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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
2.虹の橋を渡りに

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3.喪失と葬送

 やっぱり、話したい。シエラの中に出てきた思いはそれだった。


 もちろん、そっとしておいた方がいいという考えもあったし、シエラもそうしようと思いもした。


 だが、シエラは話したかった。


 周りを見て最適な方法を選ぶより、自分がやりたいと思ったことをやりたいと思ったのだ。


 もちろん、仕事のこともある。船内の点検を済ませつつ、デニスを探した。


 オルテンシア号は旅客船の中では小型の部類に入るから、それほど苦労せずにデニスを見つけた。


 廊下の向こう、船内の窓からデニスは外を眺めている。


 相変わらず寂しそうな顔をして、時折思い悩むように目を伏せていた。



「お客様に不快な思いをさせない……」



 エーヴェルに言われたことを思い返し、シエラは自分に頷いてみせる。


 シエラは遠巻きにデニスの姿を窺いながら、そっと彼の側に寄った。


 デニスは最初気付いていなかったが、シエラの気配を感じてふと顔を上げる。



「君はさっきの……」



 はっと気付くデニスに、シエラは軽く会釈をして尋ねる。



「お客様、何かお困りなことはございませんか?」



 シエラの気遣わしげな態度に、デニスは少し弱った表情を見せてフォレシアの空を眺めた。



「今は、大丈夫だよ。別に船酔いもしてないし、平気」



 シエラにそう答えた後、デニスは視線を逸らして目を伏せる。



「……平気には、なりたいんだけどね」



 シエラはその先を聞き出したくなったが、ぐっと言葉を堪える。


 いくら話したくても、ずかずかと相手の心に踏み込んでいくようなことをするのはダメだ。


 シエラはデニスと一緒に窓の外を眺める。


 それほど大きくない丸窓は、厚い強化ガラスがはめ込まれており、よく磨かれた窓からは鮮やかな海と空が広がっているのが見えた。


 デニスはシエラを最初訝しげに見ていたが、やがて気にせずにまた水平線を眺め出す。


 シエラは何も言わなかった。デニスもまた、なにも言わない。シエラに離れてほしいとも言わなかった。


 オルテンシア号の小さな飛行音だけが二人の間に横たわる。


 やがて、デニスが外を眺めたまま口を開いた。



「乗務員さん、僕のことやっぱり心配?」


「……ずっと、浮かない顔をされてましたから」



 シエラは静かに言う。気遣いを込めて、だが押し付けがましくならないように。



「そっか。でも、当たり前か」



 そう呟いて、デニスはシエラに顔を向けた。


 物憂げな表情には、深い喪失の色が立ち込めている。



「よかったら、僕の話……どうして船に乗ろうと思ったかとか、話してもいいかな」



 シエラはゆっくりと頷いて答える。



「はい。お客様がお望みなら」


「助かるよ。誰にも言えなくて、正直ちょっと苦しかったんだ」



 無理矢理おどけて見せたデニスは、だがすぐに俯いてしまう。


 そして、ゆっくりと語り出した。



「実は、飼い犬が死んじゃってさ。虹の国に弔いにいくんだ」



 飼い犬、とは言ったがデニスの様子からして飼い犬以上の、たとえば家族のような存在だとシエラには見えた。


 シエラにとっての孤児院のみんなのような存在だろうか。



「レオ、って名前でね。僕が中等学校に入る頃にうちに来たんだ。両手で抱えられるくらい小さくて、いつも尻尾を振ってた」



 デニスは、レオのことをシエラに語る。


 レオはすぐにデニスに懐き、何かあるたびに舐めてきたりそばに擦り寄ってきたのだという。



 二人で森の中を冒険して、レオが剣のような木の枝を拾ってきてくれたこと。


 成績の悪かったテストをレオの寝床に隠したら、レオがそれをくわえてデニスと両親の前に現れたこと。


 友達と喧嘩して落ち込んでいた時、そばに座って一晩中頬を舐めてくれたこと。



 とても飼い犬と軽く言えないような話が、デニスの口からすらすらと語られる。


 まるで昨日あったできごとをそらんじるように、デニスはレオとの思い出を懐かしみながら語っていった。



「昔はいつまでも一緒だと思ってたのに、やっぱり、犬と人間は同じ時間を生きられないんだ。どんどん大きくなって、だんだんレオもおじいさんになっていって。

 寝てる時間も長くなっててね。この前、一緒に昼寝をしたのが最後だったよ。そのまま、起きなくて……」



 デニスは平気な風を装っていたが、最後の方は涙声になり手すりを掴んだ手が震えていた。


 シエラは言葉を挟めなかった。何か慰めの言葉を言ったところで、形だけで心まで届かないような気がしたからだ。ただ、シエラはデニスの側で話を聞くだけだ。



「……ちゃんとおやすみって言ってあげられなかったなぁ」



 最後に一緒にいた時、どうしてちゃんと言ってあげられなかったんだろう。そんな後悔をデニスは口にする。



「お客様……でも、レオくんは最後にお客様と一緒にいられて、幸せだったのだと思います」



 慰めでも励ましでもなく、レオはきっと幸福だったのだとデニスに告げる。


 それがただの希望的観測だったとしても、シエラはデニスとレオが一緒にいたということに幸福を見出さずにはいられない。



「レオは、僕と一緒で楽しかったかな?」



 涙を拭いてデニスが言う。シエラは、きっとそうだと信じながら、頷いた。



「虹の国で弔われるのは、何か理由が?」



 ああ、とデニスは眼鏡を掛け直した。



「虹の国にかかる虹の麓は、動物たちの楽園への入り口って言われていてね。そこに飼っていた子の遺灰や遺品を供えると、その子は虹の橋を渡って楽園に行けるってもっぱらの噂なんだ」


「じゃあ、あのお荷物は……」



 まさか、と目を見開くシエラに照れくさそうにデニスが言う。



「レオが好きだったおもちゃやお気に入りの枕がね。だいぶ重くなっちゃったみたいで、ごめん」


「い、いえ……! でも、レオくんを最後まで幸せになさりたいんですね」


「僕の勝手といったら、そこまでなんだけどね。でも、死んでしまっても、元気でいてほしいって思うんだ」


「きっと、レオくんも喜んでくれると思いますよ」



 シエラは心からそう思って言葉を口にする。デニスは眼鏡の奥でふっと笑みを浮かべ、シエラに頭を下げた。



「ありがとう。君に話したら、なんだかすっきりしたよ。虹の国に着くまで、よろしくお願いするよ」



 そう言ってデニスは客室に戻っていく。シエラは頭を下げてデニスを見送った後、静かに胸に手を当てる。


 デニスの事情が聞けたということよりも、デニスの抱いている思いの温かさにシエラは心が熱くなった。


 この旅は楽しむためのものではない。弔いのための、葬送の旅なのだ。

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