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第九話 巨大キノコと踊れ! ~ポンコツ達の珍騒動~

 仮拠点で一夜を過ごし、僕たちは再び迷宮へ向かう準備を整えていた。

「よーし、今日こそ私の真の力を見せてあげるわ!」

 フリルたっぷりの胸当てを装着したティアが、両腕をぶんぶん振り回しながらやる気を漲らせている。顔には気合いが入っているというより、空回りする準備万端といった雰囲気だ。

「ティア、あんまり無茶しないようにね。一応、足の痛みは引いたの?」

「もちろんよ! もう全然平気だから、ジャンプだってほら! あははははは!」

 そう言ってぴょんぴょん跳ねてみせるティアだが、着地のたびに周囲が微妙な視線でこちらを見ている。何しろ、ギルドの宿泊テント前で美少女が大声を上げながら跳ね回っていれば、誰だって気になるだろう。

「……そろそろ落ち着いたら? あんまり目立つと、変な人たちに目を付けられるかもしれないし」

 エリーナが困ったように眉をひそめる。

「む、むう。可愛い私に注目が集まるのは当然なんだけど? まあいいわ。テンションはこのままにして、なるべく静かに動きましょうってことで!」

 ティアが指をぴっと立てるが、あまり説得力がない。ともあれ、仮拠点の出口へ向かい、そろって迷宮への道を下り始める。


 僕たちは昨日よりも慎重にルートを選び、入口から比較的安全だと思われる通路を進むことにした。奥へ行けば強力な魔物が出るが、まずは周辺の敵を倒して着実にポイントを稼ぎたい。ティアが少し慣れてきたとはいえ、油断はできないのだ。

「ここ最近は、王都でも深部で行方不明者が増えているっていう噂が広まってるみたい。闇ギルドの暗躍が本格化している可能性があるわね」

 細い通路を進みながら、エリーナが低い声で言う。

 空気がひんやりしていて、岩肌からはじわりじわりと湿気が迫ってくる。この迷宮の奥には、まだ見ぬ恐ろしい存在が潜んでいるかもしれないと思うと、背筋が伸びる思いだ。

「ま、まあ、今は深く考えすぎても仕方ないよ。僕たちができることは、無理なく強くなって、いずれ来る戦いに備えることじゃないかな」

「そうね。とりあえず、変な連中に遭遇したら逃げること優先で」

「私、絶対に可愛いから!」

「……今の話の流れに可愛さの宣言は関係あるのかな」

 僕が呆れ混じりに突っ込むと、ティアは「大アリよ!」と胸を張って主張した。どうやら彼女の辞書では、「可愛くあること」が生きる意義の一つらしい。


 そんなくだらない会話をしていると、ほどなく開けた場所に出る。天井に穴が空いているのか、そこからうっすら差し込む光が足元を照らしていた。

「なんだか、ここだけ空気が違うね。苔が生えてる気配もある……」

「なんか……良い匂いがするような?」

 ティアが鼻をひくひくさせる。確かに、土とキノコのような独特の匂いが混ざったような……。

「うわ、見て」

 エリーナが指さした先には、奇妙なキノコが群生していた。淡い紫色で、傘の部分がやけに大きい。あんなの見たことがない。

「きゃーっ、可愛い! もふもふしてそうじゃない? 触ってみたいわ!」

「ちょ、ティア、勝手に触るのは危ないって!」

 僕が制止する間もなく、ティアは突撃し、大きなキノコをつんつんと指でつつく。すると――。

「ぷしゅううううっ!」

 キノコから紫色の粉が噴き出して、ティアの顔面を直撃した。

「ぎゃあああっ!? 毒! 毒なのこれ!? 私、死んじゃうの!? 葬式は可愛いドレスでお願いします!」

「落ち着いて、まずは症状が……って、ティア、息してる? 大丈夫?」

「た、たぶん……でも息苦しいような……うう、目がチカチカする……!」


 慌てて駆け寄る僕たちだが、紫色の粉が漂っているせいで、うかつに近づくと僕らも吸い込んでしまいそうだ。エリーナは咄嗟に魔法の風を起こして粉を追い払う。

「《エア・サークル》……よし、粉はだいぶ散ったわ。ティア、どう?」

「へ、へっくしゅん!」

 ティアは大きなくしゃみを連発すると、鼻水を垂らしながらヨロヨロと立ち上がる。

「もう、最悪……でも死なないならいいか……はあ……」

 目をうるうるさせながら、ティアはキノコの群生地を恨めしそうに睨む。どうやらこのキノコ、毒というよりはくしゃみを誘発する胞子をばら撒く程度のものらしい。

 安心したのも束の間、群生したキノコの奥からぬらりとした光沢を放つ生き物が現れた。

「うわあ……!?」

 巨大なキノコに擬態していたのか、あるいはキノコと共生しているのか。長い茎のような足と、ぺろんと伸びた舌を持つ、奇妙な魔物だ。

「ぎゃー! また魔物!? キノコとセットって何なのよー!」

「たぶんフンガスウォーカーとか呼ばれる類の魔物かしらね。あんまり出くわしたくはないけど……やるしかないわね!」


 エリーナが素早く魔法の詠唱を始める。しかし相手は思った以上に動きが速い。長い足でぴょんぴょん跳ね回り、舌をパシッと振り出してきた。

「こっち来ないでえええっ!」

 叫び声とともに、ティアが持っていた短剣を振るうも、半分目を閉じているから狙いが定まらない。

「ティア、ちゃんと目を開けて!」

 僕は盾を構えて横からサポートしようとするが、魔物の奇妙な動きに翻弄されてしまう。ぺちょんと背中に舌が貼り付いて、「うわっ」と思わず身震いする。

「きゃあー! シヴァルに怪しい粘液が!」

「助けてほしいんだけど、ティア! こっち来て! ……って、そっちじゃない!」

 ティアはなぜか逆方向に突撃してキノコを踏みつぶしている。爆発するように胞子が舞い、あたりは軽い霧のようになってしまった。


「このままじゃ私たちがやられるわ……。《フリーズ・ショット》!」

 エリーナが冷気の矢を放つが、キノコ魔物は柔軟な足でくねり、命中を避ける。ある程度の知能があるのかもしれない。

「くそっ、魔法で動きを止められれば……はーっくしゅん!」

 僕は衝撃波の魔法石を握りしめ、魔物が跳ね上がった瞬間を狙う。大きく息を吸って、意識を集中する。

「……《エア・ブロウ》!」

 突き出した手から放たれた風の衝撃が、宙を舞うキノコ魔物を直撃し、バランスを崩させる。

「今よ、ティア! そこを狙って!」

「う……うん、目を開けて……それええっ!!」

 ティアが気合いとともに短剣を突き上げる。勢い余って魔物の頭(?)の傘部分にザクッと刺さり、ぎゃぶっという声が響く。

「や、やった……?」

 ビクビクと震える魔物の足が完全に力を失い、地面に倒れ込む。その拍子にまた紫色の粉が少し舞い上がるが、先ほどよりは弱い。

「ふう……なんとか勝てたみたい。大丈夫、ティア?」

「がくがく……足が震える……でも、ちょっとだけ自信がついたかも……!」

 ティアは戦慄きながらも嬉しそうに短剣を抜き、周囲の胞子を見て恨めしげに言う。

「もう、くしゃみ止まらないし、鼻水出るし……最悪。誰かハンカチちょうだい!」

「まったく……あとでちゃんと洗いなさいよ。服も汚れまくってるし」

 エリーナが呆れたように息を吐く。だが、その表情はどこか安堵しているようでもある。


 こうして謎のキノコ魔物フンガスウォーカーを倒した僕たちは、報酬になるかもしれない素材を回収して先へ進むかどうか迷った。

「体力的に、そろそろ戻ったほうがいい気がするわ。紫色の胞子を大量に浴びてから、私たち全員、くしゃみが止まりそうにないし……」

「そ、そうだね……安全策をとろう。昨日は熊みたいな魔物にも追い回されたし、無理は禁物だよ」

 僕とエリーナは意見が一致し、すぐに帰還の判断を下した。だけどティアは「ええー、まだまだいけそうな気が……は、はーっくしゅん!」と立て続けにくしゃみをしてから、不服そうに溜息をつく。

「ちぇっ、可愛い私がキノコ粉まみれなんて……屈辱だわ。でも……ま、ちょっと充実した感じもあるかもね」

 そう言ってティアが笑うと、エリーナも「それは同感」と軽く肩をすくめる。僕も思わず口元がほころんでしまった。

 やっぱり僕たちは、少しずつ強くなれている。どんなにポンコツでも、何度くしゃみをしても、踏み出した数だけ前に進んでいるのだと実感する。


 それにしても、今日はまさかキノコの胞子と格闘することになるとは思わなかった。迷宮にはまだまだ知らない存在が山ほどいるに違いない。

「……帰ったらお風呂に入りたい。洗濯もしたいし……」

 くしゃみ混じりのティアの声に同調しつつ、僕たちは足を引きずるように仮拠点へと向かった。

 背後の闇の中、どこかでかすかな笑い声のようなものを聞いた気がして、一瞬だけ胸騒ぎがした。もしかすると闇ギルドの連中や他のならず者が僕たちを監視しているのかもしれない。

 しかし、今はただ、この異様な粉を洗い流して早く休みたい――そんな気持ちで頭がいっぱいだった。


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