2-4 ガラスのヒビ
明けの砂漠で採れた光はエキゾチックで、木漏れ日のゆらめきは癒される。不夜城がある都の灯りは刺激的だといい、星の光は金平糖のようにころころとしているとグレイシアは語った。
「お楽しみいただけているようで、嬉しい限りです」
ユヅルハが小瓶をしまいながら会釈をすれば、グレイシアも同じように会釈で返す。
「ええ、こんな素敵な場所の光が浴びれるなんて、思ってもみなかった」
グレイシアは楽しそうに笑いながらも、言葉尻に少しの寂しさが乗っている。それがなぜかはウィンにはわからなかったが、とにかく今はグレイシアが楽しんでくれたのなら何よりだ。
「ガラスの国の方の食事って初めて見ました、なんだか光を吸い込んでるようで、幻想的です」
ウィンがグレイシアを褒めると、グレイシアはくすぐったそうに恥ずかしがった。
「私たちの間では当たり前でも、外の人からすると全然違って見えるのね。もう少しお上品にするべきだったかしら」
「そんな、今も十分お綺麗ですよ」
ユヅルハがパチンと指を鳴らし、下りていた帳を引き上げさせる。ユヅルハの背中に消えていった帳の向こうには、先ほどの日当たりのいい展望室があるばかりだ。
ウィンは次に何をしようかとさっそくグレイシアに話しかけようとした。
「グレイシアさん、次はどんなお話をいたしましょうか……グレイシアさん?」
グレイシアは具合が悪いのか少し頭を抑えて俯いていた。ウィンが慌てて呼びかけると、グレイシアははっとしてウィンを見やると、すぐに作り笑いを浮かべて誤魔化す。
「いえ、なんでもないのよ、なんでも」
「光酔いでしょうか」
ウィンの知らない言葉をさらりと述べるユヅルハに、ウィンは首を傾げてみせた、
「ウィンは知らないのでしたね。光酔いとは」
「私たちガラスの人間が許容量を超えて光を浴びると起きる、いわば満腹状態のことよ。食べすぎてお腹が膨れるみたいに、私たちは光を吸い続けると中毒状態になるの」
ユヅルハの言葉を引き取ってグレイシアが説明する。
だとすると、先ほどたくさん光を浴びたから、お腹がいっぱいになったのだろうか。椅子から立ち上がることもせず、グレイシアはカンターに身をあずけている。
「お加減よろしくありませんか?」
ウィンが気遣わしげにグレイシアの様子を見やる。
「いえ、心配かけてもらうだなんてそんな……」
グレイシアは首を振って立ちあがろうとする。だが急に立ち上がったところでバランスを崩してしまい、小さな声を上げて床に倒れ出てしまっった。
「あっ……」
ゴト、と重い音を立てて倒れたグレイシアは、きゅっと唇を噛んだ。
「グレイシアさん!」
慌ててウィンが助けようとして、グレイシアの足があらぬところに転がっているのが見えた。
「えっ」
「おや、これは……エーヴェルを呼んできましょう。ウィンはお客様の手当を」
ウィンが驚く中、ユヅルハが冷静に状況を把握し、伝声管からエーヴェルを呼ぶ。
ウィンが驚くのも無理はない。なにせグレイシアの片足が膝下から折れ、ドレスの裾から転がり出ているのだから。
「グレイシアさん、これ、どういうことですか?」
「……」
ウィンが尋ねるも、グレイシアは気まずそうに黙って答えない。
とにかくこのままではいけないとウィンはグレイシアの片足を拾い上げ、両手で抱え込んだ。
程なくしてエーヴェルが展望室に入ってきて、グレイシアを客室に連れていくことになった。
「お客様。少々失礼いたします」
エーヴェルはそういってグレイシアを横抱きに抱え上げると、ウィンに目配せだけでついてくるように言って展望室を出ていく。
グレイシアは気まずい表情のまま黙っていて、時折申し訳なさそうに「すみません」と謝っていた。
ウィンはその後をグレイシアの足を抱えながら歩く。グレイシアはそこまで背丈があるわけではなかったが、それでもウィンが抱える足はずっしりと重いガラスの足だ。
すぐに答えないとしても、きっと何か理由があるのだろう。そう言い聞かせてウィンはグレイシアを抱えるエーヴェルの後をついていく。
「ごめんなさい、重いでしょう?」
「いいえ。どこの国でもご婦人であれば羽のように軽いものです」
グレイシアは自分の体の重みを謝るが、エーヴェルはなんてことない風に首を振った。足取りはしっかりしていて、とても重いものを運び慣れただけの乗務員とは思えない。
部屋についてベッドにグレイシアを下ろす動作だって滑らかで、かといってそれを誇るようなこともしない。
あくまで乗務員としての仕事だけこなすと、エーヴェルはウィンにグレイシアを任せることにした。




