9.貨物室・掴む手
レアと別れて操舵室行きのはしごを下りる。その直後、ぐらりと大きく船体が揺れた。
「きゃっ」
よろめいたシエラはとっさに壁に寄りかかって揺れに耐える。今までちっとも揺れなかったオルテンシア号だったから、いきなり揺れたことに異常を感じずにはいられない。
「今のは……?」
きょろきょろと辺りを見回し、変わったところがないか探す。シエラの周りは特に何もなかったが、それでも他の場所には何かあったのかもしれない。
「ウィンさん、大丈夫かな」
ウィンのことが気になって、シエラは船尾の方へと向かう。大きな揺れはなかったが、時折小刻みにオルテンシア号は揺れていた。
シエラが後方部にある鉄の扉まで来たとき、備品庫から出てきたエーヴェルと鉢合わせた。
「っとと。シエラちゃんか! 危ないから部屋に戻った方がいいぞ」
「何かあったんですか?」
エーヴェルはすぐには答えなかった。少し悩むような素振りのあとああ、と頷いて答える。
「ちょっと船に破片がぶつかったみたいでな。備品庫と貨物室がちょっとやられちまったらしい」
「そんな、大丈夫なんですか?」
不安と心配で表情を曇らせるシエラに、エーヴェルは軽く笑って平気だと答える。
「船にバリアは張ってあるから、壊れる心配なんてないさ。ただ、早いとこ貨物室の穴は塞がないとだな」
「ウィンさんは? まだやることがあるって船の後ろの方に行ったっきりで」
それを聞くなりエーヴェルの顔つきが険しくなる。すぐに乗務員用と壁に取り付けられた伝声管を引っ張って言った。
「クロード! そっちにウィンはいないか?」
『こっちには来てないけど……何かあったんだね?』
「貨物室に穴が空いた、ウィンがいるかもしれないから急いで来てくれ」
わかった、とクロードが答えるなり伝声管を離してエーヴェルは備品庫に飛び込んだ。恐らく救助用のロープといった道具を取りに行ったのだろう。
シエラはウィンが貨物室にいるかも、と思ったときには貨物室に向かって走り出していた。
胸がドキドキする。ウィンが貨物室の穴から投げ出されたらと思うと、心臓が喉に詰まったしまったように息苦しくなる。
「ウィンさん……!」
貨物室に辿りつくと、有無を言わさずシエラはドアを開けた。
「ひええ~!!」
そこいは情けない悲鳴を上げながら貨物固定用の柵に捕まっているウィンがいた。その背後、貨物室の壁には大きな穴が空いており、中にあるものを全て外へ吸い出すかのように風が吹き荒れている。
「ウィンさん!」
「シエラちゃん! 危ないから逃げて!」
「ダメです、ウィンさんが飛ばされちゃう!」
ウィンが訴えるもシエラは聞かない。シエラは貨物室の入り口に掴まったままウィンに手を伸ばす。
ウィンは入り口から少し離れた場所にいて、シエラが手を伸ばしてもギリギリ届くかどうかといった間合いだ。
シエラは必死に手を伸ばしウィンまで届かせようとする。だが、強い風もあって中々ウィンは手を伸ばせない。
「あたしは大丈夫だから、逃げてってば!」
「嫌です! ウィンさんを助けたいんです!」
あの時おじさんの手を握れなかったことを、シエラはずっと後悔していた。あの時掴めていたら、違う結果になったかもしれない。
そして、自分によくしてくれた人が今にもいなくなってしまうとき、手を伸ばさない理由などシエラにはなかった。
「助けます! 絶対!」
「シエラちゃん……!」
ウィンが柵に掴まったまま手を伸ばそうとする。だが、風にあおられ中々手が取れない。
シエラは思い切って貨物室へ身を乗り出してウィンの手を取った。今度こそ、しっかりと掴んで離さないように。
しかし、吹きすさぶ風に背中を押されてシエラはバランスを崩してしまう。
「あっ!」
ウィンを引っ張り上げることもできず、シエラは貨物室の入り口から手が離れる。一瞬でひんやりと腹の底が冷たくなり、シエラはきゅっと目をつぶった。
次の瞬間、ぐっと力強い手がシエラの腕を掴み、ウィンごとシエラを貨物室の外に引き上げてきた。
「クロード!」
エーヴェルが声を張った後ろから、クロードが呪文の書かれた紙を貨物室に飛ばす。
「……閉じて!」
そうクロードが唱えた瞬間、呪文の書かれた紙が穴を塞ぐほど大きく広がり、ぺたりと穴に張り付いた。その紙は金属のように硬質になって貨物室の穴を塞ぐ。
廊下に倒れ込んだウィンとシエラはまだ混乱しつつも起き上がった。
「た、助かったぁ~」
「ウィンさん、よかった……!」
へろへろになりながらへたり込むウィンに、シエラはほっと胸をなで下ろした。
「よかった、二人とも無事で」
クロードが心の底から安堵する横で、エーヴェルが苦い顔をしている。
「ウィンは不可抗力であの場にいたとしてもシエラちゃん。俺は戻れって言ったよな?」
エーヴェルの諫めが自分に向けられたものであることに気づき、シエラはハッとして俯く。
「いくら手伝いをするといっても君はお客様なんだ。危ない目に遭って、何かあったらうちの会社はおしまいだ。お客様として、乗務員の言うことにはちゃんと従ってもらわないと困る」
本当は怒鳴りたいところなのだろうが、エーヴェルは淡々とシエラを諫める。
「本当は馬鹿野郎の一言でも言えたらいいんだけどな。せっかく助かった君がまた命を危険にさらすなんて、助けたこちらの身にもなってくれ」
「ごめんなさい……ウィンさんが危ないと思ったら、いてもたってもいられなくて」
心配そうに叱るエーヴェルに、シエラは身を縮こめて謝る。その横でへたり込んだウィンがエーヴェルに突っかかってきた。
「う、元はといえばあたしが貨物室の整頓なんて行ったのが悪いんだし、あんまりシエラちゃんを怒らないであげてよ」
ウィンなりにシエラを庇いたいのだろう。いつもの勢いはなく、エーヴェルの怒りをなだめようとしているかのような物言いだ。
「シエラさんが無理したのはわかるけど、あんまり責めてあげないで? シエラさんがいたからウィンも助け出せたわけだし」
二人から言われて、さすがにエーヴェルも強く言う気がなくなったようだ。腕組みをしてエーヴェルはため息をつく。
「まあ、無事で何よりだったよ。くれぐれも拾った命は大切にな」
「エーヴェルさん……ありがとうございます!」
「よかった~!」
シエラは改めてエーヴェルに感謝の言葉を述べる。
その横でクロードとウィンがハイタッチをしてシエラの無事を喜んでいた。




