2-8 ガラスの黄昏
クロードがユヅルハの元に行き、光を採取している合間のことだ。エーヴェルとウィンはグレイシアの食事の準備をするべく作戦を立てていた。
「ってことで、お前がグレイシアを連れて展望室に行く。そしたら俺が料理を運んでくるから、あとはあちらさんが味わうのを見てやってほしい」
「そんな簡単でいいの?」
「シンプルな方が心が動くっていうのもあるんだよ」
首を傾げるウィンに、エーヴェルが人差し指を立てて言った。
エーヴェルはウィンをちんちくりんとは呼ぶが、その仕事ぶりを軽くは見ていない。むしろ関わった以上しっかり役目を遂げさせたいところもある。なんだかんだ同じ仲間として見ているのだ。
二人して話しているところに、クロードがいくつか袋入りの瓶を抱えて戻ってきた。
「ユヅルハさんから春の日差しもらってきたよ。これでグレイシアさんの好きな光は網羅したかな」
「春の日差し!」
ウィンが声を上げる横でエーヴェルが袋入りの瓶を眺める。
「にしてもお前光なんて料理したことないだろ? それどうやって持ってくんだ?」
「ちょっと考えがあるんだ。夜までもう少し時間があるし、厨房に行くから手伝ってもらえたら嬉しいんだけどな」
「なら、ウィン。お前が行ってきた方が良さそうだな」
「えっ、あたし?」
いきなり名指しされて驚くウィンにエーヴェルが言う。
「適任だろ、一番グレイシアのことをわかってるからな」
「じゃあウィン、手伝ってくれる?」
クロードがのほほんとしながら厨房に向かうのを、ウィンはぱたぱたと追いかけていった。
オルテンシア号はガラスの国を越え、ガラクタの国がある廃棄半島に差し掛かっていく。
日差しはすっかり赤く染まり、黄昏を予感させる夜の色が遠く水平線地平線から滲み出ていた。
グレイシアは黄昏れていく空を窓から眺めながら、踊る楽しさを思い出させてくれたことについて考えていた。昔のように踊れないことはきっと辛いことだと、思う通りに足を動かせないことが寂しいと思っていた。それでも踊ったら楽しいのだ。だったら、ガラクタの国で終わりを待つ日々の中でも踊り続けたいとグレイシアは思う。
折れた足はガラクタでつぎはぎすればいい。うまく動かせないのなら不自由な足をうまく動かせるようになるまで練習すればいい。思えばひどく簡単なことだったとグレイシアは思う。
なんでこんな簡単なことに思い至らなかったのかもわからない。
ただ、目の前で踊りを見てくれたエルフの少女が、自分を励ましてくれたのだ。
黄昏が濃くなり、グレイシアは少しぼんやりしてしまう。
ノックのあと、その少女が訪ねてきた。
「グレイシアさん、お時間ちょっとよろしいでしょうか」
グレイシアは動けないなりに中にウィンを招き入れると、ウィンはスカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「まもなくご夕食のお時間です。展望室でご用意しておりますので、よろしければお連れいたします」
「ええ、構わないけれど……でもどうやって行けばいいのかしら」
「ご心配には及びません。浮遊椅子でお連れします」
折れた足を見やるグレイシアに、軽くかぶりを振ってみせたウィンは取手のついた椅子を運んできた。その椅子はふわりと宙に浮いており、軽く押すだけですいすいとグレイシアの元まで滑っていく。
「おかけください。展望室までお連れします」
「え、ええ」
グレイシアが浮遊椅子にかけると浮遊椅子は意志を持ったかのようにちょうどいい高さまで浮き上がり、ウィンは椅子の後ろまでくると背もたれについた取手を握る。
その時グレイシアは折れた足も持っていたから、それを膝の上に乗せようとした。だが自分の足だというのにうまくいかなくて、ウィンに抱えて持たせてもらう。
そのあと、ベッドを軽く直したウィンが浮遊椅子の取手を押し部屋を出ていく。
「ウィンさん、ごめんなさいね」
「どうしてですか?」
椅子を押される最中、そんな言葉がグレイシアから漏れた。
「だって、私あなたに励ましてもらえたのに、その先がないんだもの」
ウィンは少し考えたあと、グレイシアに首を振ってみせた。
「……そんなことはないと思います。私はグレイシアさんの向かう先が暗いとは思ってないです」
「もう足も戻らないし、踊るのが大好きだからというだけで全部賄うのは無理があることくらいわかるわ」
「でも、私はあなたのそんなところが、とても好ましいと思います。きっとうまくいくって信じても、いいんじゃないでしょうか」
「そうかしら……」
「私はグレイシアさんに幸せになってほしいと思っています。きっとそれが叶うことだって、願ってもいいんじゃないかって、私は思います」
「ウィンさん……」
重さを感じさせないほど軽やかに動いた浮遊椅子は、やがて展望室の前まで来る。
「到着いたしました。中に入りますから、少し揺れますがご容赦くださいませ」
丁寧にウィンは椅子から離れると、展望室のドアを開け椅子を中に引き入れた。
展望室には昼間と変わらずカウンターにバーテンダーのユヅルハがカウンターに控えている。
その背後に広がる景色に、グレイシアは声を上げた。




