2-3 ガラスと光
この船で一番日当たりがよく眺めもいい場所といえば船首の展望室である。
ウィンが展望室までグレイシアを案内すれば、バーテンダーのユヅルハが会釈をして席をすすめてきた。グレイシアはそれを断ると展望室の窓際まで歩いていき、そっと上を見上げる。天井は一部も強化ガラスの窓で覆われており、そこからさんさんと日差しが降り注いでいる。
グレイシアはその日当たりのいい場所まで歩いてくると、そっと体を広げて目を閉じる。
ふわりとスカートの裾が揺れ、グレイシアの髪がきらめき始めた。長い髪が広がり、きらきらと光る。その光は呼吸するかのように強まったり弱まったりを繰り返し、グレイシアの中に吸い込まれていく。
光を食べている。そうウィンには見えた。
やがて光が収まると、眩しい日差しの中でグレイシアはウィンに振り返る。
「こんなふうに光を取り込んで栄養にするの。だから、あなたたちのいう食べ物は私たちは食べないのよ」
「すごく綺麗でした、私、こんな風に食事をする人を見るの、初めてかもしれないです」
「ありがとう。確かにあなたたちからしたら、これは私たちなりの食事になるのかしら。ふふ、なんだか面白いわね」
「光って、こういう太陽の光でないといけないんですか?」
「そうとも限らないわ、太陽の光以外でも、星や月の光やろうそくの灯りみたいに、明かりであれば一通りのものは吸収できるの」
「そうなんですね。じゃあ、グレイシアさんが一番好きな光ってどんな光なんですか?」
ウィンの問いにグレイシアは少し考えてからいった、
「明るすぎない、穏やかな光が好きよ。春の昼下がり、思わず眠気に誘われそうな日差しとか、小さなろうそくに灯った光みたいな優しくて静かな光も、吸い込んでいて気持ちがいいわ」
ふむふむ、とウィンは光の好みをメモしていく。こういうのはきっと食べ物で言うところの味の好みになるのだろう。クロードに伝えれば何かしら役に立つかもしれない。そう思ってウィンはポケットにメモをしまうと、グレイシアをバーカウンターの席に座らせる。
「いらっしゃいませ、私展望室を任されておりますユヅルハと申します。どうぞよしなに」
ユヅルハが会釈をすれば、グレイシアもそれにならって会釈を返す。
「お客様はガラスの御仁。であれば普通の酒類は口に合わないかと思いますので」
ユヅルハが自分の肩のあたりをはたくと、そこからふわりと小さなフクロウが現れた。
ホゥ、と一声鳴いたフクロウはユヅルハに何事か言伝されたあと、ぴょんと肩を降りるようにして消えてしまった。
「異国の光を取り寄せております。少々お待ちいただければ」
「まあ、ガラスの国のものではない光があるのですか?」
「ええ。この飛行船は世界間航行船ですので、様々な光を浴びているのですよ」
ユヅルハの説明に、まあ、とグレイシアが声を上げる。
「それは素敵だわ、一体どんな光があるのかしら」
「それは届いてからのお楽しみです」
人差し指を口元にあて、ユヅルハが笑みを浮かべた。程なくしてフクロウが帰ってきて、いくつかの小瓶が入ったカゴをカウンターに置いた。
「よしよし。あなたは少し休んでていいですよ。さて、お客様。異国の光が届きましたので、ご賞味くださいませ」
小瓶は布袋にそれぞれ一瓶ずつ入れられており、中のひかりが漏れないようになっていた。
ユヅルハが小瓶を鮮やかな手際で並べていき、その様子にグレイシアは目を丸くする。
「まあ、まあ。こんなに異国の光があるなんてすごいわ」
「でもここだと少し明るすぎないかな、ユヅルハさん」
ウィンが展望室の明るさを指摘すれば、ユヅルハは承知しているとばかりに指を鳴らす。すると一瞬で周囲が真っ暗になり、薄明るく小瓶の明かりが灯るのみだ。
「わ、真っ暗」
「カウンター周りだけ帳を下ろしました。これで混じり気なく異国の光が味わえるかと」
そして改めてユヅルハはグレイシアに小瓶を勧める。
「気になる光をご賞味くださいませ。どれもガラスの国では得られない光ばかりです」
「すごいわ、じゃあ、この青い光をいただこうかしら」
グレイシアが青い光の漏れる小瓶を袋から取り出すと、小瓶の中には水のように光がなみなみと注がれており、暗がりの中で鮮やかな青色を放っていた。
グレイシアはそれに手をかざすとまた瞳を閉じて光を吸い込んでいく。注がれていた光はすうっと薄くなるが、完全に消えはしない。
青い光を吸い込んだグレイシアはふわりと表情を綻ばせる。
「なんて涼やかなのかしら。それにとても冷たいわ。ずっと深い穴の底にいる気分」
「こちら、御母の海の底に届く光でございます。生命の生まれいずる海という場所で採れました光です」
ユヅルハの説明にグレイシアは興味津々だ。
「海というのね、知っているわ、水が溢れている広い広い水場なのでしょう? ガラスの国にも海はあるけれど、入ったらみんなガラス漬けになって固まってしまうのよ。水を通した光はこんなに柔らかくなるのね」
グレイシアは楽しくなったのか次々と瓶の光を試していく。




