7.雨の理由を探しに
虹の国の都、虹の桟橋にオルテンシア号は停泊する。入国手続きはもう済ませてあるから、シエラとデニスはすぐにでも船の外に出られた。
傘を片手に港から街に出る。虹の国の様相は、もはや雨の国と呼んで差し支えないほど雨に塗れていた。
カフェのテラス席は全て片付けられ、店先に並べられるような樽や木箱も店の中に仕舞われている。
雨がしきりに降り続け、外の空気はひんやりと秋のように冷たい。
街全体も冷えてしまうほどだからか、どこの家からも温かな光が窓から漏れ出ていた。
「この様子だと、一日二日雨が続いた程度じゃないんだろうな」
デニスが街の様子を眺めながら呟く。シエラは急足で歩く男性に声をかけ、虹の国の現状を知ろうと試みていた。
「雨か、もう三ヶ月は降りっぱなしだよ。薪も湿気ってくるから常に火を絶やさないようにしないと暖も取れなくて凍えてしまうんだ」
「雨を降らせてるのは女神様だって聞いてます。イリスの女神様に、何かあったんですか?」
男性はうーんと首を傾げた後、わからないと首を振る。
「女神様のことなら教会にいけばわかるんじゃないかな。詳しい話は牧師様から聞けると思うよ」
「ありがとうございます」
男性にお礼を述べ、シエラはデニスの元に戻る。教会で女神のことが聞けるかもしれない、と伝えた後、街の中央にある教会に二人で向かった。
向かいがてら、二人はそれぞれ調べたことを共有しあう。
「三ヶ月も雨が続いてるんだ。確かに、軒並み外に出せるものがしまわれてるわけだ」
「時折雨が止むことはあっても雲が晴れるわけじゃないから、実際はずっと日が差してない状態が続いているって言ってました。
だから草木もみんな萎れたり根腐れしてるんですね」
「でも、どうして雨が降っているのかは誰も知らないんだ。イリスの女神に不幸があったということ以外は何も聞かないから、教会で事情を聞くしかないみたいだ」
教会について礼拝堂の中に入ると、ちょうど牧師だろう男性が祈りを捧げていた。
虹を架ける女神だけあって、礼拝堂内の装飾も虹を象ったものが多く、窓には虹の架かった空を模したステンドグラスが嵌められている。
虹を背負った女神像に祈りを捧げていた牧師は、ふとシエラとデニスの気配に気づき振り向いた。
「おや、教会に何かご用ですかな」
物腰穏やかに尋ねてきた牧師に、デニスが言った。
「僕たち、イリスの女神様のことについて聞きに来たんです。何があったのか知りたくて」
「それはそれは」
「私達、この国の外から来たんです。どうしても女神様に虹を架けてもらいたくて」
シエラも自分たちのことを明かし話せば、牧師は目を丸くする。そして、残念そうに眉を下げた。
「虹の輪の外から来られた方ですか。ですが、今女神様は悲しみに暮れております。誰ともお会いにならないと神殿の扉を閉じられておいでだ」
「どうして悲しんでいるんですか?」
デニスが聞くも残念そうな顔をして牧師は首を振る。
「私共には、何も。ただ、一人ぼっちになってしまったと聞いたものがおるばかりで。
どうか悲しみの淵から明るい太陽に下においでくださいますよう、と毎日祈りを捧げているのです」
「一人ぼっち……?」
女神が一人ぼっちということは、誰か大事な人がいたのだろうか。その人がいなくなってしまったから、悲しんでいるとか。
シエラがすぐに思いつくのは、そういった事情だ。
「でも、一人ぼっちが悲しいから三ヶ月も雨が降ってるのは……」
「せめて私共の祈りが届けばいいのですが、女神様は今皆を拒んでいらっしゃる。直接声を届けに行きたくても、大虹橋が架からない限りは神殿に近づけもしません」
大虹橋。虹の国中をつなぐ大きな橋だ。虹橋という名の通り虹でできた橋で、その橋の頂に女神の神殿がある。
そう牧師はシエラ達に教えてくれた。
「大虹橋が架からないと女神様に会えないんですね」
「はい、後は空でも飛ばない限りは辿りつけないかと」
「そんな……」
申し訳ありません、と牧師は声を漏らすデニスに謝罪した。
教会からの帰り道、浮かない様子のデニスをシエラはなんとか励まそうとする。
「まだ何もできないって決まったわけじゃないですし、支配人も何か準備をしてくださってるから、大丈夫ですよ」
「ありがとう、そんなに落ち込んでる分けじゃないから、大丈夫だよ」
「す、すみません」
シエラが平謝りする中、デニスは傘の中で呟いた。
「なんだか、女神様の悲しみようが僕に似てる気がしてね……レオが死んでしまったとき、僕も一人ぼっちになったような気がしてすごく寂しかったんだ。
隣に当たり前にいた家族がいなくなって、そこはもう冷たくて。女神様、もしかしたら誰か大切な人を亡くしたのかなって、思ってさ」
デニスの思いに、シエラも自分の別れについて思いを馳せる。
別れなんてちゃんとしたものなんてなかった。ただ、唐突に全部が途切れてしまった。
さよならも言えずにもう二度と話すことも、会うことだってできなくなった人達。
孤児院の仲間達や、あの万年筆をくれたおじさんに、もっと言いたいとこがあっただろうに。
そんなことは、何も叶えられなかった。いつだって別れは唐突で、準備もなくやってくるものばかりだ。
イリスの女神も、そんな突然の悲しみで塞ぎ込んでいるのだろうか。
「悲しいのは、わかるけど……でも」
傘の下でシエラはきゅっと手を握りしめる。
「ずっと一人で抱え込んでいるなんて、よくないよ。人を遠ざけてても、本当は誰かに話を聞いてほしいんじゃないのかな」
シエラの言葉に、デニスがはは、と控えめに声を上げた。
「そういうお節介な人、最初は疎ましかったんだ。僕の気持ちなんて何もわからないくせに、って。
でも、実際は誰かに話した方が、ずっと気持ちも楽になるんだってわかったんだ。本当に、ついこの前のことなんだけどね」
「デニスさん……お役に立てたのなら、よかったです。女神様とお話できるよう、頑張りましょうね!」
力強く言うシエラにデニスはくすりと笑った。
しとしとと降り続く雨は、女神様の涙だろうか。冷えた空気は、悲しみの温度だろうか。
だとしたら、この冷たくて暗い場所から、暖かい日の下へ連れ出したい。
相手が女神だとしても、シエラは構わなかった。




