24.賢王の愚息
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
王は立ち上がり、玉座の前に歩み出て、誰にも目を向けず言った。
「我が民は、争いを望んではいない。我が誇りなど、民の命に比べれば、些末なものでしかない。我が王国は膝をつき、ヤーパニ皇国に、恭順を示す。」
その場にいた誰もが息を呑んだ。
彼女は動かず、その顔色にも変化を見て取ることはできない。
そして彼女は静かに歩き出し、再び王の前に立つ。
「……決めたのですね。」
王は頷いた。
彼女は少しだけ目を細めた。
「あなたの選択を尊重します。ですが、だからといってあなたの臣下が、これまでしてきたことを帳消しに出来るわけではありません。この国の舵を取る人たちには、それ相応の責任を取っていただくことになるでしょうが、かまいませんね。」
彼女の声は静かに、だが、言葉には強い意思があった。
「幸い、我がヤーパニ皇国は実質的な被害は、ほぼ受けてはおりません。ですが、もしもの話をするならば、私が偶然3年前に、ヤーパニ皇国に現れたから、主だった被害がないのであって、もし、私がいなければ、ハーコッテやムーシルトの民は大勢死んでいたことでしょうし、兵士だって少なくない数の犠牲が出ていたことでしょう。サルモアだってそう。今回はイース湾を中心に、やはり甚大な被害が出ていたことは言うまでもありません。個人的な話を差し挟むなら、3年前に私が保護して、今現在は妹として一緒に生活している女の子は、あなた方のくだらない謀略のせいで、わずか12歳で両親を失い、心に深い傷を負う羽目になりました。戦争って、軽い気持ちでやっていいことじゃないんです。命って、落としてしまったら拾い上げることができないんです。そんな簡単なこともわからない人たちが、自国の民だけはって、そんな身勝手な話はないですよね。なので、これまでの事は、ヘミエミルの人たちにも、世界中の人たちにも、しっかりと伝えようと思っています。」
王は黙っていた。
彼女は振り返り、この場にいる全員に対して、強く言い放った。
「あなた方全員にその責任を追及します。王の首一つで、などという甘い考えは今すぐ捨てていただきます。安易に他国の民を蹂躙しようとした者の責任とは、そういうことです。」
王は、わずかに目を伏せた。
「民が生きるなら、それでいい。」
彼女は再び王に向き直ると、静かに言った。
「もとより、民に手をかけようなどとは思っておりません。理不尽な行為に対しては断固たる意志を持って抗いますが、我々は外道ではありません。恐怖と暴力を持って治めるは下策なりって、昔の偉い方が言っていたそうです。」
彼女は一歩下がり、王に背を向けた。
「ですが、あなたがこの国の王であったことに、感謝と敬意を表します。」
そして彼女はそのまま玉座の間を静かに後にした。
玉座の間に、場違いな笑い声が響いた。
「父上、何をそんなに深刻になっておられるのです? ヤーパニの女将軍など、少し脅せば尻尾を巻いて逃げるでしょうに」
ジュエル王子が、絹の刺繍が施された真紅の外套を翻しながら、堂々と歩み出る。
その後ろには、バルド侯爵、ミレイユ卿、そして他数名の貴族たちが、媚びた笑みを浮かべて従っていた。
「まったく、王子の仰る通り。ヤーパニなど、交易の相手としてはともかく、軍事では我が国の足元にも及びませんな、これまで我が国が二の足を踏んでいたのは、魔王や黒竜を警戒してのこと。その二つの懸念が解消された今、ヤーパニなど恐れるに足らずでは御座いませぬか。」
バルド侯爵が言うと、他の貴族たちも「左様」「まさに」と口々に同調する。
王は玉座の前に立ったまま、彼らを睨みつけて一言こぼす。
「その人類の脅威を退けたのが、あの少女なんだがな。」
その目は、静かに怒りを湛えていたが、ジュエルがさらに言葉を重ねた瞬間、その怒りは爆発した。
「父上、あの女の言葉に惑わされて、我が王国の誇りを捨てるなど――」
「黙れ、ジュエル!!」
玉座の間に、雷鳴のような怒声が響いた。
ジュエルは一瞬、言葉を失い、取り巻きたちも顔を強張らせた。
「貴様は何もわかっておらん! 誇りだと? 威厳だと? そんなもののために、民の命を犠牲にするのが王の務めだとでも思っているのか!」
王は玉座の階段を一気に駆け下り、ジュエルの胸倉を掴んだ。
その目は血走り、声は震えていた。
「この三年、貴様は何をしてきた!貴様やそこにいる取り巻きどもが毎夜毎晩バカ騒ぎを繰り返す中、世界はどうなった!貴様らの生活にだって変化があったのではないのか!それを誰が成したのか、それだけではない、世を変える力に加えて、魔王や黒竜を滅ぼす力を持つ少女を、貴様は何をもって脅すというのだ!そこまでバカか貴様はっ!」
ジュエルは顔を背けたが、王はその手を離さなかった。
「貴様は王の器ではない! 民を守る覚悟もなければ、痛みを知る心もない! そんな者に、この国を任せるくらいなら、敵とみなした国の将軍にでも頭を下げるわっ!」
「父上……っ、離してください……!」
「聞け、ジュエル! 私はこの国の王として、ヤーパニ皇国に膝をついた。民の安寧を守るためだ。国王の誇りなどで、民は飢えをしのげぬのだ、それに比べれば貴様らの首など塵芥に過ぎん!」
王はジュエルを突き放し、振り返って貴族たちを睨みつけた。
「貴様らは、王子を煽り、己の地位と利権のために戦を起こし、踏んではならぬ竜の尾を踏んだのだ。貴様らがこの国を滅ぼしたのだということをよく覚えておけ。」
バルド侯爵は顔を青ざめさせ、ミレイユ卿は言葉を失っていた。
「この国は、もう戦わん。民は飢え、兵は消耗し、土地は荒れ果てている。今必要なのは、誇りではない。命だ。未来だ!」
王は玉座に戻り、深く座り込んだ。
その背は、先ほどまでの威厳とは異なり、どこか痛々しいほどに重く見えた。
ジュエルは唇を噛み、取り巻きたちと共にその場を後にした。
だが、その目には、屈辱と怒り、そして何か別の暗い光が宿っていた。
王の怒声が玉座の間に響いたその夜、王城の西塔にある貴族専用の応接室に、数人の影が集まっていた。
蝋燭の火が揺れ、壁に映る影が歪む。空気は重く、誰もが声を潜めていた。
「陛下は、もはや耳を貸されぬ」
バルド侯爵が、ワインの杯を傾けながら言った。
その目は、昼間の叱責の余韻に怯えながらも、どこか焦燥に満ちていた。
「民の命を守る? それは美しい理想だ。だが、我ら我らの領地はどうなる? ヤーパニに膝をつけば、交易の主導権は奪われ、軍備は縮小され、我らの影響力は地に落ちる。」
「王は老いた。情に流され、現実を見失っておられる。」
ミレイユ卿が続ける。
「この国を守るには、若き血が必要なのです。殿下、あなたこそが、未来を担うべきお方です。」
ジュエルは黙っていた。
昼間、父に胸倉を掴まれ、怒鳴られた屈辱が、まだ胸の奥で燻っていた。
「……だが、王は父上だ。私が何を言おうと、決定権は父上にある」
「ならば、決定権を奪えばよろしい。」
バルド侯爵の言葉に、室内の空気が一瞬凍りついた。
「まさか……。」
ジュエルが呟く。
「王は、今夜も一人で執務室に籠もられておられる。護衛は最小限。侍医も控えておらぬ。丁度よいことに、ヤーパニの将軍とのこともあり、ご心労も重なっておいででしょう。このタイミングで、体調が悪化したとして、誰が疑問に思いましょう。直接ではないにしても、あの女が王の体調を悪化させた遠因と言えるのでは。なんの疑問を挟む余地もなく、王位は殿下に継がれるのです。」
「それは……。」
「殿下、これは王国の救済です。民のため、貴族のため、そしてあなた自身のため。」
ジュエルは杯を握りしめた。
その指が震えていた。
だが、誰もその震えを止めようとはしなかった。
「……私が、王になる。」
その言葉が落ちた瞬間、蝋燭の火が揺れた。
まるで、何かが笑ったかのように。
夜が明けると同時に、王の死が城中に広まった。
侍女の悲鳴、衛兵の慌ただしい足音、そして玉座の間に集まる貴族たちのざわめき。
私は、王の死の報せを聞いた瞬間、胸の奥が冷たく凍るのを感じた。
悲しみではない。違和感だった。
「……王が、病で倒れた?」
侍女の震える声に、キラは首を振った。
「王は、昨日の夜も執務室にいたのよね?」
「はい……侍医は呼ばれていませんでした。護衛も、控えの者だけで……」
『ライブラ、ライカスに調べさせて。』
[回:了解しました。]
私はすぐにブランソン王の執務室へ向かった。
既に王の遺体は運び出された後だったが、遺体がないのは当然として、しかしここには足りない物や不信な点がいくつかある。
『ライブラ、この部屋何かおかしくない?』
[告:運び出されたのがブランソン王の遺体だけだと仮定した場合、亡くなる直前までここで公務をしていたのであれば、玉璽があるはずです。
また、壁には王冠と王剣を置く台座がありますが、王冠と王剣もありません。
王の執務机の上に敷かれたマットが、色の退色具合から長年敷かれていた場所から僅かにずれていると推察できます。
なお、そのずれで生じたと思われる個所に埃溜まりがないことからも、普段から清掃の行き届いた環境であったと推察されます。
書棚に保管された書籍の1冊が、上下逆さまのものがあります。
以上の状況から、極めて不自然な状況であると推察します。]
『そうよね。おかしいのよ、普通公務をしていたなら書籍や資料の一つや二つ、机に残されているなり、床に散らばるなりするのが自然だとおもうのよ。王が倒れているのを発見したら、まずは処置のために医者を呼ぶなり、治癒魔法をかけたりはするけど、部屋をかたずけはしないでしょ。でも、片付いてるのよここは。』
私はライブラが指摘した、逆さまの書籍を確認すると、一部うまくページが開かない箇所があったので、無理やりめくると、そこには血の跡がついていた。
時間の経過で固まりつつあるけど、完全に固着していないところからも、この血がついてから、それほど時間は経っていない。
『ライブラ、この本についた血って、吐血か出血か判断できる?』
[告:出血による血液と断定できます。]
『だよね。』
[告:ライカスからの報告が同期されました。確認しますか?]
『お願い。』
[告:ライカスが関係者から聴取した情報です。
昨晩ジュエル殿下と取り巻きの貴族数名が、西塔の応接室で密会をしていた。
今朝、王が執務室で倒れているのを発見した際、部屋の鍵は施錠状態だった。
王の執務室の合鍵は、王子以外は持っていなかった。
王の執務室を開錠したのは、呼び出されたジュエル殿下だった。
殿下の様子も、普段は起こされてもなかなか起きないのに、今朝に限ってはすでに起きていて、着替えも済んでいた。
医者の診断は受けず、死亡と断定された。
ライカスの聴取による情報は以上になります。]
『映像もあるんでしょ。』
[回:密談の状況を記録した映像と、王の執務室で起こった出来事を記録した映像を保管済みです。]
『それは、予想通りの内容で大丈夫?』
[告:予想通りです。]
『わかった。』
これは、暗殺だ。しかも、王子の手によって…。
玉座の間に行くと、そこにはジュエルの他、大勢の取り巻き貴族がいた。
頭には王冠、腰には王剣を帯剣し、王のマントを纏い、即位の儀を始めようとしていた。
「……ジュエル」
私の声は低く、だが、場の空気を一瞬で凍らせるほどに冷たかった。
「おまえは……。」
ジュエルは顔をしかめた。
「何を言っている。父上は……持病が悪化したのだ。侍医もそう言っている」
「医者になど見せてすらいないだろうが!おまえらの昨夜の密談も、執務室で起きたことも、全て記録が残っているんだ。映像付きでな。」
ジュエルは言葉に詰まった。
取り巻きたちがざわつく。
バルド侯爵は顔を青ざめさせ、ミレイユ卿は一歩後ずさった。
「そこまでして、自分の父親を殺してまで、金が欲しいのか、裕福で自堕落な生活が手放せないのか。」
私の声はきっと震えていただろう。
だが、それは怒りとか、悲しみとか、単純な言葉では言い表すことの出来ない感情によるものだった。
「王は、最後まで民の事を考えていた。おまえは、その意志を、決意を踏みにじった……。その罪、万死に値する。」
ジュエルは叫んだ。
「違う! 私は、この国の未来を――!」
「おまえが国の未来を語るな!」
私の周囲に、淡い光が集まり始めた。かつてないほどに私の感情に呼応して、漏れ出す魔力そのものが震えた。
「この国を、これ以上、穢さすことはゆるさない。」
玉座の間は、静まり返った。
誰もが、彼女の言葉の重みを感じていた。
そしてその瞬間、王の遺志が、彼女の中に乗り移ったように見えた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




