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Part.3

 3人はデパートの思いドアを勢いよく開けると、脇に寄って息を整える。


「オッケー……もう放して大丈夫だよ」


 葵が息を切らしながら言うと、美羽はおそるおそるスカートを手放す。

 美羽の手を離れたスカートは、ひどくしわくちゃになっていた。


 その時、誰かが入り口のドアを開けて中に入って来た。


 突然吹き込んでくる強風に、葵と綾は思わずスカートを押さえる。


「えっ……やっ!やだっ!やだっ!」


 美羽は怯えた顔で足をじたばたさせ、必死にスカートを押さえる。

 葵は急いで自分の身体で美羽を隠した。


「あっ、ごめんね!ごめんね!もっと中入ろう?風の無いところ行こ。ね?」


 綾が美羽の手をやさしく引き、美羽はこくりと頷いた。




 フロアの奥にあるベンチに、葵と綾は美羽をはさんで座った。


「ふぅ……」


 葵は天井を見上げて安堵の表情を浮かべる。

 綾はそんな葵を見てふっと笑い、天井を見上げる。


 エアコンの冷気が、上からゆったりと降ってくる。

 館内に足音が響き、7階のイベントコーナーの案内放送が流れる。

 化粧品コーナーのスタッフの「いらっしゃいませ」の声が優しく響く。


 綾は、美羽に目線を落とした。

 美羽はスカートを握りしめたまま、今にも泣きそうな顔で縮こまっている。


「大丈夫?」


 綾が声をかけると、美羽は小さく頷いた。


「よく頑張ったね」


 綾は、美羽の背中にそっと手を置く。

 美羽は顔を歪ませて下を向いた。


「……ごめんなさい」


 美羽はか細く言った。


「何で謝るの?何も悪くないよ?なんっにも悪くないよ?」


 綾は美羽の背中をさすった。



 葵は、必死に記憶をさかのぼる。


(あの日……あたしは何をしてほしかった?)

(綾は何をしてくれた?)


(……あぁもうっ! 泣いてた記憶しか残ってないよ……)


 葵の思いをよそに、穏やかな空気だけが流れていく。


(思い出せ、あたし! 綾は何をしてくれた?)


 葵は綾を見る。

 綾は、美羽の背中をただ優しくさすっている。


(綾の……手……)


 葵の背中が、にわかにじんわりと温かくなる。

 まだ小さかった、綾の手。



 葵は意を決して、美羽にそっと手を伸ばした。


(ごめん……こんなことしかできないや)



 スカートを握りしめる美羽の手を、葵の手が包み込む。

 美羽の肩が一瞬上がる。



「……こわいよね、風って」



 葵は美羽の手を握ったまま、いつの間にか話しだした。


「ずるいよ、あんなの。目に見えないし、何本手があるんだよって思うくらい、どっからでもめくってくるし……」


「自分からはどれだけ見えちゃってるのかわからないし、それが余計にこわい」


「あたしこれからどうなっちゃうんだろうって……考えただけでぞっとする」


 美羽は下を向いたまま、小さく、うんうんと頷く。


「……それにさ」


 美羽は思わず葵を見る。


「"みんなに見られた”って、自分が言ってくるの。何度も何度も……」


 美羽は顔を歪めて、ゆっくりと頷いた。

 葵は片方の手を美羽の背中に伸ばし、優しくさすった。



 綾は葵に譲るように美羽の背中から手を離した。

 ふとフロアの時計が目に入った綾は、思わず目を見開く。

 しかし、葵と美羽の様子を見ると、何も言わずに目線を落とした。 



「……今、何歳?」


 葵が聞くと、美羽が小さく答えた。


「5年生です……」


 葵と綾は目を見合わせた。


「同じだ……あたしがスカート思いっきりめくられちゃったのと」


 美羽はハッと葵の方を見る。


「今でも覚えてる。道の真ん中に通風口があって……」

「下からめっちゃ強い風が吹き上げてくるの」


 美羽の手が、ぎゅっとスカートを握りしめた。


「みんなの前で、あたしだけ、いきなりスカートぜ~んぶめくられて……」


「しかも、風、ぜんっぜん止まんないの」


「……今考えても、人生で一番恥ずかしかったと思う」


 美羽は、身を縮ませて葵を見つめる。

 

「あ、ごめんね、怖がらせちゃって……」


 葵は慌てて美羽の背中をさする。


「あの時は、この子がずっとそばにいてくれたんだ」


 葵は綾を見た。

 美羽にも見られた綾は、照れくさそうに目線を逸らす。


「その節はお世話になりました」


 葵は綾にペコっと頭を下げる。


「ホントだよ……ホントに心配したんだから……」


 綾は意地悪く笑って見せた。


 そのやり取りに、美羽の口元が、わずかに緩んだ。



「でも、その時まで、風でスカートなんて気にしたことなかったな、あたしは」

「その歳で、普通の風でもスカート気をつけるなんて、偉いよ」


 葵の言葉に、美羽はハッとする。


「……偉い……?」


 葵は笑顔で頷き、美羽の背中をもう一度さする。


「うん、立派だよ」


 美羽はその言葉に、照れくさそうに下を向くと、小さく笑った。


「……やっと笑った」


 いつの間にか美羽から手を離していた綾が笑う。

 美羽はハッとして、綾を見つめる。



「よかった……」



 綾のその言葉に、美羽は恥ずかしそうに、いったん目線を逸らす。


 ――そして、口元を緩ませ、涙を拭い、まっすぐな目で、葵と綾を交互に見た。



「……ありがとうございます」



 美羽の笑顔に、葵と綾は思わず目を細め、優しく微笑む。

 美羽はずっと握っていたスカートを手放すと、シワをパサパサと整えた。


 葵が美羽の頭を撫でると、美羽は葵を見上げて、目を細めて笑った。



 その笑顔を見た綾は、まるで外でも見るように視線を反対側へ向けた。

 そして、ふっと一息つくと、意を決して立ち上がった。



(つづく)


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