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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
2.虹の橋を渡りに

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2.塞ぎ込むお客様

 離陸したオルテンシア号は、フォレシア上空を飛び、世界の狭間に飛び込むべく航行していた。


 ある程度まで高度が上がってしまえば、日差しも透明感を帯びて明るさを増す。雲の上に出ると安全のため甲板には出られないが、窓の外から雲の原を眺める分には絶好の展望日和だった。



「こんないい天気なのに、あのお客様は塞ぎ込んでるのかな……」



 スタッフルームにはウィンとシエラしかおらず、残りの二人は業務で持ち場についている。


 ソファに腰掛けたままぼんやり呟いたシエラに、ウィンが気づいたようだ。



「なにか失敗しちゃった?」


「ウィン先輩。そうじゃ、ないんですけど」



 研修でのアデーレの言葉とエーヴェルから言われたことを思い出して、シエラは開きかけた口を噤む。


 お客様が自分から話すまで踏み込んではいけない。


 でも、なんだかそれは窮屈にシエラは感じてしまう。


 悩んで言い出せない人に、こちらから声をかけることの何がいけないのだろう。


 悩んでいるのなら、こちらから話しかけて力になってあげないのは怠けているようにもシエラには思える。


 ぐるぐると考えているうち、シエラは段々我慢ができなくなってきた。


 ばっとソファから立ち上がり、シエラはずんずんとした足取りでスタッフルームを後にする。



「シエラちゃん、どこ行くの?」


「ちょっと、船内の清掃点検してきます」



 ウィンに振り返ってそれだけいうと、シエラはスタッフルームを後にした。


 とはいえ、勝手に客室に入るのは禁止されている。シエラは綺麗になっている廊下を見回りながら考えた。



「なんとかしてあの人と話せないかな……」



 あんなに浮かない顔をして、どんな事情があるのだろう。話を聞けたのなら、何か力になれるかもしれない。


 いくらアデーレやエーヴェルに言われても、何も考えずに従うのは何か違う気がする。


 それこそ、成り行きで魔法学校行きを決めてしまった時と同じだ。



「やりたいことを、やりたいようにやらなきゃ」



 おじさんの言葉を思い出し、シエラは客室に向かう。


 客室は上品な木製のドアで仕切られている。そのドアを前に、シエラはノックの手をためらう。


 どんな風に話を切り出そう。


 悩みの相談にそこまで乗ったことがなかったから、話しかけ方だってそこまで慣れていない。


 いきなり悩みを聞くよりは、世間話から入ったほうが自然だろうか。


 あれこれ考えているうちに、内側からドアが開けられた。



「あっ」


「……あれ? 君は荷物を運んでくれた」



 デニスが声を上げる。思わぬ形で鉢合わせてしまい、シエラは咄嗟に声を張った。



「こ、こんにちは!」


「……はい、こんにちは……?」



 怪訝そうに挨拶を返す青年に、シエラは先ほど考えていたことを話そうと思考の糸を手繰り寄せる。



「えっと、私、あの……!」



 だが、そういう時に限って何を言えばいいかわからなくなる。


 手繰り寄せようとした糸はもつれ、言葉はこんがらがって、シエラはただ青年の前であたふたするしかない。


 怪訝なままシエラを見ていたデニスは、力無く肩を落とす。



「廊下、少し出て歩きたいから。用がないなら、放っておいてください」



 そっけなく突き放し、デニスはシエラの横を通り抜けて行く。


 シエラはそんなデニスの後ろ姿を見て、すぐにその後を追いかけた。



「あの、お客様!」



 デニスは振り返ってシエラを見やる。



「一人になりたいんです。放っておいて」



 だがデニスは先ほどと変わらない態度でシエラを振り切り、廊下を歩いていってしまった。



「あ……」



 呼び止めようにもデニスは振り返らない。シエラはデニスに手を伸ばしかけ、力無く下ろす。



「シエラちゃん」



 そこへ、困ったように呼びかける声。声の方へ顔を向けると、眉を下げたエーヴェルが立っていた。



「さっき言ったこと、忘れちまったかな」


「エーヴェルさん……私」


「お客が話すまで干渉はしない。何でもかんでも聞き出そうとするのは、逆にもっと塞ぎこませる原因にもなるぞ」


「そんなつもりじゃ」



 シエラはただデニスの助けになりたかっただけだ。否定しようとするが、エーヴェルは渋い顔でたしなめてくる。



「君がどういうつもりで話しかけようとしたのか俺にはわからない。でも、それはお客だって同じだろう?

 どういうつもりかわからない人に話してくださいって言われたところで、素直に話す人なんていないと思うけどな」



 もっともなことをエーヴェルに言われ、シエラは口ごもる。



「うちの船には確かにいろいろと訳ありなお客が乗ってくるが、だからこそ俺たちからは事情を無理に聞かないって暗黙の了解があるんだよ。

 乗員が根掘り葉掘り事情を聞いてくるなんて噂が広まったらそれこそこの船に乗りたい客が逃げちまう」


「確かに……お節介だったのかも。すみません、勝手なことをして」



 自分の行動がまさかそんなことにつながるとは思っていなくて、シエラは申し訳なくなる。



「俺も責めるつもりで言ってるんじゃないんだが、君はまだお客との距離の詰め方も知らないんだ。頑張るのはいいがくれぐれも暴走はしないように」


「はい……」



 困ったように頭をかいているが、エーヴェルはきっちりシエラに注意をする。



「お客に干渉しないっていうのは明確な規則じゃないが、だからといって無関心でいろってわけじゃないんだ。その辺りをシエラちゃんには上手く汲み取ってもらいたいな」



 フォローのようにシエラにアドバイスしたエーヴェルは、踵を返して倉庫のある後方区画に歩き出す。



「せっかく来たお客に、不快な思いだけはさせないようにな」



 シエラは遠ざかっていくエーヴェルの後ろ姿に、くっと拳を握りしめる。



「お節介だったとしても、やっぱり塞ぎ込んでるのを見るのはいやだな……」



 お客様の事情を知りたいことをただのお節介で済ませたくない。ただ力になりたい。


 せっかくの旅を塞ぎ込んだまま過ごしてほしくない。そう思っているだけだ。


 それは、間違っているのだろうか。考えるだけでは、いつまでも答えは出ない。



「やっぱり、確かめないと」



 エーヴェルに言われたことが頭に残っているが、それでも聞きたいという意思はシエラの中から消えなかった。

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