27.竜王の問
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
私がこの世界に転生してから3年、最初はのんびりと静かに過ごすつもりでいたけど、どうやら初手で間違っていたらしい。
やれるからといって、なにも馬鹿正直にすべてを背負う必要なんてないし、誰も要求しては来ないだろうけど、でも、やれることはやってしまうというこの日本人気質、一番直さなければならないことは、この世界の悪い側面ではなく、私のこの性質なのではないか、と最近本気で考えるようになってきた。
私はヘミエミルの艦隊が侵攻を開始した時、皇王陛下に報告するだけで、義務は果たしていたのかもしれない。
でも、私が行かなければ、ヘミエミルの艦隊だけでなく、ヤーパニの兵士にも、多くの犠牲者が出たであろうことは間違いのない事実だ。
そして、私が行ったことで、実質ヤーパニの被害はゼロに抑えられているし、ヘミエミルの被害も最小限度に抑えられたと自負している。
人同士の戦い、例えば、武道の試合なんかでもそうだろうけど、力が拮抗している同士の戦いでは、お互い全力を尽くして相手に勝とうとするので、怪我をすることなど当たり前で、下手をすると命を落としかねない重大な怪我を負ったり、実際命を落とすこともあるだろう。
しかし、例えば、大人の達人が、子供に稽古をつける場合はどうだろう、相手の技や攻撃を余裕をもって受けることができるので、当然怪我をさせることなどありはしない。
なんなら、今の攻撃はここがダメだったとか、この技はもっとこうするべきだといった、指導をする余裕さえあるだろう。
私がヘミエミルの艦隊を相手にしたのは、そういう理由からだった。
なんならあの戦いで、死者をゼロにすることだって可能だった。
でも、私はそれをしなかった。
出来たのに、しなかった。
見せしめという理由で、多くの命を奪ったのだ。
そして、その結果として、ブランソン王を死に至らしめた。
手を下したのはブランソン王の実子であるジュエル王子だ。
でも、もし、あの時、私が違う選択をしていれば、あるいは違う結果になっていたのかもしれない。
百歩譲って、ヘミエミルやバキレム、コチミコの兵士が死んだのは仕方のない犠牲だったとしても、その後の話の持って行きようによっては、賢王ブランソンの死は免れたかもしれない。
彼は、今後のヘミエミルを正しく導くことの出来る王だったのではないだろうか。
私は今回の件で、また叙勲されることになった。
大勢の人を殺して称賛される。
世界や時代が変われば、“英雄”ではなく大虐殺を行った“大罪人”なのに。
世の中と私の間にある認識のズレが、重くのしかかっている。
いっそこのまま消えてしまいたい……。
私は自室で、答えのない自問自答を繰り返し、心がどんどん疲弊していくのを感じていた。
私は元来考えても仕方のないことに時間を使うことを好まない性格のはずだった。
そう、もっとドライな人間だと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
大勢の人を直接銃で撃ち殺したのでも、ナイフを突き立てたのでもなく、魔法という、私にとっては現実離れした力で、言ってみれば半分ゲームをプレイしているような感覚で、人の命を奪ったことに、後から気付いてしまったのだ。
ブランソン王の死をきっかけに……。
大量破壊兵器のスイッチを押す偉い人って、もしかしたらこういう苦悩に押しつぶされているんじゃないだろうか。
今の私には、守るべき家族がいて、領地があって、そこに住む民の命も預かっている。
でも、私の行動や言動一つで、そのささやかな幸せを、簡単に壊してしまう。
怖い、ものすごく怖い……。
為政者って、マンガやアニメで描かれるほど、気安いものじゃないのかもしれない。
よく悪徳令嬢だの領主だのと、面白おかしく描かれているけど、冗談じゃない、その放った言葉一つで、どれだけの人が苦しんだり、最悪命を落としたりするかもしれないのに、よくそんな風に言えるなと、襟首つかんで首が捥げるまで揺すってやりたい。
もし、今の私が何かの物語に登場するなら、ヤーパニの民を救った英雄なのか、ヘミエミルの兵士を一方的に大虐殺した悪魔なのか。
考えれば考えるほど、深い闇に取り込まれていくような、自分がとても汚らわしい存在であるかのような、いっそグデングデンに酔っぱらって、思考をかなぐり捨てたい気分になってゆく。
ベッドの縁に座り、膝に肘をついて頭を抱えていた私だったが、太腿辺りに、ほんわりとした温もりを感じた。
「にゃっ。」
「モコちゃん…。」
暗く沈んだ顔をした私を慰めてくれているかのように、モコちゃんが太腿の上でゴロンと横になって、自分の手足を毛づくろいし、時折私の顔をじっと見つめてくれる。
「あの子もこういう時、私の傍にいてくれてたっけ。あなたも慰めてくれるのね。ありがとう。」
私はモコちゃんをそっと抱き上げて頬ずりすると、モコちゃんも私の頬をペロペロと舐めてくれた。
こんなところもそっくりだ。
「あなた、本当にモコちゃんなんじゃないの?もしかして、あなたも転生してきた?」
子猫のモコちゃんに癒された私の心は、少しだけ回復したような気がした。
「どんな秘薬や魔法よりも、あなたのペロペロが私を癒してくれるのよね。」
「よしっ!そうだよ、私にはこの子やケイラ、シェラがいる。いつまでも落ち込んでたら、あの娘たちが心配しちゃうものね、わかったわ、ありがとうモコちゃん。」
私は自分を奮い立たせる切っ掛けを、モコちゃんにもらうことが出来た。
この子や妹たちのためにも、支えてくれる皆のためにも、私にはまだやるべきことがあると、闇落ちに片足つっこんだ私の心は、キレイに洗濯することが出来たようだった。
温もりが、少しだけ名残惜しいが、私はモコちゃんをそっとベッドに寝かせ、立ち上がる。
窓の外はまだ夜の帳が降りていて、街の灯りが遠くに滲んでいる。
この世界に来てから、何度も夜を越えてきた。
けれど、今夜ほど、自分の存在が重く感じられたことはない。
私は机の引き出しから、古びた地図を取り出す。
その端には手書きで記された小さな谷「竜谷」の文字がある。
誰も近づかない、静寂と記憶の彼方にある地。
「確かめに行かないと。」
声に出してみると、不思議と心が決まった。
魔物と竜の間にある何か、それを確かめないと。
私の行いで誰かを傷つけることは、もうしたくない。
私は誰にも何も告げず、ただ一言「竜谷に行く。」とだけ記した置手紙を置いて、夜明け前に屋敷を出た。
竜谷は、ヤーパニの北西、霧深い山々の奥にある。
ミヤビの北にある防壁まで転移した後、飛行魔法で竜谷に入る。
移動の最中、私は何度もあの戦いのことを思い出した。
ヘミエミルの艦隊、ジュエル王子の蛮行、ブランソン王の死。
あの瞬間、私は何を選び、何を捨てたのか。
そして、なぜそれを選んだのか。
竜谷の中心に近づくにつれ、空気が変わっていく。
風が冷たく、湿り気を帯びている。
木々のざわめきが、まるで囁きのように耳に届く。
谷に入ると、霧が濃くなり、視界が狭まった。
しかし、私は迷わなかった。
いや、迷いようがない。
この圧倒的な圧力を放つ存在は、私がこの場所に足を踏み入れた瞬間から、私から目を反らすことはなかった。
私は竜谷の中心にたどり着くと、その深い谷底にいるであろうこの地の主のもとへと向かった。
途中何匹かの竜がいたが、ただ私を睨みつけるだけで、襲ってこようとはしなかった。
そして、谷底にたどりつくと、横穴が続いていて、その奥から、おそらくこの世界にきてから出会った何者よりも凄まじいプレッシャーを発する存在が、私が来るのを待っているように感じた。
私は静かにその横穴の奥へと進んだ。
すると、そこには黒竜と同じくらいの大きさの赤と紫の竜が、奥に鎮座する黄金色の竜を守るかのように睨みを利かせていた。
黄金色に輝く竜は、知らずに見たなら、金の山と見間違う程の巨躯を丸めて、顔だけをこちらに向けていた。
体の大きさでいえば、黒竜の優に倍以上はあるだろう。
「矮小なる存在である人には似つかわしくない力を持つ者よ、ここへ何をしに来た。」
「え?話をしに来ていうのもなんだけど、言葉通じるの?」
「我は竜の王なり。矮小なる人の言葉程度、操ることなど造作もないわ。」
「あ、すいません。あの、あなたたちに聞いておきたいことがあってきました。出来ることなら争わずにすませたいなと思いまして。」
「我が其方の疑問に答えて、何のメリットがあるというのだ。」
「あぁ、えぇと、こう言っては失礼かもしれませんが、メリットはもっと長生き出来るということになりますね。」
その瞬間、辺りにひりつくような殺気が張り詰め、赤と紫の竜が身構えたのがわかった。
「ワッハッハッハッハ!其方は我とこの二匹の竜を相手にして、生きて帰れるというのか。」
笑っているが、その声色に友好的な気配はなかった。
「私もあなた方と争いたいと思って来たわけではないので、極力気配というか、なんというか、そういうのを押し殺して来たのですが、ちょっと解放してみましょうか。」
そう断わってから、私は自分の力を解放した。
所謂、国民的人気漫画の例のあれである、気を解放するってやつ。
すると、赤と紫の竜は、一歩後ずさって背を丸くし、前足の爪をあからさまに立てて、私を威嚇するような姿勢をとった。
「止めよ、其方らが束になってもその矮小なる者には勝てぬ。そうか、黒竜を殺ったのは其方か。」
「はい、まぁ、なんと言いますか、出会いがしらの事故とでも言いましょうか。突然私の前に現れて、有無を言わさず攻撃をされたので、仕方なく。」
「咎めはせぬ、アレには我らも手をこまねいていたのだ。群れを嫌い、我の言うことも聞かなかったのでな。して、其方は何を知りたいというのだ。其方の力があれば力にものを言わせて聞き出すことも出来ただろうに。」
「先ほども言いましたが、私は争いを望んではおりません。出来れば竜と人が共存出来る世界になればとも思っています。しかし、そちらの紫竜はかつて魔王と争っていたようですが、その理由を聞いておきたいと思いまして。魔王との間のトラブルなのか、それとも魔王がいたあの地が問題なのか。その返答によっては、若干話が難しくなるおそれもありますので。」
「それには我が答えよう。簡単な話だ。魔王が我らが竜谷に足を踏み入れ、我らを退けようとしたからに他ならない。しかし、我らが逆に魔王を退け、奴等もこの地を諦めたようだったので、それ以上は何もしなかったというだけの話だ。」
「なるほど、そうだったんですね。ではあの地に何かがあるとか、そもそもあの地が欲しかったというわけではなく。只単に魔王の方からちょっかいを出してきたから、退けただけと。であれば、問題はなさそうですね。いや、魔王討伐してから、あの地を我々が賑やかな街にしてしまったので、今後竜に攻め込まれたらどうしようかなと思っていたのですが、そうでないなら一安心です。」
「そんな事を尋ねるために来たのか。」
「はい、あ、いえ、それもありますが、もう一つあります。実は、中央大陸の魔物が溢れてきて、各地で人を襲うようになってきているのですが、私はそれをコントロールしようと思っていました。人は残念ながら、魔王と黒竜という脅威を取り除くと、今度は人同士で争いを起こそうとしました。なので、各地で魔物の対策という共通の目的を持たせることで、人同士の争いを抑制したいと思っています。しかし、竜の立場としては、それをどう考えるのかなと思いまして。」
「我らは、この地に足を踏み入れぬ限り、魔物がいようといまいと、特に干渉する気はない。其方がすることに口も手も出す理由はない。」
「そうですか、それを聞いて安心しました。私も他の人族も、今後ここに足を踏み入れることはないと思いますので、お互いのテリトリーを脅かさないと約束するということで良いですか。」
「我はかまわぬ。」
「そうですか、それは助かります。それでは私たちも、人族にこのことを周知するとともに、竜谷と人族の境界にある防壁を更に強固なものとして、人の手では壊せないようにしておきます。」
「よかろう。しかし、其方は面白い人族だな。何か普通の人族と違う雰囲気を携えておる。」
「人族の間では秘密にしていますが、あなたに秘密にする意味もないので言いますが、私異世界から来た人間なので、普通の人とはスタートが違いますので。」
「そうか、それでか。」
「はい、そういうことです。では、私はこれで用も済んだので帰ります。」
私は竜谷を後にした。空は少しだけ明るくなっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




