34.妹の矜持
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
魔法師団の訓練場が夕焼けで朱に染まる。
魔導灯の火が揺れ、地面に描かれた魔法陣が、訓練中の兵士達の詠唱に応じて微かに脈動する。
シェラは、キラ同様、詠唱なく魔法を発動させることが出来る領域に達していた。
彼女の魔法の才能は疑いようもなく、おそらくこの世界で彼女の魔法使いとしての実力を上回る存在は、彼女の姉以外にはいないだろう。
ここ魔法師団の訓練場は、何を隠そう彼女の姉であるキラ・パラディオール侯爵本人が、自身で作った施設で、その結界強度はキラ本人でも簡単には壊せないほど、多重に結界が張り巡らされていた。
彼女は、学校が終わると、毎日この訓練場に足を運んで、魔法師団の兵士に混じって魔法の練習を繰り返していた。
彼女にとって、魔法の訓練をするということ自体が、自分のアイデンティティであるとさえ感じるようになっていた。
そんなシェラでも、かつてこの訓練所で命を落としかねない大事故を引き起こしたことがある。
極限まで高めた魔力を収束させて、最後は霧散させるという訓練がある。
これは意図的に魔力を消費することで、魔力を高める訓練なのだが、彼女はこの訓練中に収束した後、霧散させるはずの魔力を暴発させたのだ。
幸い異常感知型の防御決壊が作動し、大怪我をするには至らなかったが、訓練所の指導教官は、集中力の欠如だと、えらい剣幕で怒っていたのを覚えている。
その時は言葉を濁してはいたが、どうやら学校での出来事が影響していたらしい。
今では大分解消されてきているようだが、実は彼女は学校に行くということに対して、一時はかなりのストレスを覚えていた時期があった。
彼女は3年前に両親を失い、縁あってキラの義理の妹として生きることになった。
もとより貧しい生活を強いられるような家庭環境ではなかったし、元来利発な子どもだったので、最初はキラ達との生活にもすぐに慣れて、今後の兆しは明るいと思われていた。
しかし、彼女が学校から帰る度に、日に日に表情が暗くなっていってることに、最初に気が付いたのは姉のキラではなく、ベルカーだった。
ベルカーは、毎日学校から帰るシェラとケイラを迎えていた。
ケイラは快活な性格なので、友達を作るのも上手なようで、毎日学校から帰ると、剣の訓練に行くか、友達と遊びに行くか、時には屋敷に友達を招いて遊ぶこともあったようだった。
しかし、シェラは毎日一人で帰宅し、ベルカーやメイドのメイベル、ミラ、マリア、ニャカ達に一通り挨拶をすると、自分の部屋に籠るようになったという。
最初は皆、学校の勉強でもしているのかと思っていたらしいが、日に日に一人でいる時間が増え、時には食事もとらないことも増えたので、見かねてキラに報告という名の相談をしたのだった。
「シェラ、入ってもいい?」
「どうぞ。」
「最近元気がないって皆心配しているけど、学校で何かあった?勉強難しい?」
「いえ、勉強は楽しいです、知らなかったことが理解できるのは、とても嬉しいです。ただ、クラスメイトが私を気遣ってくれているのが、逆につらくて。」
「どういうこと?」
シェラは貴族の娘ではない、亡くなった彼女のご両親も、一般の商人だったらしい。
しかし、そのご両親もヘミエミルの謀略に巻き込まれて命を失った。
そんなシェラを私が引き取ったことで、彼女は商人の娘から貴族の妹となった。
大半の貴族は、言ってしまえば、先祖の功績を食いつぶすことを生業としているようなもので、しきたり、格式、上っ面の名誉、あとは金、金、金と、今手にしている、身に余る贅沢を堅持することのみを目的とし、それでいて何かの役に立つような貢献はしない、出来ない。
だからこそ、何かを持つ者は妬みの対象であって、手を取り合い心を通わせる存在にはなり得ない。
簡単に言うと、シェラは、周りから“持つ者”と認識されたという話だ。
でも、彼女の素晴らしいところは、そんな肩書やとびぬけた力(魔法)なんかではなく、そんな状況でも努力することを諦めてはいなかったということだ。
彼女は落ち込んではいたけれど、ふさぎ込んでいたわけではなかった。
学校の図書館や、屋敷の本という本を読み漁り、必死に貴族社会での立ち振る舞いを学んでいたというのだ。
彼女が学校のクラスメイトの嫌がらせを“気遣い”と表現したのも、無知な自分に学ぶ機会を与えてくれたという認識かららしい。
私がこの健気な妹の話を聞いて、涙と鼻水が大洪水を起こしたことは言うまでもない。
現状18歳のお肌ツルツルでスタイルも抜群、心身ともにいたって健康、力も知性も類稀なる美貌すらも持ち合わせる私だが、中身はアラフィフのおっさんなので、涙腺の決壊を防ぐことなどできるはずもなく、話の途中でシェラを抱きしめて頭を撫でたのだが、シェラの服を私の涙と鼻水で汚してしまうという失態を演じてしまった。
そんな彼女の話を聞いて、私はすぐさま行動に移した。
本当は、シェラをいじめたクラスメイトもろとも、親兄弟親類縁者に至るまで、全員打首獄門の刑を言い渡したい気持ちでいっぱいだったが、それでは領主として、法を制定した者として、いかがなものかと誹りを受けるのは必定であり、シェラの涙ぐましい努力を踏みにじる行為でもあると思ったので、私はすぐさまハーコッテに飛び、ルドルフ様に拝謁を願い出て、選りすぐりの貴族マナー講師、所謂ガヴァネスを紹介してほしいと頼み込んだところ、丁度良い人がいると紹介してもらったアルマンド先生という人が、これまた人格者で、シェラの状況を話したところ、私と同様に涙を流して聞いてくれたが、そこはさすがのガヴァネスで、ハンカチで目尻を抑える所作も、非常にエレガントだった。
ということで、アルマンド先生には、シェラの為に無理を言って、すぐさまムーシルトに来てもらったところ、シェラも大変喜んでくれた。
また、アルマンド先生の方も、シェラの学ぶ意欲や、物覚えの良さには舌を巻いていたが、ついでにあなたも教えてもらいなさいと、ケイラにもマナーを学ばせたところ、言葉遣いや物覚えの悪さに、こちらもある意味舌を巻いていた。
私がアルマンド先生に、シェラの様子をうかがうと、先生は、シェラの姿勢に深く感銘を受けたと言っていた。
「この年齢で、ここまで礼節に対して真摯に向き合える子は滅多にいません。しかも、教えたことを一度で覚える。まるで、礼儀作法を身体に染み込ませようとする意志が、最初から備わっているようです。」
私は先生の言葉を聞いて、誇らしく思うのと同時に、自分が妹たちに強いている境遇を思い、胸が苦しくなるおもいがした。
シェラは、ただ“貴族らしく”なろうとしているのではない。
彼女は、“キラ・パラディオールの妹”として、恥じぬ生き方をしようとしているのだ。
それは、誰かに言われたからでも、誰かに見られているからでもない。
彼女自身が、自分の立場と向き合い、選び取った生き方だった。
アルマンド先生が帰った後、私はしばらく書斎で考え込んでいた。
シェラの努力は、もはや“健気”という言葉では片づけられない。
それは、誇りと覚悟に満ちたものであり、私自身がかけた呪いでもある……。
夕食後、私は再びシェラの部屋を訪ねた。
扉をノックすると、すぐに「どうぞ」と返事があった。
部屋に入ると、シェラは机に向かって礼儀作法の本を読んでいた。
その姿は、まるで騎士が剣を磨くような集中力に満ちていた。
「シェラ、少し話せる?」
「はい、お姉さま。」
キラは、椅子を引いてシェラの隣に座った。
しばらく無言のまま、机の上の本を眺めていた。
「……アルマンド先生、驚いてたよ。あなたの覚えの早さと、姿勢の真剣さに。」
シェラは、少しだけ微笑んだ。
「先生は、とても丁寧に教えてくださいます。私のような者にも、分け隔てなく接してくださる。ありがたいです。」
「シェラ、あなたは“私のような者”なんかじゃないわ。あなたは、私の妹。私の愛する妹よ。」
「ありがとうございます、お姉さま。」
シェラが私を見て微笑む。
私はシェラのその表情を見て、言葉をかけようと口を開きかけるが、シェラがそれを遮った。
「お姉さまがこの地を収める領主で、侯爵という爵位を有している以上、私は常にその妹として見られます。取り入ろうとする者、媚び諂う者、あからさまに敵意をむき出しにする者、遠巻きに揶揄したり、嘲笑したりする者、でもそれは私だけではありません、お姉さまだって、ケイラだってそうでしょう。だから、私だけそんな境遇を悲観して、ふさぎ込むのは違うと思うのです。なので、お姉さまは何も心配なさらず、職務を全うしてください。私はお姉さまの力になりたいとは思っても、足枷になどなりたくはありません。」
彼女の言葉で、彼女の覚悟だった。
私は「わかったわ。」とだけ言って、シェラの部屋を後にした。
次の日、私はシェラのご両親の墓前に立ち、花を手向けた。
吹き抜ける風がそっと私の髪を撫でる。
「あなた方の娘は、強く、前を向いて、生きています。あなた方が思うのと同じくらい、私もあの子を誇りに思っています。」
再び風が吹き抜ける。
その風は青く生い茂る木々の枝を揺らし、木の葉が舞い落ちた。
私は舞い落ちる木の葉につられて空を見上げると、その空が、微笑んでいるように見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




