三十二・おばあちゃんは、ウソなんか言っていなかった
その夜──セラの宿屋から、布に包まれた等身の物体が数人のタコ人間たちによって、持ち出され丘の上にある神殿へと運ばれた。
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小一時間後──エリアの天井に映し出される、三日月の欠けた極楽号の月光に照らされる神殿の中庭。
祭壇の上に眠らされて衣服を剥がされ、上半身裸体で仰向けに横たわったゾアの姿があった。
ゾアが乗せられた祭壇を取り囲むように、白いフード付き法衣に身を包んだ者たちが立っている。
法衣の袖口からからタコの手や足が覗く、一人のタコ人間が言った。
「我らの湖の主よ、今宵この者を生け贄で捧げます……波荒れない平和な湖と、我らをお守りください」
ゾアの体に液体のチョコレートが垂らされる、湖の主はチョコレート味の生け贄が好物だと、タコ人間たちには信じられていた。
鋭い煌めく短剣を持ったタコ人間の触手が、眠らされたゾアの胸を目掛けて振り下ろされる。
短剣の切っ先が、ゾアの胸に刺さる……血は出ない……驚いたタコ人間が、もう一度ゾアの胸を刺そうと、振り上げた短剣を伸びたイカの触腕が、ムチのようにしなって短剣を弾き飛ばす。
「なに⁉」
聞こえてきた仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ……以下略の声。
「てめぇら! なにしてやがる!」
怒鳴り声が聞こえ、イカ巫女の触腕が縮みもどった方向には、布袋をかぶった仁と穂奈子とオプト・ドラコニスが立っていた、
宇宙日本刀の柄に手を軽く添えて、姿勢を低く構えた仁が言った。
「なにやら、布でくるまれた荷物のようなモノが、宿から神殿へ続く道を運ばれていくのを見てな……てめぇら、今すぐその少年から離れろ……オレの剣波は離れた相手も、真っ二つにするぞ」
タコ人間たちが慌ててゾアから離れると、駆け寄った穂奈子とオプト・ドラコニスが、ゾアの体にシーツかぶせて介抱する。
白いフードを外して顔を見せた、セラが涙目で詫びる。
「ごめんなさい……湖の主を怒らせない為には、こうするしかなかったの……本当にごめんなさい……あたしが代わりに生け贄に」
セラが取り出した短剣で、自分の胸を突く前に仁が放った居合いの剣波が、セラが持っていた短剣を根元から叩き折った。
「くだらねぇ迷信とか言い伝えを信じて、自分の命を粗末に扱うんじゃねぇ!」
その場にしゃがみ込んだセラが、三日月を仰ぎ見ながら言った。
「でも誰かが、生け贄にならないと……湖の主の怒りが」
その時──穂奈子の様子が激変して、激しく痙攣しはじめた。
オプト・ドラコニスが言った。
「穂奈子に、何かが憑依した?」
◇◇◇◇◇◇
軽い口調が変わった穂奈子がしゃべり出す。
「あたしぃ……別に生け贄なんて求めてないしぃ……湖が荒れるのは、あたしのせいじゃないしぃ……あたしぃ、あんたらを守る力なんて、元々無いしぃ」
オプト・ドラコニスが、憑依された穂奈子に問う。
「おまえ、誰だ?」
「あたしぃ、さっきから噂されている湖の怪魚だしぃ……別に湖の主なんてやっていないしぃ、滅多に怒らないしぃ」
軽い口調でしゃべる、湖の怪魚はメスだった。
湖の怪魚は、穂奈子のイカ触手の髪をいじくりながら話し続ける。
「あたしぃ、こう見えても少食だしぃ……水の中を覗き込んでいた、変なフンドシクマを食べたらお腹一杯だしぃ……もう、生け贄を捧げる祭りなんてやめた方がいいしぃ……もう湖に帰るしぃ、食べたクマ未消化で排泄されるしぃ」
湖の怪魚が体から抜けた穂奈子は、白抜き目で放心する。
◇◇◇◇◇◇
タコ人間たちとセラは、気が抜けたように、その場にしゃがみ込む。
「そんな……今まで捧げてきた、生け贄はいったいなんのために」
オプト・ドラコニスがタコ人間たちに、慰めの言葉をかける。
「これからは、生け贄の儀式で亡くなった者たちに、さらに深い弔いの言葉を」
タコ人間の一人が、不思議そうな声を発する。
「はぁ!? 誰も亡くなってなんかいませんよ……現にオレも昨年の生け贄でしたから」
「だって、おまえたち……短剣でオレたちの仲間の胸を? 昨年の生け贄?」
セラ・ムーンが答える。
「あたしたちは、再生力が強い心臓を五つ持っているんです……あたしは四つですけれど……もしかして、あなた方は心臓を複数持っていないんですか?」
「持ってねぇよ!」
◇◇◇◇◇◇
朱ヒョウタンの救世酒を飲みながら、仁がセラに言った。
「神殿にあるという、潜水艇がある場所まで案内してくれ……タコさんたち協力してくれるよな……オレたちの仲間を、生け贄にしようとしたんだからな」
セラは地下水脈がある場所へ繋がっている、入り口が崩落した天井の瓦礫でふさがっている場所に仁たちを案内した。
眠るゾアをクッションを挟んで背負い、穂奈子をプリンセスだっこした。
オプト・ドラコニスも、一緒にセラが案内する場所に向かう。
タコ人間たちが、半信半疑で瓦礫を除去すると、地下へと繋がる階段が現れた。
驚くタコ人間たち。
「本当にあった」
丸太が埋め込まれた階段を下っていくと、岩の扉が現れ。
扉を押し開けると、そこに地下水脈が流れる空洞と、木製の桟橋近くに浮かぶ数隻の潜水艇があった。
オプト・ドラコニスが、一隻の潜水艇に近づいて状態を確認する。
「大丈夫だ、これならメンテナンスを軽くするだけで動く……リモートコントロール機能付き潜水艇か、到着した目的地からメモリーされた発着場を帰巣セットすれば、操縦者がいなくても元の場所にもどって来る」
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翌日、潜水艇に乗り込んだ仁たちは、見送りに来てくれたセラタコ人間たちに、仁は手を振りながら言った。
「じゃあ、元気でな……極楽号は必ずオレたちが守るから……ホラ話は本にでもまとめて出版すれば売れるぞ」
潜水艇のスクリューが回り、仁たちは次のエリアに向かった。
のちにセラ・ムーンのホラ話は『ホラ吹き女の三日月大冒険』のタイトルで書籍出版されて、サンドリヨンでベストセラーになった。




