2-10 大切なもの
壊れたのなら、直せばいい。きっと元には戻らなくても、きっと同じにならなくても、それでも今の形を受け入れて大切だと思うことが、本当に大切にすることだとウィンは思う。
一度壊れてしまったからといってなんでも捨てるべきガラクタだとは、ウィンにはどうしても思えないのだ。
好きなものを思う気持ちだって、きっとそうだ。ステップが踏めなくても、踊りは踊ることができる。手にペンが握れなくなっても、口でも足でも使って絵や文字を書くことはできる。失う前のようにできないからと言っても、きっと気持ちは止められないのだ。
踊ることが大切な人は、きっと踊りをやめられない。絵を描くことが好きな人は、きっといつまでも絵を描こうとする。一度失ったからといって、全てをガラクタとしてゴミ箱に放り捨てることは、きっとできない人だっているのだ。
「だから、私はグレイシアさんに諦めてほしくないんです。壊れてしまってもまたやり直して、続けられるって知ってほしいから」
「あなたって、人が大好きなのね」
眉を下げてグレイシアが言う。そしてグレイシアはそんなウィンが好ましかった。
「さっきも言ったけど、本当にあなたみたいな人に出会えてよかったと思うわ。最後の思い出にするのがもったいないくらい」
「最後になんて、きっとなりません」
「どうして?」
疑問に思うグレイシアに、ウィンは笑みを作ってみせた。
「あなたの旅券の行き先です。まだ、ちゃんと見てはいないでしょう?」
そう言ってウィンはポケットからグレイシアの旅券を取り出した。さっきグレイシアを連れてくる時、ベッドを直しながら旅券を持ってきたのだ。
旅券には、「ガラスの国発ガラクタの国経由、金の国行き」と書かれていた。
「行き先がガラクタの国じゃない……!」
驚くグレイシアにウィンは続ける。
「これは同僚の受け売りですけど、世の中には割れた陶器やガラスを修復する金継ぎという技法があるそうなんです。元通りとはいかないけれど、でも傷跡だって慈しめるような金の継ぎができるそうなんです。きっと旅券を渡してくれた人はグレイシアさんにずっと踊ってほしかったから、大切にして欲しかったから、金継ぎで足を直してもらいたかったんじゃないかって」
「そんな、ただの厄介払いだと、ずっと思ってたのに……」
グレイシアは涙ぐみ、きゅっと手を握りしめる。
「ごめんなさい……アレン……」
口にしたのはかつてグレイシアをスカウトした人の名前。多忙を極める中、旅券だけ送ってよこしたのはこのためだったのだ。
「グレイシアさん、見てください」
ぽろぽろと涙をこぼすグレイシアに、ウィンが呼びかける。
グレイシアが顔を上げると、そこには煌びやかな金でできた城郭や街が地平線の向こうから見えてきていた。夜を忘れるほどのきらびやかな都が、グレイシアの瞳を照らす。
「綺麗……」
「きっとここで、足を直してまた踊ってほしいんだって私は思います」
美しい黄金の都がどんどん近づいてくる。それに伴い、まばゆい光も強くなり、夜を明るく照らす。
さながら、闇夜から黄金の夜明けが訪れるように。
グレイシアを金の国に送り届けた後、オルテンシア号は補給のため金の国に停泊した。
スタッフルームから変わらずウィンは金の国の風景を眺めている。全てが黄金に染まったその国で、グレイシアは新たに足を取り戻す。喜ばしいけれど、お別れになってしまうのが少しウィンは寂しい。
「ようちんちくりん。今度は金の街にご執心か?」
「いいかげんちんちくりんって呼ばないで。ウィンって名前がちゃんとあるんだから」
ウィンが不満げに抗議して、エーヴェルが受け流す。いつも通りの二人のやりとりだ。
「はいはい。にしたって俺の受け売りを話すとはな。役に立ったんなら、何よりだよ」
「そこ、からかわないんだ」
意外そうに目を丸くするウィンに、エーヴェルは肩をすくめて見せた。
「お客に真摯になるところに茶々は入れられないさ。にしても支配人の話を聞いてなかったのは問題だぞ。ちゃんと報告しておくからな」
「え、ちょっと〜!」
慌てるウィンにケラケラと笑いながらエーヴェルはどうしようかなんて態度を見せる。
スタッフルームをひとしきり追いかけっこした後、そういえばとウィンはエーヴェルに尋ねた。
「どうしてグレイシアさんの足が割れてるって気づいたの? あたしは転ぶまで全然わかんなかったのに」
「ん? それのことか。そりゃあんなに足がおぼつかないと、足を痛めてるか満足に動かせない事情があったんだってわかるだろ。それに、ガラスの軋む音も少ししてたしな」
「ガラスの軋む音?」
ウィンはどうやら気づいていないようだ。同時にエーヴェルにしか聞こえなかったということでもあり、ウィンは不思議がる。
「どうしてそんな音が聞こえたの? あたしも耳はいい方だけどそんなの全然わかんなかったけど」
「気をつけて聞けば大抵のことは聞こえるし、目を凝らせば気づくものは気づくんだよ。ちんちくりんにはまだ早いかもな」
「またちんちくりんって言った〜!」
仕事に注力しているからかそれとも生来の感覚の鋭さか。エーヴェルはへらへらとしながらもウィンをからかってスタッフルームから逃げ出してしまう。流石に追いかけていくのもためらわれて、ウィンはむくれたまま後ろ姿を見送るだけになった。
きらりと金の都が光る。ウィンは窓を見やったあと、表情を緩めてにこりと笑った。
大切なものは、思いが消えない限りずっと大切なのだ。




