19.踵落としで始まる異世界死亡会議
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
「お姉さま、起きてください。そろそろ起きないと、午前中の会議に間に合いませんよ。」
「うぅ~ん、あと5分だけ…。」
「起きてください、お、ね、え、さっ、ま!」
「ヴフォっ!!!」
ケイラちゃん(13歳)は、なかなか起きない私を起こすのにも慣れたもので、その日によってバリエーションは多々あれど、大体は、縦3回転から繰り出す踵落としを鳩尾に、というのがほとんどで、今日の朝もそれだった。
ケイラちゃんは、流石竜人族というだけのことはあって、その細い身体から、どうしたらそんな力が出てくるのか不思議に思う程、近接戦闘能力に長けた身体能力の発達が目覚ましい、とても活発な女の子に成長していた。
パラディオール法施行から早3年、施行当初から比べると、大分浸透してきたようで、ここ最近は陳情という名の問い合わせ件数もめっきり減り、治安も安定してきたようだ。
特に人身売買や、性犯罪の件数はかなり減少傾向にあるようで、ここパラディオール領は、老若男女全ての人が住みやすい土地ということで、入植者も増加し、人口増加と犯罪件数減少が同時に起こるという奇跡的な反比例効果を見せていた。
しかし、問題となったのが、従来の常識であった貴族の特権を振りかざし、問題を起こす者が後を絶えなかったということで、貴族の身分や位置付け、権利、義務などを明確にした貴族法を施行することで、なんとか混乱は収まった。
一時は領地を持たない貴族の中で、皇都や他の都市に移住することを希望する者が後を絶たなかったが、結局は他の都市でも受け皿がなく、出戻る者も少なくはなかった。
私はこの3年で、2大都市であるミヤビとムーシルトに続いて、旧魔王領西端に港町も開港し、そこでは観光や漁業をメインに、産業を定着させ、都市部以外の広大な土地では、農業や畜産業の土台を整備してやることで、一次産業の活性化に力を注ぎ、現在は、領地としての食料自給率は70%を超える程になっていた。
国という単位で考えたならば、まだまだ50%には届かないものの、今後は対魔物という意味での国防予算を組む必要がない、ということが浸透してきたので、国家全体としても、今後は改善される傾向にあると考えていた。
私はこの3年の間、何をしていたかというと、寝ても覚めても魔法と魔道具の研究に明け暮れていた。
研究の目的は、魔道具については、日本の生活水準をこの世界で再現することで、そちらの方の研究は極めて順調。
魔導バイクはもちろんのこと、魔導車などの他、三種の神器である洗濯機、冷蔵庫についてはかなり簡単に開発することが出来たが、テレビは無理だった。
というか、テレビについては私が作ることは可能だが、工業製品として落とし込むことが出来ず、製品化を断念した。
また、洗濯機や冷蔵庫については、単純な回転運動や、冷却機構を組み込むのは問題なく、むしろ、同じ性能の魔石を大量生産することの方が困難だったが、そこについても、石の方ではなく、魔術紋の方で、内包魔力量と、最大魔力出力量を制限することで、解決することができた。
魔力の供給問題にしても、バッテリー駆動の電動工具等を参考に、魔力を貯蓄する魔石と、各動作を発動する魔石を分けることで、貯蓄用の魔石を、魔法使い等の魔力を多く有する者に、魔力をチャージしてもらうことで、継続的に使用することが可能になっている。(ちなみに私はこの魔力貯蓄用魔石をバッテリーと命名した。)
冷蔵庫の応用で、エアコンも作ることが出来たが、発熱用と冷却用、送風用の魔石が使われているため、多少お値段は張るが、それでも、魔核に頼っていた頃に比べると、凍えて死ぬ人はいなくなり、世界的な大ヒット商品となった。
今やパラディオールは、何処に行っても何かしらの収入源となりうる産業を有しており、経済大国ならぬ経済大領となっていた。
そして、私が最も力を注いだのは、とある魔法の開発で、その過程で多くの魔法を開発することとなったが、未だ目的の魔法の完成には至っていない。
しかし、その研究の副産物としては、かなりの成果を得ることが出来た。
まず、転移魔法について、私のようにライブラマップでの座標指定や、行ったことのある場所なら何処でもというわけにはいかないが、魔力を通すことで、特定の場所と場所を互いに行き来できる魔法陣を発見した。
発見という言葉を使ったのは、私がムーシルトとミヤビ、皇都の皇王陛下の執務室等をかなりの回数往復してきたことで、魔法発動の際に目の前に現れる紋様が、いつも同じ形をしていることに気付き、その紋様を床や壁などに描き、魔力を通してみたらどうなるかという実験をしてみたところ、見事転移魔法陣の完成に至ったのだ。この実験では、というよりは、魔法の研究開発の分野において、私の力になってくれたのは、シェラちゃん(現在15歳で、かなりの美人さん)だった。
彼女はエルフィン特有の性質で、かなりの潜在魔力量の持ち主だったこともあり、私の作った魔法陣の実験台として、相当な貢献をしてくれた。
私が書いた魔法陣を私が起動させても、それが魔法陣によるものなのか、私個人が発動しているのかがいまいちわかり難く、また、私であれば発動出来るのは当たり前として、一般的な魔力量の人が発動できるものなのか否かの判断に、かなり貢献してくれた。
そして、もう一つの発見が、7大エレメントとの契約がなければ魔法は使えないという、これまでの常識が、誤りだったということだ。
いや、もっと正確に言うならば、誤りだったというよりは、多分に誤解を含んでいたということだ。
各エレメントとの契約によって得られる効果は、そのエレメントが守護する属性の魔法の永続的な使用許諾を得るということであって、契約者本人の潜在魔力量が、一つの契約エレメントの推奨スペックに達している必要があり、この推奨スペックは、例えば契約者の潜在魔力量が100だったとして、エレメントAの推奨スペックが60だった場合、100から60が引かれて、残りの潜在魔力量は40ということになり、そこで次のエレメントBと契約を交わそうとした場合、エレメントBの推奨スペックが50だとすると、10不足するから契約不可という結果になる。いわば、支払い可能額が2,000円しかない人が、1,000円と1,200円のサブスクを契約出来ないようなものなのだ。
しかし、このエレメント、実は、契約方法はサブスクだけではなく、短期契約や、なんなら一回ごとの契約も可能で、それが所謂詠唱というものであることが判明した。
つまり、この世界の人々は、身の丈に合わないサブスク契約の方法については知っていたが、手軽にお試し的に使える短期契約の方法を知らなかったということになるので、せっかく使える力なのだから、皆が気軽に使えるように、魔法が発動するのに必要な文言と順序をメモに残していたら、それもしっかりと体系別にまとめて、しっかりとした本に落とし込んでくれたのも、シェラちゃんだった。
「おはようございます、お姉さま。」
「おはようシェラ。」
「お姉さま、こちらにおかけになってください。今日も髪の毛が盛大に暴発していらっしゃいますよ。」
「ありがとうシェラ、私癖毛でもないはずなのに、なんでこうも毎日こんなになっちゃうのかな。」
[告:原因はマスターの寝相に起因すると考えられます。]
『そんなにひどいんだ、私の寝相…。』
「お姉さま、今日の会議はちゃんと定刻で終わらせてくださいね。」
「わかってるわよ、メイベルさんには昼食の準備頑張ってもらわないとね。」
「そうですわね、おじさまに会えるの、とても楽しみですわ。」
「シェラ、食事の時は、他の方もいるんだから、おじさまはダメよ。」
「はぁ~い。さ、お姉さま整いましたよ。」
「ありがとう。じゃあ、朝ごはん食べようか。」
「はい。」
こうしてシェラに髪をとかしてもらうのが、既に毎日の日課になりつつあり、どちらがお姉さんだかわからないようになってきていた。
私たちは食堂に入ると、いるはずのケイラがいないことに気付き、テーブルに全員分の朝食を配膳していたミラさんに尋ねる。
「あれ、ケイラはまだきてませんか?」
「キラ様おはようございます。ケイラ様なら、先程焼きあがったパンを咥えて、出かけられました。」
「あの娘ったら、またあそこか。」
「あそこですね。」
「えぇ、そうおっしゃって出ていかれました。」
「まったくもう、今度大佐に釘を刺しておいた方が良いわね、いくらあの娘が多少武術が得意だからって、あまり煽ててやらないでって。」
「でも、今やお姉さまを踵落としで起こすことが出来るのは、あの娘くらいですからね。私だと、屋敷にまで被害が及んでしまいますし。まぁ、お姉さまのリカバリーで回復しますけども。」
「いや、でもシェラ、起こすのに部屋燃やすのはやめてね。」
「でしたら、お姉さまも、もう少し寝起きを何とかしてください。」
「善処します…。」
最近ケイラは、軍警察の訓練所で毎朝行われている早朝訓練に参加している。
以前、ケイラを軍警察学校の視察に一緒に連れて行った際、逮捕術の訓練に参加させたら、生徒のみならず、教官までものしてしまうということがあった。
それからというもの、ケイラはことあるごとに軍警察に遊びに行くようになっていて、現在軍警察のムーシルト本部長をしているルカ大佐も、ケイラを大層可愛がってくれ、武道訓練に参加させたりして、面倒を見てくれていたのだ。
「それにしても、あの娘、今日ルドルフ様がお見えになること、忘れてないでしょうね。」
「私が後で、迎えに行ってまいります。」
「ありがとうシェラ、お願いね。」
「おじさまがお見えになるのに、お出迎えもしないようでしたら、私があの娘を氷漬けにして、お仕置きして差し上げますわ。」
「シェラ、それ死んじゃうやつだからやめて。」
「えぇ~。」
シェラは天然なのか、たまにとても恐ろしい事を平気で口にするから、ちょっと怖い…。
皆で朝食を済ませた後、私は身支度をしてムーシルト城に向かった、と言っても、私の屋敷とムーシルト城は徒歩30秒といった具合で、ムーシルト城の裏側の扉から出ると、目と鼻の先に私の屋敷がある。
私の屋敷も、正面玄関から出て城へ向かうとなると、まぁまぁ歩くのだが、城側に勝手口のような出入口を設けているので、普段はそこから出入りしていた。
城との往来にはそれ程時間もかからないのに、この身支度に関しては、毎日毎日本当に面倒くさいという思いしか湧いてこない。
どうしてこう貴族というものは見栄っ張りというかなんというか、毎日毎日違う服を着て煌びやかさを演出しなくてはならないのか。
あまりにも面倒なので、一度議会で、公務中の貴族の服装を制服にしようと提案したら、死ぬほど反対されて、あえなく断念したくらい、やたらとこの世界の貴族は服装に命を懸けているらしい。
ということで、私の出勤時間は今日も、朝食を食べてから約2時間後だった。
城の執務室に着いてすぐ、会議の資料を整理する。
私は現在パラディオール領の領主という立場以外にも、国の軍を統括する立場も併任していて、ヤーパニ皇国軍総司令官キラ・パラディオール元帥という肩書まで背負わされている。
今日の会議はパラディオールの予算会議だが、日によっては軍の会議だったり、国の議会だったりと、会議の為に生きていると言っても過言ではない程に、毎日仕事に追われている。
普通、異世界に転生したら、楽しいスローライフとか、わくわくする冒険とか、そういう話になって然るべきはずなのに、なぜか日本で生活していた頃よりも働いている気がする。
私の場合、最初にとんでもないスペックを得てしまったこともあり、これだけ激務に晒されても、身体が全く悲鳴を上げてくれないし、なんなら疲れても魔法でリフレッシュできてしまう。
そうなると、普通はメンタルがダメージを受けてきそうなものだが、これもまた、元々メンタル強めというか、あまり周囲の状況に動じない性質に加えて、やはり高いステータス補正のせいか、精神まで健康そのもので、悩みがないことに真剣に悩んでいたりする。
そして、私がこの状況に耐えられている最大の原因は、私のこの肉体にあると思われ、兎に角常にお肌はツルツルで、適度な弾力があり、肩こりとか腰痛なんてそういう症状の存在すら忘れてしまう程に、全身快調この上ない。
おまけに、自分で言うのもなんだけど、まぁ、美しい。
18歳という年齢は、恐らく人生における最盛期なのでしょう。
城の中を歩いていると、まぁ色々なところから視線を感じまくるというか、100歩譲って、男性からの視線なら理解も出来るけど、女性からの視線まで♡マークとなると、あらゆる意味で支障を生じるおそれありということになってしまう。
一度、城にケイラとシェラが遊びにきて、バルコニーでお茶をしていた時も、給仕の女の子が、お茶のお代わりを何度も何度も持ってきては、小声で「てぇーてぇー。」と漏らしていたのには、呆れを通り越して、軽い恐怖を覚えた…。(シェラも絶世の美人枠でOKだろうし、ケイラはまだあどけないのがまた尊さを引き立てるのだろう。)
話は逸れたが、兎に角本日の議題は来年予定している領営事業の予算会議なので、必要な書類や資料を纏めていると、突然ライブラ分体からのアラートが鳴り、ライブラが情報を整理して伝えてくれた。
[告:アンソニー・ライカスからの報告です。只今バキレムとコチミコの高官がヘミエミルに到着し、これから会談を始めるようです。なお、この会談は非公式扱いとされ、バキレムとコチミコの高官がヘミエミルにいることは秘匿されています。]
「バキレムとコチミコが秘匿扱い。何を企んでるの。ライブラ、分体を会談に潜り込ませられる?」
[回:可能です。]
「お願い、あと、内容を記録しておいて。」
[回:了解しました。]
私はライブラの報告が妙に気になったので、事前に打てる手は打っておくことにした。
「だれか、レンブロンを呼んできてくれないかしら。」
扉の外で、歯切れの良い返事が聞こえてから、数分後、扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ。」
すると、全身に鎧でも着こんでいるのではないかという程の立派な体格で、身の丈も2mは有ろうかという大男が、満面の笑みを浮かべて入ってきた。
「閣下、お呼びでしょうか。」
「えぇ、レンブロン、今日の会議なんだけど、私は急遽欠席することにしたから、この資料をもとに例の件進めておいて。私は皇王陛下の所に行ってくるわ。」
「畏まりました。資料お預かりします。」
彼は終始満面の笑みを崩さない。
彼は、初対面の人から受ける第一印象が、この風貌と、笑顔のせいで、少し頭の弱い人なのかも?という印象を与えがちだが、実はものすごく優秀な人物で、異世界チートでブーストのかかっている私の知力に、余裕でついてくることの出来る数少ない人物の一人だ。
「それじゃあお願いね。」
「はい、お任せください。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
彼は私に何も聞かない。聞かなくてもおおよその事を察知できるから、聞く必要がない。
しかし、私は彼に結構な内容の話を伝えていて、彼の前では気にせずに転移魔法も使っているので、今回も何も言わずに転移した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
次回20話から更新時刻を19:00から20:00に変更しようと思います。