3-1 花の国
花の国、花人たちの国。種々の花より生まれる花人は男女皆美しく、たおやかだ。大きな花びらや葉っぱで編まれた服を着て、花のうてなに住まいを作る。オルテンシア号が停泊した葉の港も高く伸びた茎に支えられている。
補給には一日かかるから、その間従業員は補給作業にかかりきりになる。特にエーヴェルのような客室乗務員は力仕事もこなすため荷の運び入れに何度も船と港とを往復する羽目になる。
作業着姿のエーヴェルは食料から備品から次々とオルテンシア号に運び入れては汗を拭っていた。
「ふう、こういう時ほど人手のなさを悲しむことはないな……」
クロードやウィンは荷物を運ぶには非力すぎるし、ユヅルハはそもそもどこにいくのか補給で停泊中はどこともつかず姿をくらましている。
クロードもウィンも非力なりに船内の清掃やゴミ捨てなどできることをしているのが現状だ。機関室周りの整備はドグが一人で賄っているし、レアは次の航行の航路やらなにやらの調整で手が離せない。
結局エーヴェルが一人で力仕事を回している。
「花の国に来たんだから少しくらい観光させてくれたっていいのによ、うちの支配人は人使いが荒いぜ……」
ぶつくさ言いながらも補給物資を船内倉庫に運び入れ、外で一息ついていた時のことである。
「助けて……! 誰か……!」
花の国らしからぬ物騒なことも起こるようだ。遠くから女性の悲鳴が聞こえてくる。
エーヴェルは何事かと葉の港に出てみると、賑やかな港の奥に花びらのドレスの裾が翻ったのが見えた。こんな港には似つかわしくない華やかさである。何かあると踏んだエーヴェルは荷物を放り出してドレスの裾が消えた港の倉庫に走って行った。
声は徐々に大きくなっていく。それと一緒にやかましい羽音もぶんぶんと聞こえてきた。
「助けてー! 誰か、誰かー!」
甲高い悲鳴を頼りに倉庫街を走っていけば、突き当たりの路地に花びらのドレスを纏った女性がへたり込んでいる。
「どうしたんだ? 助けを呼んでたのは君か?」
女性は震える指でエーヴェルの背後を指差す。振り返らなくても背後に気配があることくらいはエーヴェルにもわかる。
ブウン、と虫の羽音が降りてくるところを横っ飛びに避け、鎌を振り下ろした虫が勢いよく地面に鎌を突き立てる。
「おやおや。これはまあ、大変なことになってるな」
エーヴェルは作業用に携帯していたナイフを抜き、他に虫はいないか確認する。鎌を振り下ろした大きな虫一匹の他、蜂のような中型犬ほどの大きさの虫が二匹。捌けない数ではない。
蜂は窺うように周囲を飛んでいたが、エーヴェルの背後に回り込んで体当たりをしようと突進してくる。
エーヴェルは振り返りざまにナイフをぐいと突き出し、突進してきた蜂は勢いを殺せぬままに頭をナイフで貫かれる。もう一匹も猛然と突っ込んでくるが、ナイフを突き立てたままの蜂を振り回してつっこんできた蜂の横っ面をはたき落とした。
その勢いでナイフを抜き去ると、死んだ蜂は倉庫の壁にぶつかってベシャリと落ち、横っ面をはたかれた蜂は激昂して針で刺そうとまた突進してくる。
エーヴェルはそれを紙一重で避けると蜂の頭と胴体をつなぐ境目にナイフを突き立てた。ギチギチとナイフを食い込ませ、絶命させるとようやく鎌を引き抜いた大型の虫と対峙する。
鎌を振りかざす虫に、エーヴェルはつまらなさそうな目をして姿勢を低くするとそのまま虫の懐に飛び込んだ。鎌を内側に向けられない虫が怯んだところを逃さず、顎下からナイフを突き立てて虫の頭を両断する。
一瞬で息たえた虫たちを避けつつ、少し返り血で汚れた作業着に目を落とし、エーヴェルはため息をついた。
「汚れちまったな……支配人になんて言い訳するか……」
「あ、あの……」
震える声でへたりこんでいた女性がエーヴェルに声をかける。エーヴェルはすぐに気づくも気まずそうに眉を下げた。
「すまない、怖がらせちまったな。大方虫を刺激して襲われたんだろうけど、退治したからもう大丈夫だと思うぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「花人にとって虫は天敵だからな。しかたないさ」
花から生まれる花人はその性質から葉を食らう虫や蜜を吸う蜂が天敵となる。エーヴェルたちで例えるところの魔物やモンスターにこの国の虫は近い。うまくいけば飼い慣らすこともできるだろうが、ほとんどは花人に害なす虫として警戒されている。
故に魔物退治と同じ感覚でエーヴェルは虫を退治したのだが、花人には刺激が強かったろうか。
「私、その……」
「お嬢様〜! ご無事ですかー!」
花人の女性はどうやら令嬢らしい。使用人の探し歩く声が聞こえてきて、エーヴェルはそろそろ戻ろうと踵を返す。
「じゃあ、早く使用人たちのところに行って安心させてやるといい。俺のことは気にするな、たまたま運よく虫退治をしてくれたとでも思っておけばいいさ」
だが、花人の令嬢は立ち上がってエーヴェルを見つめる。
「あの、あなたのお名前は? どこからいらしたのかとか、聞きたいんです」
「エーヴェル。小さな旅行社の従業員だよ」
それだけ言ってエーヴェルは手をひらひらと振ると路地から出ていく。その間、やたらと熱い眼差しが向けられているのに少しそわそわとしてしまったが。
「エーヴェル、荷運び途中でどこ行ってたのかしら?」
オルテンシア号に戻ると不思議そうな顔でアデーレが言った。怒っているかどうかもわからない様は逆に怖い。
「げ、支配人。ちょっと人助けをしてて……」
「誰かを助けるのが好きならこっちの状況も助けてちょうだいね。まだ運ぶ荷物残ってるから」
「はいはい、ちゃんとやりますよっと」
困ったように荷物を指すアデーレにへこへこしながらエーヴェルは作業着の腕をまくった。
アデーレはその様子を見ながらふむふむと頷く。
「誰かに会ってたのかしら。花の香りがするわよ」
「ちょっとそこで花人のお嬢さんを助けたんだ。その時に香りが移ったのかもな」
「へえ、そうなの。じゃあ残りの荷物頼むわね」
荷運びをエーヴェルに任せて、アデーレは船内に入る。支配人室に入る前に、ふむ、と一つ頷いた。
「でも、あの香り方は求愛の香り方なのよね……」
罪作りねぇ、とアデーレは肩をすくめた。




