4.城塞都市ハーコッテ
私はケイラ用に、頭の角にあたる部分に穴の開いたヘルメットと、ケイラを乗せるサイドカーや、その他にも今後必要になりそうな物をいくつかクリエイトで制作し、次元収納へと格納すると、サイドカーを魔導バイクに接続し、ケイラを乗せて早速街に向かって走り出した。
途中でまた一つ村を見つけたので、私は村の人から話を聞くことにした。
「すいません、ちょっとお尋ねしたいことがありまして。今お時間大丈夫でしょうか。」
最初に見つけた村の男に話かけると「奇妙な恰好してるが、もしかして貴族の方だろうか?」と逆に尋ねられてしまった。
「いいえ、違います。私は遠い東の方からやってまいりましたので、衣類もこのあたりの物とは違いますが、何故貴族と思われたのですか?」
「そうかそうか、いや、ずいぶんと丁寧な話し方なもんで、てっきり立派な家のお嬢さんかと思ってな。」
「そうでしたか、私の故郷では、初対面の方には丁寧な言葉で話すのが普通でしたので、勘違いさせてしまい申し訳ありません。それで、ちょっとお尋ねしたいのですが、この近辺に大きな街などはありますでしょうか。」
「あぁ、今来た道をそのまま真直ぐ進んでいけば、歩きでも30分くらいでハーコッテにつくだろうよ。もう10分くらいで城壁も見えてくるだろうさ。」
「城壁?お城があるんですか?」
「いや、ハーコッテは城塞都市だ。領主様の屋敷の周りに街が丸―く広がっていて、その外周を城壁で囲っているんだ。行けばすぐにわかるさ。」
「領主様?」
「あぁ、ハーコッテには辺境伯の領主様がいて。東の大森林に対する最終防衛拠点も兼ねているもんだから、頑丈な城壁で守られてるんだ。大森林には竜がいてな、何年かに一度は街を襲ってくることもあるんだよ。」
私はつい数時間前の出来事を思い出し、村人から目をそらしつつ「あぁ、竜ですか、まだいるんですかね。」と白々しく答えた。
「俺はあの竜を見たことあるけど、あんなもんに勝てる人間も魔物もいないだろうから、あんたも森に行く時は気を付けれよ。食われちまうぞ。」
「あぁ、はい、気を付けます。ありがとうございました。あ、あともう一つ、そのハーコッテの街は行ったら誰でも街に入れてくれるのでしょうか。」
「あぁ、門番に金をいくらか払わなければならんが、あとはいくつか質問に答えればだいたいは入れてくれるんじゃねぇかな。」
「この子と二人分でどのくらい必要になるでしょうか。」
「二人で30ミルもあれば大丈夫だと思うけどな。」
「実は、私異国から来たもので、ミルという通貨を持ち合わせていないのですが、私の持っている金と交換していただけないでしょうか。」
「どのくらいの金かわからんけど、金と交換できるほどの持ち合わせなんてねぇぞ俺は。」
「あぁ、いえ私は街に入るのに必要な分が手に入れば良いので、レートは気になさらなくて大丈夫です。金はこちらになります。」
私は、次元収納から事前にクリエイトで作っておいた厚さ3㎜縦横が7㎝×4㎝程度の金のプレートを取り出し、村人の男に差し出した。
それを見た男は目を大きく見開いて「こ、こんな立派な金のプレート!?ちょ、ちょっと待っててくれ、ここで待ってて、すぐに戻ってくるから!」と言うと、慌てて村の奥の方に走っていった。
数分後、男が息を切らせて走ってくるなり「これが俺の全財産だ。1200ミルあるけど、これでいいか?」とボロ布で拵えられた袋を突き出した。
私は汗まみれの村の男に対し「そんな、全財産なんて、その半分でも大丈夫です。」というと、男は顔を左右にブルブルと振ると「そんなわけにはいかねぇよ。全部持って行ってくれ。」とさらにボロ袋を突き出して、私に受け取るように促した。
これ以上押し問答をしても不毛な時間を浪費することになると諦め「それでは遠慮なくいただきます、ありがとうございました。本当に助かります。」と言って男のボロ袋を受け取り、代わりに男に金のプレートを手渡した。
男は大喜びで小躍りしながら村の奥へと去っていった。金のプレートがよほど嬉しかったのか、もはや私達のことはほったらかしとなっていたので、私も「行こうかケイラちゃん。」と言って、街に向かって歩き出した。「あんなに喜んでくれるなら、もう少し作っておこうか、今度はインゴットくらいのサイズで金とかミスリルとかね。」
街へ着くと、先程近くの村の男からもらったボロ袋から言われた額を取り出して、門衛の兵士に支払うと街に入ることを許された。
「ケイラちゃんお腹すいた?」
「すきました!」
「じゃあまずはお食事出来そうな場所を探そうか。」
辺りをきょろきょろしながら歩くと、やがて食事が出来そうな大きめの建物を見つけたので中に入り「すいません、食事できますか?」と店の中にいた店員に尋ねる。
店員は威勢の良い声で「いらっしゃいませ、タイタイ亭へようこそ、お二人様ですね、お好きな席へどうぞ!」と答え、続けざまに持っていた料理を別の客に「お待たせしました!」と元気よく給仕し、返す刀で着席した私達のところへ来ると「メニューはこちらです、本日のおすすめはあっちのボードに書いてありますので、よろしかったらどうぞ!」と言い、流れるように厨房の方へと消えていった、かなり仕事の出来るウェイトレスさんのようだ。
やがて、注文した料理を持ってきた先程のウェイトレスに、この近くにどこか宿泊施設のようなものはないかと尋ねると「うちの2階はどうですか?お二人1部屋でよければ1泊38ミルになりますが、朝食付きで温泉大浴場入り放題ですよ!」と威勢の良い声で答えたので、私達はそのままここの2階に宿泊することにした。
食事を終え、案内された部屋に入ると、私はケイラに「ケイラちゃんお風呂に入ろうか。」と尋ねると、ケイラは「お風呂?」と答える。
私は、ケイラが暮らしていた村は小さな村だったので、風呂のある家がなかったのかと思い「そっか、ケイラちゃんはお風呂初めてなんだね。お風呂はね、大きな浴槽に温かいお湯が入っていて、そこで体を洗ったり、温まったりするところで、とっても気持ちがいいんだよ。お姉ちゃんがケイラちゃんの体洗ってキレイにしてあげるね。お姉ちゃんと一緒に入ろう。」というと、ケイラの表情もパッと明るくなって、元気よく「一緒に入ります!」と答えた。
二人は女湯に入ると、着ていた衣類を脱ぎ、浴場に入る。私はケイラの服を脱がせてやっていた際に、ケイラの首筋から太もも辺りにかけて背中にうっすらと鱗のような筋があるのに気が付いので、私はふとした考えに至る。
私は頭の中で『ライブラこの世界での獣人や竜人なんかの扱いってどうなってるの?』と尋ねる。
[回:獣人や竜人などを総称して亜人種と呼ぶことが多いです。
一部の地域では亜人種への差別が強く、誘拐して奴隷として取引されることもあります。
ここハーコッテが属するヤーパニ皇国では奴隷売買の条件が厳しく、国の管理のもとに取引が行われるので、亜人種であることのみをもって奴隷とされることはありません。
ヤーパニ皇国においては奴隷として売買されるのは犯罪を犯した者や戦争で捕虜となった者がそのまま奴隷売買されるので、比率的には人族の方が多く売買されています。]
『あ、そうなんだ、じゃあやっぱりケイラちゃんの村にたまたまお風呂がなかっただけなのかな。てっきり竜人差別かなんかがあって、ガインさんがケイラちゃんを守るために人前でお風呂に入るのを制限してたのかと勘繰っちゃった。』
[回:竜人族は他の獣人族とは違い、差別を受けることより、警戒される場合が多いです。
竜人族の成体は単独で飛行できるようになったり、他を圧倒する膂力を身につけたり、ブレスという強力な攻撃を繰り出すことが出来るようになるため、一般的な人族は竜人族を恐れる傾向にあります。]
『そっかそっか、ライブラありがとう。自分で自分の身を守れそうだし、それなら良かった。』
私はケイラに大衆浴場での作法を一通り教え、身体を洗ってやった後に「ケイラちゃん、身体もきれいになったし、湯舟に入ろうか。」と言って二人で湯舟に浸かる。
完全に脱力して、温泉を堪能するケイラは「なんだかとっても気持ちが良いです。」と言い、仰向けでプカプカと浮いていた。
そんなケイラを私は自分の方へと抱き寄せて「ケイラちゃん、今日から私はケイラちゃんを本当の妹だと思うから、ケイラちゃんも私を本当のお姉ちゃんだと思ってね。今日の今日でまだ慣れないかもだから、徐々にで良いけど、話し方ももっと話しやすい話し方をしてくれて良いし、年相応のわがままも言って良いし、甘えたいときは甘えてくれて良いからね。私もケイラちゃんが悪いことをしたら叱るつもりだし、良いことをしたらこれでもかってくらい褒めてあげる。種族や血のつながりなんて関係ない、心がつながっていればそれはもう本当の家族だし、本当の姉妹なんだよ。ケイラちゃんはもう十分辛い思いしただろうから、これからは嬉しいことや楽しいこと沢山しよう、天国のガインさん達がうらやましいなって思うくらいにね。でもまぁ私もお姉ちゃんをやるのは初めてだから、あまり上手にお姉ちゃんできないかもだけど、ていうか若干お母さんよりのお姉ちゃんになっちゃうかも。」と言った。
ケイラは私の方を向き、私の胸に顔をうずめて、一言「うん。」と言い、その小さな体で必死に私にしがみついたのだった。
翌日私達は街の商店が立ち並ぶ区域へとやってきた。
二人とも着の身着のままという状態であったため、二人分の衣類をそろえるのが目的であった。
クリエイトで作ることも可能ではあったが、この世界の一般的な服装というものに対する知識が全くと言っていい程に皆無であったため、店で売っている物を買って身に着け、街に馴染もうという意図もあった。
二人分の衣類や生活に必要そうな物もそろったあたりで丁度昼になったので、私達は露店で簡単な食ベ物を購入し、道端のベンチに腰掛けて食べていると、同じく露店で買ったのか、昼間から酒を飲んでいる男二人が私の方へとやってきた。
風貌としては片方がジャイ〇ンで片方はス〇夫といった感じの、いかにも街のチンピラ感を醸し出す二人で、ジャイの方が私の肩を抱きかかえ、酒臭い口を開いたかと思うと「キレイなねぇちゃんだな、俺たちと一緒に来いよ、楽しいことしようぜ。ガハハハハ。」と、いかにもな台詞を吐く。
私は怯えて私の腰のあたりにしがみつくケイラに「このおじちゃん達と少しお話するからケイラちゃん、万が一のことがあるといけないから、ちょっとだけ離れていてくれる。」と言うと、ケイラは怯えながらも無言で頷き、近くの木の陰に身を隠した。
私はジャイの方を向いて立ち上がり、片手で胸倉を掴むと、ジャイの足が宙に浮く程度に釣り上げて「貴方は今私に対して一緒に来て楽しいことをしようと申し出られたようですが、その楽しいことというのは、私が楽しいと感じることをしようというのではなく、貴方が楽しいというか、ぶっちゃけ気持ちが良くなることを私にさせようと考えての申し出と理解しています。しかし、貴方がその気持ちの良いことをすることが出来ると考えたのは、私が若い女性で見た目も華奢なので、力ずくでどうにでもなるとの判断からの発言と推察します。しかし、残念ながら、私は貴方が1万人束になってかかってきたとしても、一瞬で塵にすることが出来る程度の実力は備えているので、貴方のその目論見は達成することはないでしょう。彼我の戦力差すらわからない程度の蛆虫以下の存在である貴方ではありますが、仮に私のような実力を持たない普通の女性が、今後貴方の餌食にならないとも言い切れません、そうなった場合私は胸糞が悪いと感じるのみならず、今この場で貴方という害虫を駆除しておかなかったことを大変後悔することとなるのは目に見えているので、さてどうしましょう、本当に塵になってみますか?」と、静かに、且つ一方的に捲し立てるのと同時に、開いている右の手のひらの中で、雷の魔法であるサンダーボールを発生させ、わざとバチバチと派手な音を響かせる。
胸倉を掴んでいる左手を離すと、地面に落ちて転んだジャイ〇ンとス〇夫風の男二人は、青ざめた顔で土下座をし、頭を地面にこすりつけるように謝罪を繰り返し、もうしません、二度としませんと泣きべそをかいている。私はそんな二人の耳元で静かにささやいた。
「今まで貴方達は、今の貴方達のように許しを請う者に対して寛大な心で接することは出来ていましたか?出来ていないでしょうね。そのような人であれば、おそらく先程のような狼藉を働く大人には成長していないはずではありませんか?自分で出来ないことを人に強要するのですか?それは虫が良すぎるのでは?今ここで貴方達を黒焦げにすると気分を悪くなされる方もいるでしょう、ここは公衆の面前ですからね。逃げてください、地平線のかなたまで逃げおおせてください。貴方達がこの街から遠く離れたところまで逃げおおせたと思ったその瞬間に、貴方達二人をあの世へとお連れして差し上げます。大丈夫、ご心配なく、さっきのサンダーボールなんてケチな魔法は使いません、一瞬で跡形もなく消滅できるような特大の魔法をプレゼントしますよ。自分が死んだ事にさえ気づけないと思います、良かったですね、痛みを感じる間もありませんよ。さぁ、行けっ!」
声音を強めた最後の一言に恐れをなした二人は「ひぃ!」と悲鳴をあげながら、振り返りもせずに脱兎のごとく走り去っていった。そんな二人を眺める私は、少々脅しが過ぎたかなと反省するのであった。
少し離れた木の陰で待っていたケイラが、私の元に駆け寄ってきて「お姉ちゃん大丈夫?今の人達どこかに行ったの?」と尋ねるので、私は「うん、大丈夫だよ、おじさん達少しお酒に酔っていたみたいだったから、お姉ちゃんが治してあげたの。だからほら、元気に走っていったでしょ。」と言ってニコっと笑った。その顔を見たケイラは、引きつったような笑顔を返し「そっか、それなら良かった。」と言いながらも、お姉ちゃんを怒らせるようなことだけは絶対にしないでおこうと心に誓ったようだった。
いくら幼いとはいえ、さっきの二人組がただの酔っぱらったおじさんだったというわけではないことくらい察しがつく。そんなおじさん二人を、いとも簡単に撃退してしまった姉を怒らせたらヤバイなと怯えつつも、誇らしい気持ちになるケイラなのであった。
すると、近くで様子を窺っていた串焼き屋の店主であろう初老の婦人が歩み寄ってきて私に「あんた大丈夫かい、さっきの二人はこの辺でも有名なゴロツキ集団の一味だけど、悪いことは言わないから、さっさと逃げてしまいな。後から取り巻き連れてテイタムが仕返しにくるだろうよ。」と言った。
私は少し考えた後「その、テイタムというのは先程のチンピラのどちらかではないですよね。ということはもう少しましなのがあのチンピラ集団を取り纏めているということですね。しかし、この街にはああいうのを取り締まる公的機関のようなものはないのでしょうか。」と婦人に尋ねる。
すると婦人は「衛兵はいるけどね、テイタムには束になってもかなわないんだよ、アイツはゴロツキのくせに身体強化の魔法持ちだからね。」と言った。
私はまた少し考えを巡らせた後「ということは、衛兵さん達はそのゴロツキどもを捕縛したくて仕方ないのだけれど、いつも返り討ちにあうので野放し状態が続いているということですね。であれば、もしその集団を一網打尽にしてくれる第三者がいるのであれば願ったり叶ったりということになるのでしょうか。」と再度婦人に尋ねる。
すると婦人は「そりゃもうあんた、もし捕まえることが出来たなら勲章ものだろうけど、変な気を起こすんじゃないよ、あんたみたいに綺麗な顔をしている女の子、あいつらに捕まったら散々乱暴された挙句に、どこぞに売り飛ばされちまうよ。」
「ここの奴隷制度は国家主導のものなのでは?」
「そりゃ建前はそうなっているけど、そもそもが犯罪で飯を食っているような奴らなんだから、何をされるかわかったものじゃないよ。」
「そうですか、それは聞き捨てなりませんね。放置すればケイラちゃんにも危害がおよぶ危険性があると。わかりました、お話聞かせていただきありがとうございました。大変参考になりました。あと、私の心配までしていただいて大変恐縮なのですが、私は大丈夫です。おそらくこの世で私より強い人間は存在しないはずですので。」
私の言葉を聞いて、一瞬きょとんとする婦人だったが、すぐに我に返り「とにかくあんた、はやい所逃げなさいな、あいつらすぐに。」と婦人は言葉を途中で遮ると、クルッと踵を返し、自分の屋台の裏に入ると、身を屈めてしまった。
そして、その直後、背後から威勢の良い声がする。
「おいっ!そこの女、うちの手下にずいぶん舐めたことしてくれたようだな。多少力があるようだが、女だからと容赦はしねぇぞ。」
テイタムは取り巻き8人の先頭に立ち、私を威嚇するように睨みつける。
「来るのがはやいですね、貴方の話を聞き、放置するわけにもいかないと思っていましたが、貴方が現れるまで待つのもまた、時間がもったいないと思っていましたので、大変助かります。」と言って、私もまたテイタムを睨みつける。
そして、後ろで怯えているケイラに向き直り、にっこりと微笑んで「ケイラちゃん、さっきの屋台のおばちゃんのところに隠れてて。すぐに終わるから。」と、ケイラが安心するように優しく言った。
そんなやり取りを見ていたテイタムは先程のジャイ〇ン風の男の方に「お前本当にあんな女にやられたのかよ。」と毒づく。
「一応事前に聞いておきますが、貴方達は私に暴行を加えた後、抵抗できなくなった頃合いを見計らって凌辱し、飽きたら適当な奴隷商にでも売りさばこうとお考えで?」
すると、テイタムとその手下達は一斉にゲラゲラと大声で笑いだしたかと思うと口々に「わかってるじゃねえか。」「お前も楽しみなんじゃねぇのか。」等と言っているので、私は「なるほど、よく理解しました。ちなみに考えを改めて、これまでの蛮行をこの街に住む皆さんに謝罪し、街を去るという考えの方はいらっしゃいませんね?」と言う。
するとテイタムが一歩前に出ると同時に「いるわけねぇだろうが。」と言い終わるのが早いか、私に向かって突進し、私の首を右手で鷲掴みにするとそのまま片手で持ち上げて「ずいぶんと舐めた口きくじゃねぇか、まずはそのよくしゃべる口を永遠に閉じてもらおうか。」と言いながら、左手で私の顔めがけて拳を突き出した。
直後、テイタムは苦痛に顔を歪め、左手を自分の胸元でかばい、右手で左手首をさすりながら「てめぇ今何しやがった。」と吐き捨てる。
私は無言でテイタムに近づくと、テイタムは後ろに飛びのいて距離をとったつもりだったが、そのテイタムの目の前に何食わぬ顔で立つ私。
「何をしたのかを問われるのであれば、貴方が一番よくご存じかと思いますが、貴方に殴られましたね。ただし、壊れたのは殴った貴方の左手首の様ですけれど。」と挑発的な返答を返す。
驚いたテイタムはわけもわからぬ状態で「なっ!?」と、その後に何か言葉を続けるつもりであったのだろうが、私に言葉を遮られる。
私は、テイタムの首を先程テイタムにされたのと同じように左手で鷲掴みにすると、そのままテイタムの体を持ち上げ、続けて拳が骨折しているであろう左手の手首を右手で握り「いまいち今の状況が理解できていないようなので、貴方にもわかりやすいようにして差し上げますね。」と言うと、そのままテイタムの左手首を握りつぶした。
テイタムは「ギャー!」と悲鳴を上げるとそのまま気を失ってしまった。
「あらあら、衛兵を何度も蹴散らして悪事の限りを尽くしているゴロツキ集団の親玉が、左手が折れただけで気絶しちゃうんですね。しかしまぁ、貴方達街のゴロツキ等という底辺中の底辺に属する人種なのでしょうけど、大したものですね、親分がこの有様でも自分だけ逃げようとする者はいないんですね。ご立派です。あ、それとも、逃げるのも忘れるくらい驚かせちゃいました?まぁ、逃がしませんけどね。」
私は気絶しているテイタムを地面に放り投げると、残りの8人も次々と首筋やみぞおちなどに当身をして気絶させてゆく。
一通り始末が終わると、クリエイトでロープを作り、全員を縛り上げた。
縛り上げた後でテイタムの左手を回復魔法で治してやると、串焼き屋の婦人のところに行って「ケイラちゃんもう大丈夫だよ、さぁ一緒に帰ろうか。」とケイラの手をとる。
そして、婦人に対し「衛兵さん達への通報って、どのようにすれば良いのでしょうか。」と尋ねると、婦人は驚いてはいるものの、興奮した様子で「向こうに大きい通り見えるだろ、あの通りをまっすぐ進んでいくと左手にレンガ造りの大きな建物がポツンとあるから、そこに行けば良いよ。」と答えた。
すると、婦人が「あっ!」と言って、続けざまに「ちょうど警邏中の衛兵が来たよ。」と言うと、露店の前に出て手を大きく振りながら「衛兵さ~ん、こっちこっち!」と大きな声で衛兵を呼んだ。
婦人に気が付いてゆっくりと歩いてきた二人組の衛兵は、途中でゴロツキ集団が捕縛されているのに気が付くと、慌ててこっちに向かってきた。
息を切らせた二人の衛兵の一人が「これはどういうことだ。」と婦人に尋ねると、婦人は「こいつらこの娘にからんできたんだけど、なんとこの娘がこいつら全員を撃退しちゃったのさ。」と自分の自慢話でもしているかのように誇らしげに話した。
それを聞いた衛兵の一人は「信じられんが、実際撃退はされてるな。お嬢さん、ちょっとお話を聞かせていただきたいので、詰所までご同行願えますか。とりあえず、お前は応援を呼んで来い、この人数を二人で運ぶのは大変だろう。」と、同僚の衛兵に詰所へ応援を要請する指示をだすと、再度私の方を向いて「ところでお嬢さんは名のある冒険者か何かでしょうか。」と尋ねてきたので、私は「いいえ、私は妹と二人で東の方から昨日この街にやってきたばかりの、一般人です。」と答えた。すると衛兵は「一般人がテイタムを、そのゴロツキの親玉、テイタムと言うのですが、そいつはソロで東の森に生息するハウンドウルフを討伐してしまう程の腕前の持ち主なんですよ。」と言った。
私はハウンドウルフがわからなかったので、頭の中でライブラに尋ねると、ライブラは画像付きで解説してくれた。そして、私はその画像を見て、森を抜ける際に私を見てキャンキャンと吠えながら逃げていった犬のような魔物がいたことを思い出し、思わず「あぁ、あのワンちゃん。」と漏らしてしまう。
すると、衛兵は「わんちゃん?あぁ、そういえば、先程東から来たとおっしゃいましたが、船を使って来られたのですよね、まさか森を抜けてきたなどということはないでしょう。」と尋ねられたので、私は「えぇと、森から来ましたが。」と答えた。
すると衛兵は信じられないという顔をして「カーミオ大森林を抜けてきたのですか?」と言った。その口調や表情はひどく狼狽しているようにも見えたが、私は特に気にすることもなく、端的に「はい。」とだけ答えた。
そんなやり取りをしていると、背後の方が賑やかになってきたことに気がついた私が、後ろを振り返ると、衛兵の集団が隊列を組みつつ駆け足でこちらに近づいてくるのが見えた。
私に質問をしていた衛兵もそちらに気が付き振り返ると、その衛兵の集団の中に、馬に騎乗した人がいることを認め、私に「ちょっと失礼」と言うと、小走りでその騎兵の元へと向かい、状況報告をしているようだった。その際、ちらちらと私の方を見ながら報告していたのが気にはなったが、大体想像はつくので何の気なしに二人のやり取りを見ていると、先程まで私と話していた衛兵が、こちらとは反対の方に向かって走り去っていったのが見えた。
新たに表れた衛兵の集団は、騎兵の指揮でゴロツキ9名を連行して行った。すると騎兵が私の元にやってきて「馬上から失礼、任務中につきご容赦願う。貴女がこのテイタム一味を捕縛したとの報告を受けているが相違ないか。」と尋ねられたので、私は「はい、間違いありません。」と答えると、騎兵は「我はこの地を収めるルドルフ・ハイゼンスリーブ辺境伯と申す。この度の街の治安維持への助力に感謝申し上げる。今回の件について、報奨を授与したいのと、いくつか質問にもお答えいただきたいので、明日にでも我が屋敷にご来訪願いたいがいかがだろうか。」と言った。
その口調に澱みはなく、声にも張りがあり、眼光も鋭い、一見すると高圧的にも見えるが、不思議と温かみも感じる。
私は直感的にこのルドルフ・ハイゼンスリーブ辺境伯という人物を善人だと感じつつも、騎兵じゃなかったんだと、自分の勘違いに一人気恥ずかしさを感じた。
私は頭の中でハイゼンスリーブ卿の言葉を繰り返しながら思考を巡らせる。
報奨だけではなく質問も、ということは、辞退できない感じのヤツだななどと考えつつも、領主様のお屋敷にお呼ばれするのにふさわしい服装の持ち合わせもないなと思い「大変光栄に存じますが、何分旅の途中故に、領主様のお屋敷にお邪魔させていただくような衣装の持ち合わせもございませんので。」と答えてみると、ハイゼンスリーブ辺境伯は「身支度については当家の使用人を遣わすので問題はない、ご宿泊の宿の名をお聞かせ願えるだろうか。」と言うので、タイタイ亭という食堂が経営する2階の宿を使っている旨伝える。
すると、今日は宿に戻って休んで差し支えない、明日の午前中に使用人が宿に来て、その後に迎えの馬車を手配するといった趣旨の内容を告げられた。
私達は、その日予定していた買い物も既に終えていたので、早々に宿へと戻った。
部屋に入ると早速買ってきた衣類を広げて、ケイラを着せ替え人形のようにして、あれも可愛いこれも可愛いと、二人でキャッキャと楽しんでいた。
そんな最中、私はふと自分の中に起きている変化に気が付いた。
『ケイラちゃんのお着換えをしてあげていても、少女とはいえ私は狼狽えていない。しかも一人称も気づいたら私に代わっていて、違和感がない。街に入ってからずっと不快だった下水の匂いも今は気にならなくなっている。だいたい昨日の竜のくだりから既におかしい。あんなのが出てきたら、いくら力がついているのがわかっているからと言って、普通逃げるわよね。はっ!?わよねって言ってる…。うん、おかしい。感性が順応してきているし、思考にも影響が出てきている?さっきのゴロツキだってそう、いくらケイラちゃんが心配だからといって、元いた世界じゃ脅しの為に普通手首を握りつぶしたりしないわ。辺境伯様のご招待にしたって、一番初めに思い浮かんだのがドレスを持っていないってことだったし、前の世界の私ならそんなこと思いつきもしなかったんじゃないかしら。ちょっと待った、感性や思考がこの世界の女性によってきているということは、15歳の思春期真っただ中の女の子としては、この先いったいどうなるんだろう。イケメンとか好きになったりドキドキしたりするのだろうか、そうだ、さっきの辺境伯様に対する好意的な印象って、もしかするとそういうことなのだろうか。もっと言うと、そういう時に女性が男性にすることに抵抗を感じなくなるのだろうか。イヤイヤ、無理、無理むりムリッ!この世界ってLGBTQとか大丈夫かな、多様性を重んじてくれるのかな、女性を好きになるとかそういうのは別にどうにでもなる、中身アラフィフのおっさんの理性をもって、毅然とした態度で対処できるはず!でも、男性を受け入れなければならないようなシチュエーションはガチで困る。ケイラちゃんが年頃になったら安全な街の寄宿舎付きの学校にでも行ってもらって、私はカーミオ大森林の中で一人で生きていこう、普通の人間には危険な森っぽいし人なんて寄り付かないでしょきっと。嫁入りの話とかマジで勘弁。そうだ!ライブラならわかるよね、ちょっとライブラこの世界の女性の既婚率ってわかったりする?』
[回:51.2%です。]
『あ、わかるんだ。って51%?かなり高いんじゃないの?』
[回:この世界では年齢帯を問わず死別率が高くなっていますので、死別による独身を除き、結婚経験のある成人女性で分類すると78.9%になります。]
『はぁ!?ほぼ79パーじゃん、ほぼ全員じゃん、私に残りの21パーになれと?元日本人的には少数派はかなり堪える。』
[告:個体名ケイラがマスターの体を揺すって呼びかけています。]
「え?はっ!?あっゴメンごめんケイラちゃんどうしたの?」
「お姉ちゃんが急に黙り込んだと思ったら、青ざめたり汗かいたり、頭を抱えたりして、困ってるのかなって思ったの。お姉ちゃん大丈夫?」
「ごめんね、お姉ちゃんちょっと考え事していたの。明日の領主様宅への訪問で失礼なことしないかちょっと不安だったからね。お姉ちゃんは大丈夫よ、ケイラちゃん。」
私はとっさに嘘をついた。考え事をしていた内容は当然話せないし、かといって「何でもない。」と一言で片づけてしまった場合、ケイラが自分のことで困ったのではないかと勘違いをしてしまい、可愛そうな思いをさせる可能性を考慮しての嘘だった。中身アラフィフは伊達じゃないのだ。
その後、二人は他愛もない話で盛り上がり、夕食後は一緒にお風呂に入って、明日に備えて早めに休んだ。