は分不相応でございます。花は裏路地より整えられた庭園で咲く方がずっとその美しさを発揮できるかと」
「でも、私あなたのためならたとえ側溝に落とされても美しく咲く覚悟はございます」
「それは私めが看過できません。あなたのようにお美しい花であれば、もっと愛でられるべきだ。たくさんの日の当る場所で、美しく咲き誇ってもらえることが私めにとっての幸いでございますので」
なんとか言葉をやりくりしてエーヴェルは遠回しにプリムローズに諦めてもらおうとするが、その度にかまわないとプリムローズは食い下がるのだから不毛なやり取りになりつつある。
いいかげんエーヴェルも面倒になってきて、バッサリと断りたくなるのだがそうするとプリムローズが失恋で枯れてしまうかもしれない。どうにも板挟みで身動きが取れないエーヴェルである。
「エーヴェル様、どうか、どうか私をあなたの花にしてくださいませんこと?」
「うーん……」
エーヴェルはとうとう唸ってしまって腕組みをしたまま天を仰いでしまった。
それを見たプリムローズは驚きのあまりあたふたと落ち着かない様子でエーヴェルの身を案じる。
「まあ、まあエーヴェル様。大丈夫でしょうか、何か悪いものに当たりでもしたのかしら。どうしましょう、どうしましょう……」
「あー……そう心配しなくても死にはしないから大丈夫だ」
さすがにもう我慢はできない。エーヴェルはぶっきらぼうに言い放って顔を覆った。
「まあ、まあ」
驚いて目を丸くするプリムローズに、エーヴェルはうーんと唸りながら姿勢を戻す。
「お嬢様よ、俺はこの通り生まれも育ちもろくなもんじゃない人間だ。運よくこんな旅行社で職にありつけてはいるが、そうでもなかったら花人なんかに見向きもされないような小汚いことをして生きてるような奴だ。ただ助けてくれたからって理由で惚れるにはちょっとやめておいた方がいいと思うがね」
接客をやめた口の悪さは昔からだ。アデーレに拾われるまではそれこそかなり後ろ暗いことをしていただけに、こんな上流階級のお嬢様と話すことだって本来はできないものだ。
「そういうわけで、俺に好きだのなんだの言うのは割に合わないからやめとけって言いたいんだが、こんな口の悪さでも冷めてくれるもんかな」
プリムローズは目をまんまるにしていたが、それがやがて嬉しそうにほころんだ。
「飾らない言葉遣いって初めてですの。エーヴェル様のことが一つ知れて私とても嬉しいですわ!」
「ってダメなのかよ」
てっきり粗野な振る舞いに冷めるかと思っていたエーヴェルだが、プリムローズは明後日の方向に感心してしまっている。またもやがっくりと肩を落とし、エーヴェルは頭をかいた。
「そんな飾り気のない粗野な言葉、本の中でしか見たことがございませんの。もしよろしければ、もっとエーヴェル様のことを教えて下さらないかしら。私とても興味がありますの」
エーヴェルは興味津々にしているプリムローズにため息をつく。それからすっと立ち上がってプリムローズを見下ろす。
「ここでだらだら喋るよりかは、船の中見て回った方がいくらか俺の気も楽だ。ついてきな」




