23.王の覚悟
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
今回は、閑話にしようかとも思ったのですが、前後の話と直結する内容でもあるので、そのままストーリーの一部として書きました。
お盆休み中も、続きを書いて行こうと思いますので、応援よろしくお願いします。
3年前のあの日を、私は今でも鮮明に覚えている。
魔王討伐の報せが届いた時、王都は歓喜に沸き、民は歌い、貴族は酒を酌み交わし、兵士たちはまるで我が事のように誇らしげに胸を張っていた。
ヤーパニ皇国での式典は盛大に行われ、首都バミアでは、広場に数千の民が集い、空には祝賀の魔法が舞い、楽団の音が風に乗って響いていた。
私は迎賓館の一室からその光景を見下ろしていた。
だが、私の視線は、群衆の前に立つ一人の少女に釘付けになっていた。
彼女は、ヤーパニ皇国の軍を率いて、黒竜討伐、魔王討伐を指揮した英雄だという。
その名は、キラ・パラディオール。
当時はまだ“光の聖女”と呼ばれていたが、私はその呼び名に違和感を覚えていた。
彼女は、群衆の中にあっても、まるでそこに存在していないかのようだった。
光り輝く鎧を纏いながらも、祝賀の空気に染まることなく、ただ静かに立っていた。
群衆と共に喜ぶでもなく、自らの功績を誇るでもなく、わずかに照れた表情をするのみ。
まるで、この世界の出来事など、他人事であるかのように。遠い目をしていた。
私は思った。
「この者は、戦いに勝ったのではない。戦いそのものを終わらせたのだ」と。
式典の最中、彼女は一度も言葉を発することなく、ただ一度、魔王討伐の証として掲げられた剣を見つめた。
その視線には、懐かしさも、憎しみも、誇りもなかった。
ただ、“確認”しているようだった。
まるで、自らの手で終わらせた事象が、確かにこの世界に刻まれたことを、静かに見届けているように。
その瞬間、私は理解した。
この者は、英雄ではない。
神話の登場人物でもない。
彼女は、“世界の理”に干渉する者だ。
それからの3年間、私は彼女の動向を追い続けた。
表向きには王政を維持し、民の安寧を守るふりをしながら、裏では密かに情報を集めた。
ヤーパニ皇国の急速な軍事再編という名の軍縮、社会制度やインフラの刷新、魔法関連技術の飛躍的進化。
そのすべてに、彼女の影があった。
だが、貴族たちは耳を貸さなかった。
軍部は「偶然の一致」として片付けた。
民は、ただ日々の生活に追われ、彼女の存在を“遠い国の英雄”として語るだけだった。
私は孤独だった。
玉座に座る者として、誰よりも世界の変化を感じながら、誰にもそれを伝えることができなかった。
そして、三国連合などという愚行。
ヘミエミルの歴史は2000年にも及ぶが、その国王たる私は、今やてっぺんに据えるただの飾りと化し、彼らは私の懸念などには耳も貸さず、軍縮というただ一部の情報のみを切り取って、ヤーパニ皇国に対して宣戦布告を行った。
その報せを受けた瞬間、私はこの国の終焉を悟った。
「彼女が来る」と。
祝賀の準備に沸く王都を見下ろしながら、私は静かに玉座に座っていた。
民は勝利を信じて疑わず、貴族は祝宴の準備に忙しく、軍部は連合艦隊の出撃を誇らしげに語っていた。
だが、私は知っていた。
それは暫栄にすらなり得ない。
ただただ無知であっただけだと。
これは、“審判”の前触れであったのだと。
そして今、彼女は歩いている。
王都を護る堀に掛けられた石橋を、静かに、そして確実に。
その歩みは、まるで時間そのものを支配しているかのように、周囲の空気を変えていく。
蒼鷲騎士団が敗れたという報せが届いた。
だが、死者は一人もいない。
全員が、魔力を奪われ、膝をついたまま動けなくなったという。
私は目を閉じた。
やはり、来たか。
あれは、破壊者ではない。
審判を下す者だ。
側近たちは震える声で問う。
「陛下、どうなさるおつもりですか?」
私は、ゆっくりと立ち上がり、怯える臣下に静かに伝える。
「謁見の準備をせよ。余が直に彼女と話をする。」
私は神を信じない。
だからこそ、神や悪魔と恐れられる存在と、対話を試みる。
それが、王としての最後の責務だと、私は思っている。
彼女は、選択を与える者だ。
ならば、私は“対話”という選択を取る。
それが、民を守る唯一の道であると信じて。
玉座を離れ、私は謁見の間へと向かう。
その歩みは、重く、静かで、確かなものだった。
そして、重厚な扉の向こうには、“審判の刻”が待っている。
謁見の間へと続く回廊は、いつもより長く感じられた。
赤絨毯の上を踏みしめるたび、過去の決断が脳裏をよぎる。
三年前、私は彼女の存在を見過ごさなかった。
だが、見過ごした者たちの数はあまりにも多かった。いや、止められなかった時点で、私も見過ごしたに等しいのかもしれない。
今、その代償を払う刻が来たのだ。
扉の前で、側近たちが震える手で儀礼の確認を行っていた。
「陛下、魔法障壁は……すでに崩壊寸前です。彼女の魔力が、空間そのものを支配しているようです。」
「よい。障壁など、もはや意味をなさぬ。余が話す。余が、決着をつける」
扉が開かれる。
謁見の間は、静寂に包まれていた。
豪奢な天蓋と深紅の絨毯が、まるで血の海のように広がっている。
玉座の前に立ち、私は深く息を吸った。
その瞬間、空気が震えた。
遠くから、足音が響いてくる。
石畳を踏みしめる、規則的で、静かな音。
それは、ただの足音ではなかった。
世界の理が、彼女の歩みに合わせて脈動しているかのようだった。
扉の外で、兵士たちが息を潜めているのがわかる。
誰もが、彼女の姿を見た瞬間、言葉を失う。
だが、私は違う。
私は、彼女を見たことがある。
あの式典の日、遠巻きに見たあの瞳を、私は忘れていない。
扉が、ゆっくりと開かれ、光が差し込む。
そして、その差し込む光が、彼女を背後から照らし、黒い影となって現れる。
キラ・パラディオール。
光り輝く鎧を纏い、感情のない瞳で、まっすぐに私を見据えていた。
その姿は、神話の中の存在ではない。
それは、現実に立ち現れた“審判”だった。
私は、玉座の前に立ったまま、彼女を迎える。
側近たちは一歩も動けず、ただ震えている。
だが、私は静かに言葉を紡ぐ。
「よく来たな、キラ・パラディオール。余は、ヘミエミル王国第七十六代国王、ブランソン・ヴァルナ・フォン・ヘミエミルだ」
彼女は、何も言わない。
ただ、静かに歩みを止める。
すると、そこで臣下の一人が怯えながらも、震える声を発した。
「王の御前である、不敬であ、あ、あぁ……。」
私が臣下を止める暇も与えず、彼女がその臣下を一瞥しただけで、その者は声を発することができなくなり、床に膝をついた。
私は続ける。
「三年前、余はお前を見た。民は歓喜に沸き、貴族は酔いしれ、軍は誇りに満ちていた。だが、余は違った。余は、お前の瞳に、戦いの終焉を見た。お前は、勝者ではない。お前は、終わらせる者だ」
キラの瞳が、わずかに揺れた。
それは、感情ではなかった。
ただ、認識の変化。
私の言葉が、彼女の中の何かに触れたのだ。
「余は神を信じぬ。だが、お前を神と呼ぶ者の気持ちは、理解できる。お前は、信仰に値する力を持っている。だが、余は信じぬ。だからこそ、対話を望む」
沈黙が流れる。
謁見の間は、まるで時間が止まったかのようだった。
そして、彼女が口を開いた。
「自己紹介は不要なようね。貴方がこの国の王として、対話を望むというのなら、選択を与えましょう。あなたが、民を守る者であるというのなら、その覚悟を、見せて」
その声は、温度のない宣告だった。
だが、そこには確かに“問い”があった。
私は、玉座の前に膝をついた。
王としてではなく、一人の人間として。
この瞬間、私は“選ばれる側”になったのだ。
キラは、静かに歩み寄る。
その足音が、世界の理を揺らす。
そして、審判の刻が、始まる。
私は、かつて神を信じていた。
民の祈りに応える存在があると信じていた。
だが、戦乱の中で幾度となく祈りは届かず、ただ血と炎が広がるばかりだった。
神は沈黙した。いや、最初から何も語っていなかったのかもしれない。
だからこそ、私は信じることをやめた。
信仰ではなく、選択を。
運命ではなく、意思を。
それが、王としての覚悟だと信じてきた。
だが、今、目の前に現れた彼女は――
その存在だけで、私の信念を揺るがせる。
キラ・パラディオール。
彼女は、神ではない。
だが、神よりも確かな“力”を持っている。
それは、信仰の対象ではなく、理そのもの。
彼女が歩めば、空気が震え、魔力が沈黙し、空間が従う。
それは、支配ではない。
ただ、世界が彼女に“応じている”のだ。
私は思う。
この三年間、彼女が行ってきた改革は、ただの政治ではなかった。
それは、世界の再構築だった。
魔法技術の進化は、彼女の意志が形となったもの。
軍縮は、戦いの終焉を告げる布石。
いや、そもそも軍自体必要がなかったのだ、この世界のどこを探したとて、彼女に抗える軍など存在しない。
災害時の派遣すら、彼女が一人いれば事足りるのであろう。
社会制度の刷新は、民が自ら選択する力を得るための準備。
そして、万人が人としての尊厳を守り、豊かに生きることのできる社会の構築。
聞いた話では、ヤーパニの人口がこの3年で急増しているとか、自然死以外の死者が限りなく0に近いと聞く。
彼女は、戦いを終わらせただけではない。
世界そのものを“変えようとしている”。
その変化に、誰も気づかなかった。
いや、気づいていた者も、見て見ぬふりをした。
変化は恐怖を伴う。
既得権は揺らぎ、秩序は崩れる。
だからこそ、貴族たちは都合の悪い事には耳を塞ぎ、それでも何とか利益を簒奪しようと画策し、軍部は全て偶然と片付け、軍縮するなら侵攻のチャンスと沸き上がり、民はただ遠い地の英雄として、面白おかしく語るだけだった。
だが、私は違った。
いや、違うはずだった。
しかし、私は、何もすることができず、只々彼女の歩みを傍観するのみだった。
そして今、とうとう彼女はこの国に“問い”を投げかけに来てしまった。
謁見の間に響く足音は、まるで時の針が刻む音のようだった。
一歩ごとに、過去が剥がれ落ち、未来が形を成していく。
側近たちは震え、兵士たちは沈黙し、空気は張り詰めていた。
だが、私は動じない。
この瞬間のために、私は王であり続けた。
玉座とは、ただ座すためのものではない。
審判を受けるための、最後の舞台なのだ。
キラが玉座の前に静かに立つ。
その瞳は、恫喝するでもなく、嘲るわけでもなく、何も語ってはくれない。
だが、すべてを見通しているという意志だけは、はっきりと伝わってくるような気にさせる。
私の過去も、国の罪も、民の希望も。
彼女は、裁く者ではない。
選ばせる者だ。
その選択が、祝福であるか、破滅であるかは――
私の答え次第なのだ。
私は、深く息を吸い、彼女の瞳を見据えた。
この瞬間、私は王ではない。
ただの人間として、彼女の問いに答える。
それが、私に残された最後の責務。
そして、唯一の希望。
審判の刻は、静かに、そして確かに始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




