好き好き大好き①
「佳孝くん、好き好き大好き。ほんと好き」
「うん」
「俺以外誰も見ないで。誰にも触らせないで。他の人と喋らないで。俺だけの佳孝くんでいて」
「うん」
「好き好き好き好き」
佳孝くんの部屋。
ソファに座る佳孝くんの膝に跨って抱きつく。とにかく好き。大好き。いくら言っても足りない。好きすぎる。
「大好き。佳孝くんだけ好き。大好き大好き。俺だけ見て」
「あー…」
「!!」
ぱっと離れて佳孝くんの顔を見る。相変わらず整った綺麗な顔立ちが少し呆れの色を見せている。またやってしまった…。
「…ごめんなさい」
「違うよ、知也さん。知也さんのことじゃなくて」
「俺、また暴走しちゃって…」
何度も反省するのに、また同じことを繰り返してしまう、学習能力のない俺。自然と視線が下に落ちてしまう。
「知也さん…そんなに落ち込まないで」
ちら、と上目に佳孝くんを見る。あんな風に呆れさせてしまったのに、すぐに俺を気遣ってくれる優しい人。見た目のかっこよさとか、スタイルのよさも確かに彼の魅力かもしれない。
でもそれ以上に、佳孝くんの持つ優しさは俺をもっとずっとどきどきさせる。でも、時々もうちょっと強引にされてもいいかも、なんて思ったりもしたりして。
俺の暴走は発作のようなもので、佳孝くんという素敵な人と付き合えている奇跡が今でも信じられなくて、今までのこととかを色々思い返しているうちに気持ちが盛り上がるとああなる。毎回反省して、もうやらないようにしようと思うんだけど、ついまた気持ちが盛り上がると………。
佳孝くんは「大丈夫だよ」って言ってくれているけれど、そういうわけにはいかない。年下とは思えないほど佳孝くんは落ち着いていて、俺が暴走する度に受け止めてくれるけれど、そんなことをずっと繰り返していたら本当に呆れられて捨てられてしまうかもしれない。それは絶対に嫌だ。
「ごめんね、佳孝くん…」
諦めた恋が叶ったんだから、大切にしないといけないのに…。
現在二十五歳の俺とひとつ下の佳孝くんの出会いは高校のとき。俺が高二、佳孝くんが高一で、ふたりとも環境委員だった。
委員会で作業をするときにペアを組むことが多く、かっこいい子だなとは思っていた。綺麗な顔をしているのに、どこか冷めた表情をしているその子…西尾佳孝くんはその頃からとても優しくて、ひとつひとつが丁寧な子だった。褒めたりお礼を言うと少しはにかんで、それが可愛くて。
「飯田先輩、あの……あの」
「なに?」
「………」
「どうしたの?」
「…………なんでもないです」
なんだろう。委員会活動を終えた後、真っ赤な顔をした西尾くんがなにか言いたげに俺を見ている。たまにこういうやりとりをするけれど、毎回「なんでもないです」で終わる。そしてその後、西尾くんは悔しそうに顔を歪める。
特に理由もなく二年続けて環境委員に入っているけれど、続けてよかったと思う。そのおかげで西尾くんがわからないときにフォローしてあげることができるし、なにより環境委員にならなければ西尾くんと仲良くなれなかった。
「わ」
考えごとをしながら歩いていたら躓いた。すぐに西尾くんが身体を支えてくれるけど、距離の近さに心臓が大きく跳ねる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん…ありがとう」
隣を歩く西尾くんの横顔を盗み見る。
好き、なんだよなぁ…。
でも、絶対にこの恋は叶わない。西尾くんが俺なんかをそういう風に見てくれるわけないし、男同士だし…。告白して今のいい関係を崩したくない。西尾くんに避けられたりしたらショックで学校に行けなくなる。
この想いは心の奥に封印しよう。そう決めた。
メッセージアプリで他愛のないやりとりをしているときがすごく好き。西尾くんは疲れてしまわないかなと思うくらいに、こんなときにも優しい。くだらないやりとりをして『おやすみ』で終える。
……時折ちょっと胸が苦しくなるのは、心の奥に封印した気持ちが漏れ出ているからかもしれない。
三年でも環境委員会に入り、西尾くんも同じく二年でも環境委員だった。
「またよろしくお願いします」
「こちらこそ」
嬉しい、けど、切なくて。人の心って難しい。
あっという間に月日が過ぎてしまい、俺は高校を卒業して大学生になった。
西尾くんとメッセージのやりとりはしているけれど、実際に会うことはなくなった。このまま自然とメッセージの頻度も減って行って、繋がりが切れるのかな。本当に忘れるしかないのか、と日々を過ごしていると、やっぱり西尾くんからの連絡が減ってきた。
西尾くんは受験生だし、俺からしつこくメッセージを送るのもどうかと思ったので、鳴らないスマホと毎日にらめっこをしていたある日、突然スマホの通知音が鳴った。
「に、西尾くんだ…」
慌ててメッセージアプリを確認すると。
『俺、先輩と同じ大学受けます』
十回は読み返した。
ぶわっと顔が熱くなって、まさか、そんな…とわけのわからないことを呟き続ける。
もう会えないと思ったのに。自然と関係が消えてしまうと思ったのに。また冗談を言い合って笑える日が来るの、かな…なんて考えたら、その場でじたばたしてしまった。
そして翌年、大学で西尾くんと再会した。
制服じゃない西尾くんは大人っぽくて、でも俺に見せてくれる笑顔が変わらずちょっと幼くて。
封印した気持ちが膨らんでしまった。
どんなにモテてもさらっと躱して俺のそばにくっついている西尾くん。「いいの?」と聞いたことがあるけれど、「あー…」と言っていた。色々面倒なのかな。気が付くと一緒にいて、気持ちがどんどん膨らんでいく。もはや封印なんて効果がなくなっていた。
何度目か覚えていないくらい西尾くんの部屋に遊びに行ったとき、帰る準備万端で、玄関に走って靴を履けばすぐに逃げられる状態にした。
「……西尾くんが好き」
「え」
「できたら付き合ってほしい」
「………」
「でもだめなのわかってるごめんなさい!!!」
即逃げ出そうとしたら手首を掴まれた。
「ま、待って! なんで逃げるんですか!?」
「だって絶対振られるから! 俺なんかだめだし!」
「振りません! お、俺も………」
逃げ出そうと、掴まれた手を振り払うために暴れていたのをやめる。真っ赤になった西尾くんは口をもごもごさせて、それから深呼吸をした。
「す」
「す?」
「………す…」
「……?」
「す」ってなに?
「……………イエスです」
「え?」
「振りません…逃げないでください…」
そのまましゃがみ込む西尾くんに、信じられない気持ちで今言われた言葉を脳内で繰り返す。
イエスって言ってた。イエス。はい、いいよって意味だよね…?
「…つ、付き合ってくれるの…? 男同士なのに…?」
しゃがんだまま、こくん、とひとつ頷く西尾くん。
「…男同士とか、先輩となら関係ないです」
こんな奇跡ってあるんでしょうか―――。
付き合い始めてすぐから俺は感極まって暴走するようになった。その度に佳孝くんに呆れられて。そのうち捨てられたらどうしよう…怖い。
「知也さん」
ある日、仕事の終わった後にそのまま佳孝くんの部屋に行くと、佳孝くんが真剣な表情で俺の名を呼んだ。
「え、なに?」
「大切な話があるんだけど」
「………」
…ついに来たか。
「……わかった」
出会った高校二年から今日まで、たくさんの素敵な思い出をくれたな、と視界がゆらゆらしてくる。そうか、ふたりの思い出はここまでか。今までありがとう、佳孝くん。
「知也さんとのマイホーム資金を貯めています」
………。
「できたら今のうちから立地条件とかそういうのを話し合っておきたいと思って」
「………別れ話は?」
「は?」
マイホームってなに? 我が家ってことだよね。え? 家? 誰の? いや、佳孝くんが「知也さんとの」って言ったじゃん。佳孝くんと俺の家だよ。
え、佳孝くんと俺の家!?
「別れ話? なにそれ」
「だって大切な話って…」
「だから大切な話」
「………」
佳孝くんがゆっくり手を伸ばし、俺の手を握る。ちょっと震えている。
「ず、ずっと黙ってたけど、…そういうつもりで、知也さんとこれからも一緒にいたい」
佳孝くんって、そんなに俺を好きでいてくれていたの…? 大切にしてくれているのはわかっていたけど、好きとか全然言われないから、そこまで考えてくれていたなんて全然思わなかった。
「…っう…」
「えっ、知也さん?」
「うう……」
堪え切れない涙が次々零れてしまう。慌てる佳孝くんの顔がぼやけて見える。
「よしたかくん、すき…すき…」
「うん」
「すき…」
「うん…」
ぎゅっと抱き締めてくれる佳孝くんの肩に額を押し付けてぐりぐりする。こんなの反則だ。
「ごめんね、知也さん。恥ずかしくていつも気持ちを素直に言えなくて……本当にごめん」「ううー……」
どうしよう。どうしようどうしよう。好きだ。
「好き好き好き。佳孝くん好き。めちゃくちゃ好き。俺以外に触ったらだめ。俺以外見るのもだめ。俺だけ見てて」
「うん」
「佳孝くんがいないと生きていけない。佳孝くんが俺のすべて。佳孝くんが俺の命」
「うん」
「好き好き好き」
佳孝くんにキスをして、まだキスがしたいからもう一回唇を重ねる。
「佳孝くんだけに頑張らせない。ふたりで貯金しようね」
「…そうだね」
「大好き」
もう一回キスをしてまた抱きつく。
「……佳孝くんは俺のものなんだね」
顔を覗き込むと、佳孝くんは真っ赤だった。