2-9 ガラスの問答
目の前に広がるのは一面の空。黄昏が滲み夜と昼との境目があやふやになる不思議な時間が、空に映し出されている。東に夜の兆しの深い群青が、西に日暮れの太陽が、それぞれ自分の役目と顔を出し姿をひそめつつあった。瞼が閉じるように夕暮れの太陽が沈んでいく。赤い赤い光が眩しくて、思わずグレイシアは目を覆った。
「お食事をお持ちいたします。少々お待ちいただければ」
カウンターに控えているユヅルハが会釈し、ウィンが扉の外に目配せをする。
浮遊椅子にグレイシアを乗せたままウィンは椅子をカウンターにつかせると、横に控える。
少ししてからキビキビとした足どりでエーヴェルがクローシュを被せた料理を運んできた。
グレイシアの前に料理を置いたエーヴェルは、すらすらと料理の名前を読み上げていく。
「こちら、春の日差しの花包とキャンドルライトでございます」
そうしてクローシュを取れば、見事な細工の蕾が中央に置かれ、アクセントのように火の灯ったキャンドルが並べられている皿が姿をみせた。
蕾からはわずかに光が漏れ、木漏れ日のような穏やかな光がグレイシアに当たる。キャンドルも多過ぎず少な過ぎず、ちょうどいい大きさと本数が飾られていた。
「……まあ! なんて綺麗なのかしら」
「シェフに頼んで私がオーダーしたんです。グレイシアさんに少しでも喜んでほしくて」
ウィンがはにかみながら言えば、グレイシアはふっと笑みをこぼして言った。
「ガラクタの国にはこんな暖かな日差しはないって聞いているから、いい思い出になるわ。花の器に包んであるのね、とてもきれいよ」
そうして早速グレイシアは花の蕾に手をかざした。光を吸い込むと、ふわりとつぼみが膨らみたおやかな花びらを広げる。その真ん中に据えられているのが春の日差しだ。目を閉じて春の日差しを感じていたグレイシアは瞬きをして花を咲かせた蕾に気づくと、その姿に釘付けになる。
「このお花、とても綺麗ね。さっきまで閉じていたのに、光を吸ったから開いたのかしら」
「光の状態に合わせて開く仕掛けなんです。シェフの手作りなんですよ」
「すごいわ、こんな風に光を味わうのなんて初めて……」
「せっかく旅をするんですから、思い出に残るものを差し上げたくて」
ウィンの言葉にグレイシアは微笑むと、キャンドルの淡い炎も吸い込んでいく。
ゆらめく炎の温かさが光を通してグレイシアに伝わっていく。
深呼吸をするように光を吸い込んだあと、グレイシアはウィンにありがとう、と言った。
「あなたのおかげで、とても素敵な夕食を摂ることができたわ。本当に感謝します」
「そういってもらえるだけで、今は嬉しいです」
ウィンがお辞儀をして返せば、グレイシアも座ったままお辞儀をして返した。
「ウィンさん、私あなたのこと忘れないわ。もう終わるだけの命だけれど、あなたに会えてよかった」
グレイシアが感極まって言えば、ウィンはほんの少し俯く。
「本当に、終わりなんでしょうか」
漏れた言葉にグレイシアが首を傾げれば、、もう一度同じことをウィンは繰り返した。
「大切なものが壊れたらおしまいって、どうして言えるんでしょう」
「だって、大切なものは一度壊れたらもう二度と同じには戻れないもの」
「元通りにならなかったら、もう壊れてしまった大切なものって、意味がなくなるんですか?」
ウィンの問いに、グレイシアはしかたなさそうに答える。
「だって、そういう運命なんだもの。もう壊れてしまったものに見向きできる人なんて、きっとそういないわ」
「つまり、壊れてしまったらどんな大切なものも、大事なものもガラクタってことなんですよね」
「あなたの言い分なら、きっとそうね。でも、あなたはそう思ってないように見えるわ」
「はい。私は思うんです。壊れてしまったのなら、また直してあげられないかなって。きっと壊れる前には戻れませんし、同じものが続くとは言えないと思います。でも、少なくとも大切なものを大切に思う気持ちは変わらないと思います」
「大切に思う気持ち……」
「大切なものを思う気持ちって、大切なものが壊れてしまっても消えないと思うんです。グレイシアさんの足だって、元には戻らないかもしれない。でも踊りを好きだって、大切だって思う気持ちは、ずっと変わらなかったんでしょう? 気持ちまでガラクタなんかにしたくはないって、私は思います」
踊りが好きで、どんなに体が不自由になってもきっと踊っている。そんな好きがずっと続く気持ちを大切と呼ばずしてなんというのか。そうウィンは訴える。
「グレイシアさんは足が折れてしまったら、もう大切だった踊りはガラクタになると思っているんですか?」
まっすぐなウィンの言葉に、グレイシアは言葉に詰まる。
「それは……いいえ、きっと、きっと私は体が粉々になっても、踊ることは好きでいると思うわ」
「きっとそれが大切なものを思う気持ちだって、私は思うんです」




