第八話 努力と運と根性と可愛さとか、なんやかんや
迷宮初日は、結局入口付近の探索だけで終わってしまった。僕たちは仮拠点に戻り、ティアの足の手当てを受けたり、エリーナが消費した魔力を回復させたりと、しばらくは静養を余儀なくされる。
その夜、仮拠点のテントの一角で、僕たちは今日の反省を兼ねた作戦会議を開いていた。エリーナは地図やメモを広げ、洞窟の構造を整理している。
「どうやら、入口から少し進んだ先で複数の通路に分かれていて、それぞれ難易度が違うみたいね。私たちは運悪く、難度が高めの通路に入り込んだ可能性があるわ」
「そうだったのか……どうりでいきなりあんな化け物に遭遇したわけだ」
ティアが足に巻かれた包帯を見やりながら、しょんぼりとつぶやく。
「もしあのまま奥まで行ってたらどうなってたことか……ああ、怖い……」
僕は地図を見つめつつ、小さく頷く。
「明日以降は、比較的安全と言われているルートを中心に探索したほうがいいね。しばらくは焦らずに。雑魚魔物を倒して、少しずつでもポイントを稼いでいこう」
「そうね。シヴァルの言うとおり、無理に突っ込めば取り返しのつかないことになる。まずは体力と経験を積んで……あと、ティアのポンコツぶりをなんとか抑えるのが急務ね」
「聞こえてるわよ、失礼な!」
ぷんすかと膨れるティアに、エリーナはさらりと肩をすくめた。
「今日だって、あなたが目を開けて戦ってくれたおかげで助かったのは事実。でも、もうちょっと冷静になれないものかしらね」
「う……反論できない……」
「でも、まあいい兆候じゃない? 目を開けて短剣を刺せただけでも大進歩だと思う。僕は正直、ティアがあそこまでやるなんて思ってなかったよ」
「それ褒めてるの? けなしてるの?」
「褒めてる褒めてる。すごいよ、ほんとに」
ティアは微妙に照れたような、むくれたような表情を浮かべる。
そんなやり取りを交わしていると、外の方から不穏な気配を感じた。何やら物々しい声が聞こえる。
「……おい、あっちでケンカか?」「こら、やめろ! ここはギルドの拠点だぞ!」
外へ出てみると、複数の冒険者と黒ずくめの男たちが言い争っていた。すでにギルドの警備隊が割って入ろうとしている。
「だから、俺たちは正式に探索許可を得ている。そっちこそケンカを売るつもりか?」
「売られたのはこっちだ! お前らがいきなり荷物を盗もうとしたんだろうが!」
「はっ、証拠はあるのか?」
場の空気は殺伐としている。やはり、ならず者や闇ギルドの一派が紛れ込んでいるようだ。事実関係はわからないが、少なくともお互いに敵意むき出しだ。
エリーナが小声で言う。
「やはり、こうなるわよね。迷宮に人が集まれば集まるほど、トラブルも増える。ギルドがどれだけ警戒していても、完全には防ぎきれないわ」
「僕たち、巻き込まれたりしないかな……」
「下位ランカーは狙いやすいんじゃない? 気をつけないと……」
ティアが不安そうに顔を曇らせる。
結局、その場は警備隊が間に入って双方から事情を聞く形になり、大事にはならなかったようだが、胸に重いものが残る。
夜が更けるにつれ、仮拠点はひっそりと静まり返っていく。僕たちはテントに戻り、明日の方針を改めて確認する。
「ティアの足の具合を見つつ、安全なルートを軽く回ってみよう。無理はせずに、すぐ撤退できるようにね」
「うん、わかったわ……。でも、私ももっと頑張らなきゃ……怖いけど、頑張りたいの」
「私も全力でサポートするわ。あとは、あまり夜遅くまでウロウロしないことね。ならず者の集団がうろついてるなら、余計に危ないもの」
「そうだね……。じゃあ、休もうか」
翌日、ティアの足はまだ痛むものの、歩けないほどではなかった。僕たちはもう一度迷宮に入ることを決め、装備やポーションを確認してから出発する。
今日は危険が少ないとされるルートに入ったおかげで、昨日のような大ピンチにはならなかった。コウモリやスライムなどの弱い魔物を相手に、ゆっくりと経験を積む。
ティアも少しずつ落ち着いてきたのか、短剣の扱いが改善されている。目を閉じる割合が減り(片目だけ閉じるなどよくわからないことをしていたが…)、エリーナが隙を作ったところに攻撃を差し込む形でなんとか対処できていた。
僕も弱いながら風魔法で援護し、何とか戦果を重ねる。少しずつ魔物を倒し、ドロップアイテムを回収。決して大きな成果ではないが、僕たちのような下位ランカーには大切な一歩だ。
「よし……今日はこの辺で切り上げようか。ポーションも残り少なくなってきたし、疲れたでしょ」
「うん、昨日よりはマシだけど、それでもかなりヘトヘト……」
ティアが汗をぬぐいながら答える。エリーナも無理をさせたくないのか、軽くうなずいた。
「足の怪我を治しながら少しずつ前進していくしかないわね。焦らなくても、ちゃんと結果は出るはず。すぐに上位の魔物と戦う必要なんてないんだから」
「そうだね……。でも、いつかはあの熊みたいなやつにも勝てるようになりたいな……」
「うん……私も、もう逃げたくない。可愛いだけじゃなくて、『ちゃんと戦えるティア』になりたい!」
彼女の目には強い意志が宿っている。ポンコツキャラとは思えないほどの真剣さに、僕は少し胸を打たれた。
そんなふうに順調に小さな成果を積みながら、僕たちは迷宮に通い続けた。もちろん、危険は絶えず、何度か酷い目にも遭ったが、まったく歯が立たなかった初日と比べれば成長を感じられる。
戦闘だけでなく、地形にも慣れてきた。分岐点の選び方や、魔物のわきやすい場所を少しずつ把握し、慎重に立ち回ることで無理なく戦果を上げられるようになってきたのだ。
ティアも短剣の扱いや動きが洗練され始めており、最初の頃の惨状はかなり減った。まだ怖がることは多いけれど、それでも結果がついてきている。
「やったわ、シヴァル! 小型の魔物ぐらいなら私でも倒せるようになった!」
「すごいね……正直、はじめはどうなるかと思ったけど……」
「ふふん、可愛いうえに強いってとこ、もっと世間に知らしめたいわ!」
はしゃぐティアに、エリーナも微笑ましそうに目を細める。
「まだまだ課題は多いけど、少なくとも足手まといとは言えなくなってきたわね。シヴァルも魔法の精度が上がってるし、私としても少し気が楽よ」
だが、そんな小さな前進を喜ぶ僕たちの耳に、またしても嫌な噂が飛び込んできた。
迷宮の奥深くで、ならず者の集団が不審な動きをしている
行方不明の冒険者がさらに増えた
盗賊らしき者と鉢合わせして命を落としたパーティがいる
まるで、迷宮の戦利品をめぐる陰謀が渦巻いているような話が次々と囁かれ始めた。
仮拠点の一角では、突然姿を消した仲間を探す者が泣き崩れ、周囲に助けを求める場面もあった。だが、深部へ行くほど危険度は増し、軽々しく救助に向かえる状況ではない。ギルド側も対応に追われている。
ある日、エリーナがギルド職員から聞いてきた話によれば、闇ギルドが深層部のボスモンスターを手なずけている可能性がある、という噂すらあるとか……。
「そんなのできるの……?」
「わからないわ。大半が噂レベルだけど、やたら信ぴょう性がある話も聞くのよ。あちこちで目撃証言があるし……」
「もしそれが本当なら、下位ランカーの僕たちはどうしようもないね……」
「ええ。でも、黙っていても状況が良くなるわけじゃない。ギルド上層部も何らかの動きを取るはず。大規模な討伐隊を編成するかもしれないし……」
僕たちが迷宮でコツコツと小規模な探索を続ける一方、裏では大きな波がうねりを増しているのを感じる。
そんな不穏さの中でも、ティアの明るさは失われない。
「むしろ、闇ギルドとか悪い連中を倒せば、私たちは一気にポイント爆上げじゃない? しかも可愛くて正義感あふれる美少女ってことで、みんながひれ伏すわ!」
「いや、その前に僕らが魔物の前にひれ伏すんじゃ……」
「そこは努力と運と根性と可愛さとか、なんやかんやで何とかするの!」
相変わらずの論理破綻だが、彼女の元気さに救われる場面は多い。僕も真面目に落ち込んでばかりいられない。
「でも、きっと僕たちにもできることがあるよ。迷宮の深部を踏破できるかは別として、少しずつ力をつけていけば、いずれ大きなクエストにも参加できるかもしれない」
「ええ、そうね。私も二人となら頑張れる気がするわ」
エリーナが力強くうなずく。僕とティアも笑みを交わした。
深緑の峡谷の底に広がる未知の迷宮。そこには恐るべき魔物と、暗躍するならず者たち、そして光り輝く秘宝やレアアイテムが眠っているのかもしれない。
僕たちはまだ入り口付近をうろうろするだけで精一杯だが、着実に前進している。ティアはえげつないドジを踏みながらも必死に食らいつき、エリーナの冷静な魔法支援と僕の地道な練習で、少しずつ戦える手応えを得つつある。
いつか、この迷宮で大きな実績を上げて、僕たちのランクも底辺を抜け出す日が来るだろうか。
そう願いながら、僕は拳をぎゅっと握りしめる。
「……よし、僕らにしかできない戦い方で、少しずつこの迷宮を攻略しよう。怖いけど、やるしかない」
「うん! 可愛いは正義、可愛いは最強!可愛いはのはわたし!つまり、わたしは最強よ!」
「……」
エリーナは苦笑しつつ、「でも、そういう勢いがなければこの迷宮は乗り切れないかもしれないわね」と続ける。
大きな陰謀の気配が広がる中で、僕たちは変わり始めている。ティアのへっぽこぶりをカバーしながら成長していく僕とエリーナ。いつの日か、この危険だらけの迷宮を堂々と踏破できるように――。
暗い洞窟の先で、何かが僕たちを待ち受けている。魔物か、ならず者か、あるいはその両方なのか。
だが、僕たちはもう立ち止まらない。小さな一歩を重ねて、いつか大きな一歩を踏み出すために。
可愛くて、そしてちょっぴりポンコツなティアとともに、僕たちの冒険はまだまだ続いていく。
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