6.雨を止ませるために
「困りましたね、ええ、困りました……」
シエラがデニスを見守っている中、そんな呟きが聞こえてくる。見れば、アデーレが頭を抱えながら歩いてきていた。
「アデーレさん?」
「おっと、今は支配人ですよ」
「は、はい。支配人。どうかしたんですか?」
アデーレに訂正され言い直したシエラは、アデーレの表情の意味を問うた。
隣にデニスがいることを認めたアデーレは、気まずそうに渋い顔をする。
「お客様には大変申し上げにくいのですが、どうやら、滞在期間中に雨が上がる気配がないらしく」
「雨が止まない、ってことですか?」
デニスの言葉にアデーレは首肯した。
「先ほど虹の国の入国管理と通信を終えたのですが、ええ。なんでもイリスの女神に不幸があったとかで。虹がかかるまで最低でもあと半年はかかる見込みだと」
「半年?! そんなに長い間停泊していられないですよ!」
シエラは驚いて声を上げる。
旅程はデニスの予定に合わせて組まれている。デニスが滞在を申し込んだのは三日。到底間に合う時間ではない。
「ですから、お客様には不本意な滞在になってしまうかと思いまして」
頭を抱えるアデーレにシエラはぶんぶんと首を横に振る。
「そんな、それだとデニスさんがしたいこと、何もできないじゃないですか!」
レオに対する気持ちも、どんな思いでデニスが旅に出たのかも、今のシエラには痛いほどわかる。
だからこそ女神の都合とはいえ虹がかからないことがショックだった。
「こればかりは、旅行社の責任とは言えませんから。望まない体験をお届けする形になるのはこちらも不本意ではありますが」
「そんな……なんとか、できないんですか?」
シエラはどうしてもデニスの望みを叶えてあげたかった。すがるようにアデーレに聞けば、うーんと唸ってアデーレはこめかみを押さえる。
「無理ではないというか……できなくはないですね、少し時間が必要になりますが」
さっき不本意なことになると言っていた口で解決策があるような口ぶりをするから、シエラはアデーレにからかわれているようにも思えてしまった。
「支配人、お客様がいらっしゃるのにふざけないでください」
「ふざけてはいませんよ。ただ、非常に実現が難しいが方法があるということを示唆したまでです」
「だったら初めからそう言ってください」
腑に落ちない様子のシエラに、ずっと様子を眺めていたデニスが申し出る。
「あの、どういうことか話が見えないですけど、僕のためにそこまでしていただかなくて大丈夫です。
たまたま悪い時期に渡航したってだけですし、難しいことだったらそんなに無理しなくても」
「デニスさん!」
その言葉を、シエラが遮る。
「デニスさんは大切な方のために、せっかく今だから来られると思っていらっしゃったんです。それを、自分が悪かったからやめるだなんて、本当にいいんですか」
「でも、旅行社の人たちに迷惑だと思って」
「私たちは、私は少なくとも迷惑じゃないです。むしろ、デニスさんの助けになれるのならそれ以上のことはないくらいです。
他の人のことなんて気にしないで、デニスさんがどうしたいかを言った方がいいって、私は思います!」
きっぱりと言い切ったシエラの姿に、デニスは目を丸くする。その横でアデーレがふむ、と何か値踏みするように頷いた。
デニスは少しの間黙っていたが、やがてジャケットの胸元を押さえながら困ったように眉を下げた。
「本当のところ、レオが死んでからまだ一度も墓参りをしていないんだ。
ずっと、離れられなくて。お墓の前に立ったら、本当にレオとお別れになってしまう気がするんだ。
でも、虹の国なら、虹の国でなら、レオと笑ってお別れできる気がする。だから、どうしても虹の麓に行きたいんです」
「デニスさん……」
「わかりました。その願い、ラピエス社の威信にかけてお手伝いをしましょう!」
アデーレが歓迎するように両手を広げる。シエラもデニスも驚いていたが、アデーレは自信たっぷりに二人に言った。
「私、イリスの女神には多少ツテがありますので。デニス様と乗務員シエラのお二人で女神に交渉できるよう取り計らいましょう」
いきなり何を言われたのか、飲み込むまでシエラは時間がかかった。
「……それって、女神様と話してみろってことですか?」
「大意はそうなりますね。どうです、やってみる気はありますか?」
アデーレの中ではもうどういう段取りをするか決まっているのか、当たり前のようにシエラとデニスの意思を聞いてくる。
「支配人さん、僕はやってみたいです。取り次いでくださること、感謝します」
デニスはすぐに頷いてアデーレに謝辞を述べた。シエラはというと、まだ混乱している。
虹の国に来たのも初めてだというのに、さらに会ったこともない女神と話してみないかなんて無茶すぎる。シエラはアデーレの突飛な提案に目を丸くするばかりだ。
「シエラ、あなたは?」
アデーレが促すも、シエラはまごつくばかりだ。
「そんな、相手は女神様で私は会ったこともないのに……」
「それでも、あなたはなんとかしたいのでしょう?」
アデーレの言葉に、シエラは先ほど自分が言った言葉を思い返す。
なんとかできないか。
それは、デニスの願いを叶えたいから出てきた言葉だ。短い言葉だが、だからこそシエラの思いも詰まっている。
「それは、そう、ですけど……」
「目の前に可能性があっても、手を伸ばさないなら何も得られませんよ」
アデーレの言う通りだ。なんとかならないかと思うだけなら誰でもできる。だが、そこから行動しなければ何も変わらない。
アデーレがどんな方法で女神と接触するのかはわからないが、やってみないかと言われて何もしないなんて嫌だ。
やりたいことがわからないまま何もしなかった今までとは、違うのだ。
「……やります」
静かにシエラは答えた。その言葉を聞いたアデーレは満足げに頷くと、二人の肩にポンと手を置く。
「なら、段取りはこちらで取っておきましょう。港に停泊したら、シエラを供回りにつけますのでイリスの女神の事情を調べてくるとよいでしょう。
私は交渉の手筈を整えておきますので、準備ができたらお呼びします」
そしてアデーレは支配人室に戻っていった。残されたシエラはデニスをみやる。
デニスは遠慮するばかりだと思っていたのに、すぐに自分のやりたいことを口にしていた。それが、シエラには羨ましい。
自分がどう思って何をやりたいのか。それをはっきりわかっているデニスがずっと大人のように見える。
「デニスさん、すごいんですね。あんなにすぐ答えが出せるなんて」
シエラの言葉にデニスははにかみながらかぶりを振った。
「君にはっきりしろって言われたおかげだよ。船に乗る前に決心していたのに、こんな短い時間で揺らいじゃうんだ。僕なんて全然」
「でも、したいことがはっきりしているのは、羨ましいです」
そして、シエラはデニスに向きなおる。デニスがここまで決心しているのに、自分だけ不安になんてなっていられない。
ラピエス社の一員として、しっかり役目を果たさないと。
「頑張りましょうね、デニスさん!」
「ああ。よろしく頼むよ、シエラさん」
しっかりと握手を交わし、二人は雨の止まない国に目を向けた。




