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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
2.ガラスの国の乙女

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2-6 ガラスの舞

 そうだろうか、本当にそうだろうか。ウィンはそこまで夢中になれたものもないし、大事にしていたものを失ってしまった悲しみもわからない。けれど、目の前で悲しむ人をただ悲しみのままに同調するのは、何かが違う気がしていた。


「あの、あの……私、そんなに立派なこととかできないししたこともないですけど、でも……!」


 何かを伝えたい。気持ちがうまく言葉にできなくても、ウィンはグレイシアが悲しみに浸り続けるのはよくないと、そう思っていた。


「私、グレイシアさんの踊ってるところ、見てみたいです!」


 え、とグレイシアが目を丸くする。勢いで言ってしまったウィンは自分が言ってしまった言葉に今更ながら口元を覆うが、あまり意味はない。

 グレイシアは悲しげな瞳におかしげな笑みをわずかに見せ、ウィンに笑いかけた。


「ウィンさんっておかしな人ね。さっき踊れないって言ったのに。でも、どうしてかしら、今はちょっと踊りたい気分になってきたわ」

「え、えっと、すみません! さっき辛いこと話してもらったのに、こんなこと言って」

「いいのよ。足がステップを踏めなくても、できる踊りはあるもの。少し場所をとってくださるかしら」

「はいっ」


 グレイシアが言う通り、腰掛けたベッド周りにスペースを作ったウィンは、グレイシアの目の前に腰を下ろす。


「国一番の美しさ、ガラスの乙女の舞をお披露目するわ。ちゃんと見ていてくださいね」


 ウィンは頷き、満月のような目をしっかりとグレイシアに向ける。


 呼吸を整えたあと、グレイシアはしなやかに両手を掲げた。それから花が開くように腕が広がり、指先まで繊細に腕が伸ばされる。スローモーションで鳥が羽ばたく様を見せられているような、早送りで花が咲く場面を見せられているような、そんな滑らかな踊りがウィンを圧倒する。


 ガラスの指先が窓から差す光に透け、眩い色彩を影として落とした。ゆるく振られる髪が輝き、シャボンのような光が部屋に散る。

 昼間に星影が見られたなら、きっとこんなふうに輝きと色彩を落とすだろう。そんな瞬きと共に、グレイシアの舞は客室を、目の前のウィンを彩っていく。


「きれい……」


 止まっていた息は、漏れる言葉で時間を刻み始める。

 静かに胸前で祈りを捧げるようにグレイシアが手を組む。動きが止まった後も、ウィンはグレイシアに目を奪われたまま息をしていることも忘れていた。


「……ありがとう、見てくれて。やっぱり、私、踊るのはやめられないみたい」

「す、すごかったですっ、なんか、花が咲いてるみたいで、すごく見てて気持ちが良くて」


 はっとして我に帰ったウィンが興奮気味にグレイシアの舞を褒める。

 グレイシアは初めてはにかみながらウィンに言った。


「おかしいわね、さっきまでもう私なんかどうでもいい、ってやけになってたのに。今はなんだか踊っていたい、そんな気持ちなの。前みたいに踊れなくなっても、やっぱり私、踊るのは続けていたいって思うわ」

「グレイシアさん……!」


 ウィンは胸がいっぱいになる。こんなちっぽけな自分でも、誰かの気持ちを支える助けになれたことが嬉しかった。目の前の人が元気になってくれる、たったそれだけだとしても、ウィンには代え難い喜びだった。

 グレイシアは目をキラキラと輝かせるウィンに笑ってみせ、そして寂しそうに笑った。


「だから、ありがとう。最後にこんな気持ちを思い出させてくれて」

「え……?」


 突然の突き放されたような言葉に、ウィンは思考が止まる。最後とは、どういう意味だろう。今さっき踊りつづけたいと聞いたばかりなのに、まるでもう戻れないようなことを言っている。どういうことなのだろう。


 思考が止まり、時間と意識の間に空白が生まれる。


 ウィンが状況をうまく理解できていないことにグレイシアは残念そうに眉を下げて伝えた。


「旅券、あるでしょう? スカウトしてくれた人がくれたっていう。行き先は見てないけど、きっとガラクタの国行きなのは知ってるから」


 ガラクタの国。いらなくなったものたちが捨てられる国だ。いつもごみごみとしていて、澱んだ空気が流れている。そこに運ばれるものたちはみなガラクタとして、ゴミとして、捨てられる運命にある。


「ひどい、せっかくグレイシアさんが前向きになれたのに」

「しかたないわ、だって、この船はガラクタの国に行くんでしょう? 私もそのつもりで乗ったんだもの」


 旅程を確認していなかったことを今日ほど悔やむ日はない。ウィンは拳を握りしめて悔しさをこらえる。


「ごめんなさい、こんなことだって知ってたら、もっと違うこととか、できたかもしれないのに……!」

「いいのよ。たとえガラクタの国に行くことになっても、私はきっと踊り続けるわ。不格好でも、もう元のように踊れなくても。私がガラクタになってしまったとしても。だってそうでしょう?」


 私、踊るのが大好きなんだもの。

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