10.旅の始まり
その後、貨物室での騒動はしっかりアデーレに報告され、シエラは危険なことをしないようにと注意を受けた。
「事故とはいえバリアの強度が問題ですね。ドグに言って出力の調整をしてもらわないと」
支配人室でアデーレはぶつぶつと船のことを言っていた。事務机と簡易な応接セット、そして横には大きな通信機材が備え付けられている。
支配人室に入るのは初めてだったが、いかにも珍しい内装よりもシエラはウィンを助けられた喜びの方に気を取られていた。
自分でも誰かの力になれる、そんな証明ができたような気がしたのだ。
何になりたいかも、何をしたいのかもわからなかった自分が初めてできたこと。それをシエラは噛み締めていた。
「シエラさん。何かいいことでもありました?」
アデーレが気づいて尋ねれば、シエラは喜びを隠せない様子で答えた。
「えっと。初めて、自分で何かしたな、って」
自分の悩みを今言ってしまうのは憚られて、シエラは感じたことだけをぽつんと述べる。
アデーレはそれに目を瞬かせた後、ふっと息を漏らした。
「それは、何よりです。でも、くれぐれも危険なことはこれ以上なさらないように」
「すみません……あの時は夢中で」
「こちらの従業員が助けられたのも事実ですし、不問といたしましょう。ところで、フォレシアに着いてからの保護手続きですが」
「あの、そのことでお話があるんですが」
シエラの言葉に、アデーレは話を止めてシエラに促す。
「保護されても、お仕事をするのは奨励されてるって聞いて……だから、私」
一旦言葉を切って、シエラはアデーレを見つめる。そして、意を決して口を開いた。
「私、このラピエス社で働きたいです!」
アデーレは目を丸くしてシエラを見やる。それから肩を落として笑みを浮かべる。
「それは、なんとまあ。我が社でやりたいことでも、見つかりましたか?」
シエラはそっと胸に手を当てて答えた。
「ずっと、自分は何をしたいのかとか、やりたいことがわからなかったんです。でも、ある人に教えてもらったんです、人生は旅みたいなものだって」
船の上でのおじさんの言葉を、シエラは思い出す。
人生は旅みたいなもの、だから楽しみなさい。
その言葉が意味するところをシエラはまだわからない。だから、シエラはこの言葉の意味を知りたいと思う。
「それがどういう意味なのか、私にはまだわかりません。でも、この船のお手伝いをして初めて思ったんです。もっとここで過ごせたらって」
きっかけは些細なことだ。だが動く理由としてはシエラに十分すぎる勇気を与えてくれた。
「その言葉の意味を、ここで確かめたいんです。皆さんと仕事をして、いろんなことを知って、私も私の旅をして」
シエラは心の内で膨らむ思いを抱え、アデーレに訴える。生まれて初めて、自分でやりたくなったことだ。
知らない場所を、この人たちと一緒に旅してみたい。出会う人と話してみたい。
まだ小さな萌芽でも、シエラはそれを大事にしたくてたまらない。
「だから、お願いします!」
シエラは頼み込むように頭を下げ、ぎゅっと目をつぶる。
頭の上でアデーレがふむ、と思案する様子が窺えた。こんな風にいきなり頼み込んで、受け入れてもらえるだろうか。だが、シエラは今この気持ちを我慢する方が難しい。
思いの丈をぶつけなければ気が済まなかった。
「顔をあげてください、シエラさん」
アデーレの声に、恐る恐るシエラは顔を上げる。アデーレは仕方なさそうに眉を下げ、笑みを浮かべていた。
「あなたの気持ちはよくわかりました。こんな風に入社を訴えてくる方なんて初めてですよ」
そして、笑みを浮かべたままアデーレは続ける。
「この仕事は楽しそうには見えますが決して楽とはいえませんよ。それでも、構いませんか?」
「……はい!」
確かめるようなアデーレの問いに、シエラは力強く返事をした。
「では、あなたの処遇ですが――」
オルテンシア号に救助されて四日目、シエラはフォレシア王国王都、フォルド=ケストルに到着した。
異界遭難者の保護手続きや施設の手配はほとんどアデーレが行なってくれて、シエラは入国審査のための面談だけ受けた形となった。
オルテンシア号の乗員たちとは保護の手続きの際に別れ、シエラは保護施設の居住区に移される。
シエラと別れたラピエス社の面々は、たった数日でもシエラと一緒にいた時間が楽しかったようだ。
「シエラちゃんともお別れかぁ。なんか他のお客さん見送る時より寂しくなっちゃうなぁ」
本社の休憩室でウィンが遠くを見ながら呟く。相変わらず備品の点検をしているエーヴェルはロープをまとめながらウィンをからかった。
「仕事は楽だったもんな?」
「そんなんじゃないってば。あんな風に後輩みたいな子ができてちょっとはウィンさんも嬉しかったんだから」
ため息をついてウィンはエーヴェルをあしらう。わずかな時間でも自分を慕う人がいてくれたことが、ウィンは嬉しかった。
「まあ、花はあったよな。年頃の女の子が増えるとそれだけで場が華やかになって」
エーヴェルの言葉にウィンが反論する。
「あたしがもういるでしょーが」
「ちんちくりんだからな〜」
そんないつものやり取りの中、クロードが休憩室のドアを開けて顔を出してきた。
「二人とも、アデーレが集まって、だって」
「支配人が?」
ウィンとエーヴェルは顔を見合わせると、クロードの後に続き会社のエントランスまでくる。
エントランスにはすでにアデーレがいて、レアも壁に背を預けて皆を待っていた。
「集まったわね。じゃ、整列して」
アデーレの言葉に各々が朝礼の時のように並ぶ。それを見計らってアデーレは口を開いた。
「みんないるわね。ドグは船の整備で来られないけど、後で挨拶しておくわ」
咳払いをして、アデーレは言う。
「長らく人手不足が続いていた我が社に新人が入りました。船内の清掃や雑務全般に取り組んでもらう雑用係ね。いるのといないのとでは船内業務の円滑さが絶対的に違うわ。さ、入ってきて」
アデーレが手を叩くと、その新人は明るい声で返事をしてエントランスに入ってきた。
「あっ……!」
「ほほう、これはこれは」
入ってきた新人に、ウィンとエーヴェルが声を上げる。
動きやすい丈のキュロット姿の制服に、社員証の代わりのバッジ。邪魔にならないよう髪をまとめた姿は、快活そのものだ。
「ご紹介いただきました、新人のシエラです! これから、よろしくお願いします!」
ぺこりとお辞儀をするシエラに、一堂が歓声を上げる。
「と、いうわけで。これからよろしくお願いするわね。シエラ」
アデーレの穏やかな眼差しにシエラはしっかりと頷いてみせた。
シエラの旅は、ここから始まるのだ。
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