13.兆し
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
稚拙な文章ではありますが、読んでいただける方に楽しんでもらえるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
本日は土曜日なので2本目です
私は早く帰りたいのはやまやまだけど、ここ魔王領も、カーミオ同様魔物の魔素を放置すると、再び魔物化してしまい、元の木阿弥状態となるので、面倒ではあるがダンジョンを設置するのに適当な場所を探さなくてはならなかった。
今後この地域を皇都で管理して開発することになるだろうことは予測できたので、このままここをダンジョン化すると、せっかくの立派な建物が使えなくなってしまうおそれがある、私が今いる魔王のいた大広間には、魔王がいた玉座っぽいところを中心として、左右にバルコニーがある、私は窓から両側のバルコニーに出て周囲を見渡すと、都合の良いことに、裏に山があった。
城の下に街を広げていったとしても、裏の山はデッドスペースとなり、せいぜい夜景を楽しむデートスポットになるくらいだろうし、この山の麓にダンジョンへの入り口を作って、地下に伸びていくようにすれば、デートスポットにもダンジョンにも両方使えるので便利だろう。
城の周りは森とはいえ、カーミオのように青々と草木が生い茂っているというわけではなく、かといってアニメやゲームなどで表現されるような、枯れた木がまばらに生えていて、地面は赤紫っぽいいかにも生き物の生息に不適な土壌ということでもなく、ぶっちゃけ毒の沼などもなさそうで、明日からでも人族の入植が可能そうな雰囲気ではあるが、どうも腑に落ちない点があった。
私はライブラに、このカーミオとここの植生の差について尋ねることにした。
「ライブラ、ここってカーミオと違っていまいち森に元気がないというか、何か違和感があるんだけど、どうしてなのかわかる?」
[回:カーミオ大森林と魔王領とでの気候風土の差は誤差の範囲です。ここまで植生に変化が生じる程の差は認められません。土壌の調査を実施しますか?]
「お願い。」
[……………………]
[……………………]
[……………………]
[告:解析が完了しました。カーミオ大森林と魔王領の地質に根本的な差は発見できませんでした。ただし、魔王領にはかつて紫竜のブレスを複数回受けていた形跡が発見できました。紫竜のブレスには一部の植物の育成を妨げる成分が含まれているため、その影響が出ていると考えるのが妥当と判断します。]
「紫竜のブレスか、いかにも毒っぽい色だしね。」
[回:紫竜のブレスの残滓が人体へ悪影響を及ぼすことはありませんが、平均的な人族が紫竜のブレスを直接受けると、蒸発します。]
「でしょうね。ていうか、紫竜のブレスを受けた形跡があるということは、つまり紫竜はこの魔王領に対して攻撃を仕掛けたということだよね。魔物と竜は対立関係にあったということなの?」
[回:現在は竜と魔物との対立は沈静化していますが、この星が誕生してから2000年程度の間は竜が魔物を排除しようとしていたという伝承が残されています。]
「竜が排除を試みたけど出来なかったから現在は諦めているということなのかな?」
[回:そのとおりです。]
「この場所に竜が欲しい何かがあるのか、もしくは、魔物そのものの存在が竜にとって不都合だったのか、あるいは別の何かか。場合によっては竜も討伐しなきゃならないのかも…。ねぇ、ライブラ、ブレスは複数回って言ってたけど、それって根拠があるんだよね、詳しく知りたいな。あと、その紫竜のブレスの残滓って浄化できたりするの?」
[回:紫竜のブレスが複数回にわたって打たれた根拠は、地層毎の残滓の濃度差によってある程度の回数は算出できます。
ブレス残滓の浄化については、残滓が毒物に分類されるので、サンクチュアリでの浄化が可能です。]
「そっか、ありがとう。 サンクチュアリ!」
もう、この辺りになると、私は早く帰って映像を見たいと思っていたことなど、すっかり忘れて、頭のなかは街づくりシミュレーションゲームモードになっていた。
「とりあえず、竜は今すぐって話じゃないと仮定して、ここを皇国領にするのであれば、どこに境界を設定すればいいのかと、このお城からどの程度の領域を市街地化すれば良いのか、生活インフラをどうするか、あと交通インフラもか。まずは、水源か、あぁ、裏の山デートスポットじゃなくて、ダムにしようか、山の上の方削って、穴掘って、浄水設備はどうしよう、濾過式にすれば良いか、炭はここにもあるだろうし。銅管はここでも作れるだろうから、街までは銅管を設置すれば良いか、満水時の排水は西側の海につながっている川に排水出来るようにしておけば良いかな、下水は土管でイケるだろうけど、下水の処理施設はどうしよう、やっぱ濾過式だろうけど、固形物の処理は燃やすのも気が引けるし、あぁ、そうだ!魔道具で無毒化して可燃性の性質を付与してやれば家庭用の燃料として使えるかも、あとでやってみよう。でもこれ人力でやってたらいつまでたっても進まないだろうし、クリエイトである程度作っておいた方がいいよな、上物だけ建てれば良いようにして、まばらに建てるより区画も整理しておいた方が良いか、となると、城の周りは身分の高い者で固めて、間に商業エリアを挟んで、一般の人が住むエリアにすれば街も扇状に広がっていけるだろうし、人口分布的にもうまくいくんじゃないかな。」
「まずはダムから、クリエイト! あれ?以外とMPが減らない、これ街の整地も一気に行けるんじゃない?クリエイト! おぉ、行ける、行ける。」
私は勢いのままに、そのまま上水道管や下水道管を街に張り巡らせ、市街地化する地域の整地及び区画の整理、竜谷との境界を定める防壁(といっても竜は飛べるので、誤って人が竜谷に侵入しないための物)排水処理施設等を建設し、トベルやアタ、ムーシルトへと続く道路工事、おそらく港が出来るであろう海岸方面への道路敷設、及び岸壁工事までを済ませた辺りで、そろそろお昼になるころだし、帰ろうかなと思ったあたりで、ダンジョンを作るのをすっかり忘れていたことを思い出し、城の西側の数キロ離れた山の麓にダンジョンコアを使ってダンジョンを設置した。
転移魔法でトベルに戻り、砦の中に入ると、まだ意識を失ったままの兵士や、軽傷の治療を終えて休んでいる兵士達がいたが、その中に先程のデイビス軍曹を見つけたので、状況を確認すると、ムーシルトへの伝令は出したので、そろそろ到着するころだろうとの報告を受けた。
『ねぇライブラ、この砦の中くらいの範囲で全体的にヒールをかけるのは、エリアヒールとかで良かったりする?』
[回:問題ありません。魔法の名前自体に特別な制限はありません。これまでマスターに伝えた魔法の名前は、マスターの記憶領域を検索した結果を元に、マスターのイメージと事象に整合性のとれるものを選択していたにすぎません。マスターがイメージをした魔法に、独自の名前を付けて使用することが出来ます。ただし、マスターのイメージと実現可能な事象に乖離がある場合は、魔法が発動しない場合があります。]
「えっ!?そうなの??」
驚きのあまり、私は思ったことをつい声に出してしまう。
すると、傍にいたデイビス軍曹が「な、何かございましたか?」と訝し気な表情になる。
私は「いえいえ、すいません、気にしないでください。独り言のようなものですから。」と答え、続けて「そういえば、皆さん大変ご苦労様でした、痛い思いをした方も多いと思いますので、傷を完全に癒しましょう。 エリアヒール!」と言って話をそらしつつ、砦内で休んでいた兵士達全員を回復させた。
私はデイビス軍曹に「本日魔物との戦闘に参加した兵士はここにいる方で全部ですか?」と尋ねると、デイビス軍曹が「いえ、まだ他にも。」と言ったところで、私の背後の方を見て「おっ!」と声を漏らすと明るい表情になり、私ごしに誰かを招くようなしぐさをしたので、後ろを振り返ると、ゆっくりと私に近づく兵士がいた。
私の正面にまわり、姿勢を正して敬礼する兵士に対し、私も答礼として敬礼を返すと「ヤーパニ皇国パラディオール方面軍トベル防衛大隊長ルカ・ポーカー中佐であります。この度はアンデッドに後れを取るような失態を演じたにもかかわらず、治療までしていただいたことに、大変感謝しております。このご恩に報いるためにも、より一層御領主様、ひいてはヤーパニ皇国への忠誠を厚くする所存でございます。」と言って再び敬礼をした。
私はルカ中佐の手を取りニッコリと微笑んで「治療が間に合って本当に良かった。貴方は国や民を守る兵士であると同時に、この国の大切な国民でもあるのです。そして、その肩書が示すのは、振りかざす権威ではなく、多くの兵士や国民の命を守らなくてはならないという義務です。ですので、ご自身はもちろん、部下の命も貴方の差配一つにかかっています、くれぐれも軽挙妄動を慎み、安全第一でこれからも国に尽くして下さい。万が一兵の力を必要とするような脅威が現れたとしても、今後は私が対処しますので、ルカ中佐はとにかく部下や国民の命を最優先に考えてください。とはいえ、とても痛く苦しい思いもしたことでしょう、本当にご苦労様でした。今日はゆっくりと休んでくださいね。今後はもう魔物に悩まされることはありませんから。」というと、ルカ中佐は「只今の御領主様のお言を葉胸に刻み、一生忘れません。」と厳しい表情で答える。
そこで、傍にいたデイビス軍曹が「そういえば、朝方も御領主様は魔王の討伐がどうとかおっしゃっておられましたし、今ももう魔物は大丈夫とかなんとか、それはいったいどういう意味のお言葉なのでしょうか。」と思案顔で口を挟む。
私はデイビス軍曹の方を向いて「言葉通りの意味ですよ、ついさっき魔王倒してきましたし、魔物も全て討伐して、魔王城の西の方にダンジョンを作ってきたので、今後は地表に魔物が現れるということはなくなります。先日もカーミオ大森林の魔物を全討伐してダンジョンにしてきたので、少なくとも竜谷にさえ行かなければ、地上にいて危険に晒されることは、この辺りではなくなりますね。あ、あと、ついでにちょっとだけ魔王城周辺の区画整理みたいなこともしてきたので、って言われても冗談言っているようにしか聞こえないと思いますので、お昼食べ終えた元気な兵隊さんで調査隊を編成して行ってみたら良いですよ、心配しなくても危ないことはないと思いますので。あと、私はこのままムーシルトに戻って、明日には皇都に一度戻ります。報告しないといけないので。あ、それともう一つ、ルカ中佐、魔王討伐完了の報を早馬で伝令してください。ムーシルトと皇都両方に。」
ルカ中佐の頭の中は大分混乱している様子ではあったが、それでも上官の命令を忠実にこなそうと、姿勢を正して機敏な動作で敬礼し「了解いたしました。」と簡潔に述べる。
私は、直ちに命令を遂行しようと、回れ右をして立ち去ろうとするルカ中佐を呼び止め「そういえば、唐突な話なのですが、ルカ中佐はお給料ってどのくらいもらっているか教えてもらうことはできますか?」と尋ねると、ルカ中佐は困惑した顔で「きゅ、給料でありますか?」と尋ね返してきたので、私も「そうです、お給料です。」と言うと「4万8千ミルをいただいております。」と答えたので「一月に約5万ミルとなると、結構なお給料なのですね。」と言うとルカ中佐は驚いた顔をして「いえ、一月ではありません、軍は年俸制なので、年俸が4万8千ミルであります。」と、やや顔を赤くして、むきになったように答えた。
「あら、失礼しました、この辺りに来たのもつい先日で、侯爵になったのも昨日のことなので、無知をお許しください。」と言うと、ルカ中佐は「とんでもありません、お気になさらないでください。」と言ってくれた。
私は隣にいるデイビス軍曹にも尋ねると、デイビス軍曹は「自分は3万4千ミルであります。」と答えた。
月で割ると日本円に換算して30万弱~40万程度ということだ、給与の差は階級の差分くらいで、命を懸けて国民を守る兵士の給料としては、決して高くはない、日本の自衛隊と同等程度か少し高いくらいなのではないだろうか。
私はルカ中佐に「先程お願いした早馬と調査隊の件ですが、今回戦闘にまったく関与しなかった者に命じる様にしてください。そして、今回の戦闘に参加した兵士全員をこの砦に集め、負傷した者とそうでない者に分けて整列させてください。」と命じると、ルカ中佐は再び姿勢を正して敬礼動作をとり「了解しました。」と述べて、その場から立ち去った。
私は、後に残ったデイビス軍曹にも「貴方にもお願いしたいことがあるので、全員が集合したら、私の傍にいてください。」と言うと、デイビス軍曹も姿勢を正して敬礼動作をとり「了解しました。」と言った。
ルカ中佐が迅速に行動して、ものの数分後には砦の中に戦闘に参加した兵士全員が整列し、その先頭で気を付けの姿勢のルカ中佐が、私に対して敬礼し「御命令のあった者を全員整列させました。閣下から見て右側に整列しているのが、負傷した兵で、左側は戦闘に参加した兵です。」と報告してくれた。
私はルカ中佐に答礼を返すと、ルカ中佐にお礼を言いつつ、姿勢を楽にするように伝えると、ルカ中佐は全員に対して休めの号令をかけてくれた。
「皆さん、私は、昨日付けでパラディオール地区の領主の任を拝命しました、キラ・パラディオール侯爵です、本日は突然の魔物の襲来にもかかわらず、勇敢に戦い、このパラディオールの地を、まさに命がけで守ってくださったことに、心からお礼を申し上げます。幸い死者は出ていないとの報告を受けておりますので、その点に関しては大変喜ばしく思っております。ですが、一つ間違えれば、今貴方達の隣にいる戦友は、既にこの世にいなかったかもしれません。それほど困難なことを成し遂げた貴方達を私は誇りに思います。今後もこの国に住まう民の為、貴方方一人ひとりのご家族の為に、その力を存分に発揮していただきたいと思います。ささやかではありますが、私の感謝の気持ちとして、本日戦闘に参加された方全員に一人1000ミルを特別報奨金として支給します。更に、戦闘で負傷した皆さんには、追加で傷病手当として1000ミルを支給します。また、本日は夕食時にお酒とお料理を振る舞わせていただきたいと思っておりますので、是非皆さん参加して、お互いの健闘を称えあい、また疲れた体を癒して、明日からの任務に備えていただきたいと思います。」
私が挨拶を終えると、それまで整然と休めの姿勢をとっていた兵士たちから、砦の天井が吹き飛ぶほどの歓声が上がった。
私は傍に控えていたデイビス軍曹に、お金の入った袋を手渡し、皆に報奨金を支給し、余ったお金で今夜の打ち上げ用のお酒と料理を用意するようお願いして、その場をあとにした。
砦の外に出て、ムーシルトに向かおうかと考えながら歩いていると、今朝魔物があふれ出てきた壊れた防壁の方に、人影のようなものが見えたので、何かと思って近づいてみると、泥や血で全身が薄汚れている子供が怯えながらこちらを伺っているのが見えたので、近づいて膝をつき、子供に向かって「ここの兵隊さんの何方かのお子さんですか?」と尋ねると、その子供は首を左右に振って何か言葉を発するが、あまりにもか細くて聞き取れない。
私は再度「もう一度言ってもらえる?」と聞き返そうとすると、その子供は意識が飛んだのか、後ろに倒れこんでしまった。
私はその子供がこれ以上の怪我を負わないように、そっと抱きかかえて、そのまま砦に戻ると、先程までは怪我人で埋め尽くされていたが、今は誰もいない医務室へ運び、怪我や病気を治癒する魔法をイメージして、「エクストラヒール」と唱えると、子供から傷が消えたので、今度は綺麗になるようイメージして、「エクストラキュア リカバリー」と唱えると、子供の汚れのみならず、来ていた衣服の汚れも綺麗になり、破れた個所などの修復までされてしまった。
傷も癒えて清潔になったのなら、残るはあと一つ、お腹が空いてるだろうなと思い、ケイラの時でお馴染みの鍋焼きうどんをクリエイトする。
先程は汚れでベタベタしていて気が付かなかったが、綺麗になった状態で見ると、どうやら女の子の様で、しかも人種ではなくエルフィンのようだった。
体力も回復したからなのか、鍋焼きうどんの食欲をそそる匂いにつられてなのか、エルフィンの女の子が目を覚ました。
私は女の子に「少しお腹に入れられそう?」と聞くと、女の子は先程とはうって変わってしっかりとした口調で「はい。」と答え、鍋焼きうどんとフォークを受け取り食べ始めた。
私は「熱いからゆっくり食べてね、人族には消化に良い、病み上がりにはうってつけの料理だけど、エルフィンにはどうかわからないな、どう?食べられそう?」と尋ねると、エルフィンの女の子は「とても美味しいです、ありがとうございます。」と答えた。
エルフィンと人族の決定的な違いは、その容姿で言えば耳の形であるが、それ以上に平均的な寿命が圧倒的に違う。
人族であれば100歳など、生きているだけで奇蹟に近い年齢だが、エルフィンの100歳などは、見た目も身体能力的な話でも、15歳の私とほぼ遜色のないレベルである。(身体能力については、人族の平均的な15歳という話で、私との比較ではない、私はね…。)
食事を摂っている様子や、先程の受け答えを聞いている分には、見た目はケイラとそれほど違わないけど、実年齢で言ったら私と大差ないのかもしれないなどと思いながら、何の気なしに「お名前と歳は言える?」と聞くと、食事を摂っていた手を止め、顔を上げて私を正面に見捉えると「名前はシェラと言います、年齢は12歳です。」と答えた。
意外と普通に子供だった、単純にこの子が利発なだけだったようだ。
するとシェラは言葉をつづける。
「私は両親とともに旅をしていました。アタという街にたどり着いたところまではよく覚えています。ですが、アタの宿で夜眠っていると、言い争う声が聞こえてきた記憶がうっすらとあって、その後は目が覚めると魔の森の中で、魔物に取り囲まれていました。」そこまで語った辺りから、シェラの瞳には涙が滲んでいた。
「最初はお父様が、奴らの餌食になりました。それでもお父様は最後の力を振り絞って私とお母様に逃げるように言ってくれました。私とお母様は手を取り合って、その場から逃げました。ですが、途中で私が蔓に足を取られて転んだのを、お母様が抱き上げて助けてくれましたが、そこで魔物に追いつかれ、お母様は魔物に胸を貫かれて死にました。そのお母様を、私を助けてくれたお母様を置いて、私は逃げました、必死に逃げました。」
私はいたたまれなくなり、シェラを抱きしめて「もういい、もういいよ。辛かったね。苦しかったよね。でも、もう大丈夫。貴女を命に代えても守りたかったお父さんとお母さんの想いは、私が受け取った。だから、シェラちゃん、勘違いだけはしないで。貴女がお父さんとお母さんを犠牲にして生き残ったんじゃない。お父さんとお母さんが命を懸けて貴女を守ったの。そこには大きな違いがある。まずはそこをしっかりと認識して。貴女のお父さんとお母さんは、貴女を何よりも愛していた。貴女に無事に生き延びてほしいと、誰よりも誰よりも強く願っていた。だから、貴女を生んで、愛して、育ててくれたお父さんとお母さんに感謝の気持ちがあるのなら、貴女はお父さんとお母さんの死を悲しんでも良い、悼んでもいい、でも、決して引きずらないで、自分のせいだとくよくよしないで、そんなことお父さんもお母さんも望んでない、貴女の未来が明るく幸せであり続けること以外、あなたのご両親は望んでない。」
私は小さなシェラの身体をしっかりと抱きしめながら、もう大丈夫、もう大丈夫と繰り返した。
シェラは私にしがみつき、大きな声で泣いた。
シェラが落ち着くまで、私はシェラを抱きしめ続け、頭を撫で続けた。そして、シェラが落ち着きを取り戻すと、冷たくて甘い飲み物を出してやり、ゆっくりと飲むよう言うと、医務室を出て近場にいた兵にルカ中佐を呼ぶように言づける。
程無くしてルカ中佐が来たので、私はルカ中佐に指示を出す。
一つは丁度これから出発する予定だった魔王領の調査隊に対し、シェラの両親の遺体がある可能性を伝え、見つけることが出来たなら、必ず持ち帰るよう依頼する。
そして、もう一つは、先程のシェラの発言で気になった点がいくつかあり、アタの宿屋で就寝中に、言い争う声を聴いた覚えがあるという点と、その後、間の記憶がなくて唐突に魔王領を彷徨うという点がどうにも不自然でならない。
そもそも、アタもトベルも、直接魔王領と行き来することが出来るかと言えば答えは否だ、魔王領との境には防壁がある。子供を抱えて簡単に往来できるものではない。
そして、今朝起こったトベル北部の防壁倒壊問題。そこからあふれ出てきた魔物によってそれなりの被害が出ているし、兵士の奮闘が無ければより深刻な問題に発展していた可能性だってある。
この二つの一見関係のなさそうな事件には、繋がりがあるような気がしてならないので、アタの軍警に連絡をして、ここ数日の記録を提出することと、宿屋の宿帳を調べて、エルフィンの3人家族の記録を探し、不審な点はないかの調査を依頼した。
この依頼が、後にヤーパニ皇国を揺るがす大きな問題となることなど、この時の私には想像することもできなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
感謝の言葉しかありません。
よければ次のお話も読んでいただけるとありがたいです。
どうぞよろしくお願いいたします。