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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
2.ガラスの国の乙女

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2-5 ガラスの踊り手

「あくまで応急処置ですが」


 戻ってきたエーヴェルはグレイシアの足を簡易的に包帯で巻く。だがウィンの持つ足をくっつけることはせず、あくまで折れた傷口を覆うのみにとどめた。光を放っていた足の傷は隠れ、ほのかに光るのみだ。


「これで、光が漏れることはないでしょう。目的地到着まで今しばらくお待ちくださいませ」

「すみません、私の不注意で」

「いいえ、すでに折れかけていた足ですから、お客様のせいではありませんよ」

「えっ、グレイシアさんの足のケガって」

「ウィン、お客様の足を」


 エーヴェルはウィンに抱えていた足を差し出すよう言った。ウィンはエーヴェルなぜケガに気づいていたのか気になったが、今はそれよりもグレイシアの手当の方が先だ。

 ウィンは抱えていた足をエーヴェルに渡す。エーヴェルは折れた足にも割れた部分を覆うように包帯を巻きつけ、同じように光が漏れないようにした。


「それでは、私はこれで。ルームサービスのウィンにはこのままお客様につかせますので、不自由な点は遠慮なくお申し付けください」


 エーヴェルが丁寧にお辞儀をして部屋を後にし、客室にはグレイシアとウィンだけが取り残される。

 ウィンは落ち込んだ様子のグレイシアに、なんと話せばいいかわからず目を泳がせるばかりだ。気まずい沈黙に、普段はおしゃべりなウィンも気圧されてしまっている。


「ウィンさん」

「は、はいっ」


 不意にグレイシアが声をかけるから、ウィンは返事がいつもより大きくなってしまった。驚かせてしまったかとウィンは不安になったが、グレイシアは気にしていないようだ。


「ごめんなさいね、せっかくお話相手、なってくれたのに」

「とんでもないです。私、グレイシアさんとお話できて楽しかったですし……」


 滑るように航行するオルテンシア号は、ガラスの国の海上を飛んでいた。遠目から見るとさまざまな色彩を映す鏡のようにも見えるが、波飛沫が散った側から固まってかけらがガラスの海に砕け散り、また新たなガラスの波としてざらざらと波打っている。

 グレイシアの眼差しはオルテンシア号の窓に向けられていたが、おそらく窓を通して思い見ているのはそのガラスの海だろう。


「私ね、踊り子だったの」


 静かにグレイシアが語りだす。ウィンは答えることもできずにグレイシアの話を聞いた。


「小さい頃から踊るのが好きで、よく街の広場で踊っていたわ。そうしたら劇団からスカウトされて、夢中で踊りに専念して。気づいたら、国一番美しい踊り手なんて言われてたの」

「国で一番美しい、って見た目の綺麗さだけじゃなかったんだ」

「ええ。私は気持ちよく踊っているだけだったのに、いつしかみんながそれを綺麗だって言うようになってね。私ももっとみんなの期待に応えようと思って練習していたの。でも……」


 グレイシアは折れた足を悲しげに見つめた。


「練習の最中、転んでしまって……打ちどころが悪くて足が割れてしまったの」


 折れた足をさすり、グレイシアは表情を曇らせる。


「もう踊れないってわかったら、みんな手のひらを返したように冷たくなって。劇団も辞めさせられたし、スカウトしてくれたあの人も旅券を渡したっきり忙しいって会ってくれなくなったの。きっと、ガラクタの国行きに乗って捨てられてこいってことだと思うわ」

「そんな! 足をケガしたくらいで劇団を辞めさせられるなんてひどい! もしかしたらまた足が治るのかもしれないのに、そしたらまたグレイシアさんも踊れるようになるかもしれないのに……!」


 憤慨するウィンに、グレイシアは悲しげに目を伏せた。


「ガラスの国の人間は、一度ケガをしたら二度と治らないの。いえ、うまく治せない、と言った方がいいかしら。ガラスは溶かしてくっつけることができるでしょう? だから、私の足も熱してくっつければまた動くのよ。ただし、元のようには決して動かないけれど」


 ガラスは高温でさまざまな形にできるということをウィンも知っている。だが、それがガラスの国の人間にも当てはまるのはなんだか不思議な気分だ。人なのにもののようで、そう扱われることに違和感を抱いてしまう。


「劇団の人たちも最初は治すよう提案してくれたわ。でも、私は嫌だったの。たとえまた足がくっついたとしても、元のように踊れなければ、私は苦しいの。思い通りに動いていた体が思った通りに動かないなんて、そんなの辛くて耐えられないわ」

「でも、足が折れたまんまなんて……歩けるようになるだけでも、全然違うと私は思います」


 ウィンはグレイシアの考えがうまく理解できない。踊れなくても、また動けるようになる方が大事な気がする。

 だが、グレイシアはかぶりを振った。


「普通の生活をとるなら迷わず足をくっつけるべきなのはわかってるわ。でも、それは私の知ってる足じゃないの。軽やかに地面を飛び跳ねることも、気持ちよく足を上げて伸ばすことも、きっとできない。今までできてたことができないと思うと、悲しくて……足なんて折れたままでも構わないって思ってしまうのよ。大切な足だったのに、どうしてこんなに壊れやすいのかしら……」

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