好き好き大好き②
好きでこんな外見なんじゃない。
「かっこいい」
「イケメン」
そういう言葉は聞き飽きたし、もう聞きたくない。俺はそんな風に言われたくない。でもどこに言ってもそれはついてきた。
「飯田です。よろしく」
高校に入学して特に深く考えずに環境委員になった。そこで出会ったのが知也さん。
環境委員ではペアで行動をすることもあり、俺は“飯田先輩”とペアを組むことが多かった。
「すごい、西尾くん目がいいんだね。あそこのごみ、気が付かなかった」
「西尾くんはやることがひとつひとつ丁寧だから、ペアを組んでいてやりやすいな」
「いつも気にかけてくれてありがとう。優しいんだね」
俺の顔じゃなくて、性格ややり方を褒めてくれる。それがすごく新鮮でどきどきしてしまう。こんなのおかしいってわかっているのに、どきどきが止められない。
飯田先輩は決して目立つ顔立ちじゃないし、印象が薄いと言ったほうが合っている。むしろそれが羨ましい。そしてその飯田先輩がどんどん可愛く見えてくる。会えるのが楽しみで、委員会の日が待ち遠しい。むしろ毎日活動してくれと願ってしまう。そんな自分に気が付いて、もしかして…と思った。
メッセージアプリでやりとりするのもすごく楽しい。でもやっぱり先輩の顔を見て話すのが一番楽しい。だって先輩の顔が見られるから。笑顔がすごく可愛い。ずっと見ていたい。好き。
「す………」
うわー……!!!
好き、なんだ…。
飯田先輩に告白したい。でも「好き」なんて恥ずかしくて言えない。俺に告白してくる女子達は簡単に「好き」って言うけど、すごすぎる。
「飯田先輩……す……」
学校から帰り、自分の部屋でイメージの飯田先輩に告白する。けれど。
「す………」
告白、なんだから。
好きって伝えるんだ。
「……す……!」
飯田先輩……!!
「す…………!!!!」
だめだ。恥ずかしすぎて今日もまた「す」から先が言えない。明日こそ、「す」の次を言う。イメージで。
イメージでできたらちゃんと実体の飯田先輩に告白するんだ。頑張れ俺。待ってて先輩。
なんてやっていたら間に合わなかった。先輩は卒業してしまった。
俺は約一年半、「す」までしか言えなかった。
「…先輩…」
メッセージでやりとりはしているけれど会えないのが苦しくて辛い。このまま先輩に恋人ができちゃったりして俺は忘れられてしまったらどうしよう。やっぱりさっさと告白しておくんだった。でも恥ずかしくてイメージでも告白できないのにいきなり実践なんて…。
先輩には先輩の付き合いがあるかもと思ってメッセージの頻度も減らすようにした。あまりしつこくして嫌われたら意味がない。
「会いたいよー…先輩」
メッセージだけじゃ足りない。先輩の笑顔が見たい。先輩の声が聞きたい。
……よし。
メッセージを入力して送信。即布団の中に飛び込んで隠れる。顔から火が出そうだ。
『俺、先輩と同じ大学受けます』
…送っちゃった。
もともと先輩と同じ大学を受けるつもりでいた。でも受かるかわからないし、自信はあるけど確実じゃないから、受かってから先輩に知らせようと思っていた。
だけどもう決めた。大学で先輩に再会したら、絶対に告白する。
必死で勉強した。
翌年、大学で先輩と再会した。
俺は告白する。
俺は告白する。
……告白したい、のに……。
結局俺は恥ずかしくて先輩に告白できない。めちゃくちゃ落ち込む日々。せっかく先輩とまた一緒にいられるようになったのに、これじゃだめじゃん。
ある日、俺の部屋に先輩がいつものように遊びに来てくれていた。嬉しい。でも先輩はそわそわしたと思ったら帰り支度を始めてしまった。もう帰るのかな、と寂しく思っていたら。
「……西尾くんが好き」
「え」
なに? 先輩、今なんて言った?
聞き取れたのに驚きすぎて理解できない。まさかそんな。
「できたら付き合ってほしい」
「………」
つきあってほしい…。え…え?
心臓がどっくんどっくん言い始める。
「でもだめなのわかってるごめんなさい!!!」
言ってすぐ玄関に向かって走り出そうとする先輩の手首を慌てて掴む。俺より細い手首にどきっとしてしまう。
「ま、待って! なんで逃げるんですか!?」
「だって絶対振られるから! 俺なんかだめだし!」
ええ…?
ていうかこれ、夢? いや、夢じゃない。こんな可愛い夢があったらまずい。
「振りません! お、俺も………」
先輩は俺が掴んだ手を振り解こうとぶんぶん振って暴れていたのをやめて、俺の顔を見る。あんまり見ないでほしい。だってすごく顔が熱い。なんて言っていいのか迷って言葉を探して、それから深呼吸。
「す」
言え。
「す?」
先輩が聞き返す。可愛い。
「………す…」
恥ずかしい。恥ずかしくて布団の中に隠れたい。
「……?」
先輩は、なに?って顔をしている。俺はやっぱり言葉が続かない。
「……………イエスです」
「え?」
「振りません…逃げないでください…」
まさか先輩から告白してもらえるなんて思わなかった。ここで、「俺も好きです」と言えたらかっこよかったんだけどな、とやっぱり落ち込んでしまったけれど、それ以上に舞い上がった。
“先輩”から、なんとか“知也さん”に呼び方を変えられた。そこにいくまでに幾度となく失敗を繰り返し、イメトレを散々やって、付き合ってから一年経ってようやくだ。でも知也さんは、俺を急かしたりしなかったし、無理に変えなくてもいいよとまで言ってくれた。男として、そんな風に言わせるのはどうなんだ、と自分を一喝し、恥ずかしさを乗り越えた。
でも。
「す………」
「好き」が言えない。
「好き好き好き。佳孝くん大好き。俺の佳孝くん大好き。めちゃくちゃ好き。他の人見ないで。俺だけ見て。ふたりだけで生きよう。ふたりがいい」
あー可愛い…。それに対して俺は「す」までしか言えないなんて……。
知也さんの感情が昂ると「好き好き」が始まるのがすっごく嬉しいんだけど、その度に俺は自分に呆れる。こんなに「好き」を伝えてくれる知也さん。「す」から先が言えない俺。
「佳孝くん佳孝くん好き好き好き好き好き好き」
俺の肩に額をぐりぐり押し付けて「好き」を繰り返す可愛い知也さん。自分に呆れる俺。
俺はなんて情けない男なんだろう。こんなんじゃ知也さんに逃げられてしまうかもしれない。もしそんなことになったらどうしよう。
知也さんの寝顔を見つめながら考える。
「………そうだ」
愛の巣に閉じ込めよう。
そうと決めたら、まずはマイホーム資金を貯める。
いつかは一緒に暮らしたいと思っていたけれど、この際マイホームを視野に入れよう。そうしよう。
俺と知也さんの家。響きだけでも最高すぎる。
立地は山奥の一軒家とかがいいけど、色々大変そうだし、なにより知也さんが怪我をしたり病気をしたりというときに病院まで遠いというのは困る。細かいことは後々ふたりで話し合えばいい。
「知也さん、す………」
顔が猛烈に熱い。「好き」を口に出そうとするとやっぱりこうなってしまう。いつかきちんと気持ちを伝えられるかっこいい男になりたい。
他の誰もいらない。知也さんだけ欲しい。
END