3-3 花人の歴史
船は無事出航した。問題はプリムローズとエーヴェルである。アデーレづてにエーヴェルがプリムローズにプロポーズされたとだけ聞いた面々は驚き半分呆れ半分といったところである。
中でも驚いたのはウィンとクロードだ。エーヴェルが荷物運びを終えた後スタッフルームに戻るなりウィンが詰め寄ってあれやこれやと聞いてくる。
「ねえねえ、プロポーズされたってどういうこと? っていうか相手もう結婚が決まってるんでしょ? 略奪愛ってやつ? いつそんなことしたのよ、教えなさいよ!」
「いや、あれは不可抗力だって、たまたま助けただけでそんな羽目になるとは普通思わないだろ!」
「でもお客様相手にそんなことになるなんて捨ておけないじゃないの〜、会社の面汚し〜」
うりうりと肘でつついてくるウィンを押し退けながらエーヴェルはクロードに目を向ける。
「なあ、お前もニコニコしてないで助けてくれよぉ」
当のクロードはニコニコといつもと同じ笑みを浮かべたままでいる。今はそれがやけに怖く感じるのはなぜだろう。
「え? う〜ん、よかったんじゃない? 君いっつも非番の時は女の子追っかけてるんだし」
微笑みながら言われる言葉がグサリとエーヴェルに刺さる。こういう時のクロードはなかなかに恐ろしい。
「クロード、助けてくれ」
「お幸せにね、泥棒猫」
「ぐっ……」
笑顔でとどめを刺されてエーヴェルはその場で膝をつく。
「わお」
ウィンがその様子を珍しそうに見やる中、クロードはニコニコしたまま厨房に戻っていってしまった。
「あれは相当怒ってるやつだよ〜。エーヴェル、女の子追っかけるのも大概にしなよ?」
「だからあれは不可抗力だって言ってるだろぉ……」
変に拗れてしまったことも気になるが、それよりもプリムローズの気持ちをどうにかする方が先決だ。
どっちみちエーヴェルには苦労がつきまとう。がっくりとエーヴェルは肩を落とした。
支配人室のアデーレは室内に設られた本棚から本を取り出し、ぱらぱらとページをめくる。「花人の歴史」と銘打たれた本には、花の国の歴史や花人たちの風俗が綴られている。該当箇所を軽く読み進めた後、アデーレはそれをエーヴェルに読み上げてみせた。
「我ら花人が番を見つけた時、体からは芳しい香りを放ち、強烈にその身を捧げたくなる衝動に駆られる。これは種の本能であり、抗いがたい衝動である。そしてまさに自らを『花』として番に捧げんとするのが、番となる個に向けた愛情表現なのだ……だそうよ」
「いわゆる一目惚れとは違うんですかね」
「読んでる限りじゃ強烈な番意識が想起されるって感じね。それが花人にとっての一目惚れなんでしょうけど」
エーヴェルは困った末にアデーレに頼ることにした。そしてアデーレも乗客とトラブルがあってはとエーヴェルに協力したのだが、花人の生態を知るほどにプロポーズを解くのは難しいことがわかっていく。
「失恋したら最悪枯れる、いわゆる衰弱死するのはさすがに……」
「そうね、だから下手に断ったらダメよ。そこはあなたのバランス感覚ならなんとなくできると思うけど」
花人は強烈な愛情表現をする一方でそれが裏切られたり実らなかったりすると花が散るようにあっけなく死んでしまうというのだ。だからプリムローズにはエーヴェルからプロポーズを断ることなく元の婚約者であるローカスに心を移して貰わなければならない。なかなかに難しい問題である。
「まあ、うまくいくと思うわ。頑張りなさい」
「支配人はいつも楽観的だなぁ……」
それとも他人事だからか、アデーレは軽くエーヴェルの肩を叩くのみである。
するとタイミングを見計らったかのように伝声管からウィンが呼びかけてきた。
「もしもし〜、お話し相手のご指名です。乗務員のエーヴェル、プリムローズ様のお部屋に向かってくださ〜い」
「噂をすれば、だ。じゃあ、なんとか腹を括っていってきますよ」
肩を落としたままエーヴェルが支配人室を後にする。その背中に向かってアデーレは呼びかけた。
「くれぐれもお嬢様によろしくね」
「はいはい。全く、自社の危機だっていうのに呑気な支配人だな、ったく」
エーヴェルも諦め半分やけくそ半分でドアを閉める。そのあとは足音から全て洗練されたものになるのだから切り替えっぷりが早い。
エーヴェルの足音を遠く感じながら、アデーレは開いていた本を閉じる。
「どういう結果になるかはともかく、向けられてる好意ってものを相手にするのはなかなか厄介よね……」
支配人室で、アデーレは一人呟いた。




