第3話:夕暮れ、猫とすれ違う
春の終わり。
いつもより少しだけ日が長い。
放課後の校門をくぐったとき、エミリアの目の前を一匹の猫が横切った。
──真っ白な毛並み、青い目。
あれは、昔飼っていた猫「ルナ」にそっくりだった。
しゃがみ込むと、猫はすぐに寄ってきて頬をすり寄せてくる。
「……ルナ?」
違うってわかってる。
でも、なぜか懐かしくて、涙がにじんだ。
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「おーい、エミリア!」
ふいに声がして振り返ると、クラスメイトの悠人がいた。
「一緒に帰んない? たまたまそっちの方向だからさ」
偶然だった。けれど、エミリアの心は少しだけ跳ねた。
──密かに好きだった相手。
二人きりで帰るのは、たぶん初めて。
話すうちに、些細なことで笑い合う。
でも、その笑いの中に、ふとした違和感が混じる。
「おまえって、たまに変なこと言うよな」
「……そっちこそ」
淡くて甘くて、でもどこか不安定な空気。
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その夜、エミリアはまたアルバムを開いた。
──小学校の卒業写真。
修学旅行の集合写真。
悠人と写った写真を探す。
だけど、どのページをめくっても──彼の顔の部分だけが、塗りつぶされていた。
インクが滲んでいて、誰なのか分からない。
しかも──
どうして、悠人が自分のアルバムに一枚も写っていないの?
さっきまで一緒に帰ったのに。会話もしたのに。
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ベッドに横たわりながら、エミリアは思う。
もしかしてこの世界は、
「私が覚えていないこと」が“どんどん増えている”のではなくて──
「誰かが、私の記憶を削ってる」のかもしれない。
いや、
……もしかしたら、私自身が“そうなるように”世界を書き換えてる?
頭の奥に、ふとそんな言葉が浮かぶ。
書き換える? 構文? 何を?
──そのとき、窓の外。
青白い光の中に、片翼の少女が一瞬だけ浮かんだ気がした。