第1話:放課後の空が、やけに静かだった
――カタン、と、何かが落ちる音がした。
教室の窓際。机にうつ伏せていたエミリアは、目を覚ました。
もう誰もいないはずの教室。
けれど、黒板にはまだチョークの粉が浮いていて、
時計の針は“3時17分”を指したまま止まっていた。
それでも、チャイムはちゃんと鳴った。
「……あれ?」
帰り支度をして廊下に出る。
誰かの笑い声が、妙に遠くで響いている。
近づけば近づくほど、靄の中に溶けてしまうような声だった。
下駄箱で靴を履きながら、エミリアは友人たちと何気ない話を交わす。
「今日さ、体育なかったよね?」
「ううん、あったよ? 2限目」
「……そっか、そうだったっけ」
会話のテンポが、どこか変だった。
相槌のタイミングが一拍ずれていて、
自分だけが別の脚本を読んでいるような、そんな感覚。
──おかしい。けど、変じゃない。
そんな日が、ここ最近ずっと続いている。
帰り道、公園を抜けた先のベンチに、誰かが座っていた。
金色の髪が、風に揺れている。
白いワンピースの裾が、草の上を撫でている。
少女は、こちらをじっと見ていた。
だが──その存在を誰も気にしていない。
通り過ぎる人も、隣にいたはずの友人さえも、その子に目を向けない。
エミリアは思わず立ち止まった。
「……あれ、誰?」
少女はなにも言わず、ただ、見つめていた。
まるで──“思い出しかけた夢”のような表情で。
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その夜、エミリアは布団の中で目を閉じながら考えていた。
止まっていた時計。妙なテンポの会話。誰にも気づかれなかった少女。
そして──今日一日が、まるで「作られた物語」のようだったこと。
「なんか最近、全部……“ちょっとだけ”おかしいんだよね」
誰に向けた言葉でもなく、声に出す。
部屋の隅に置いたままのぬいぐるみが、何も言わず彼女を見ていた。