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第七話 迷宮初潜入! そしてポンコツ炸裂

 翌朝。薄い朝焼けが仮拠点の天幕に差し込み始めるころ、僕たちは軽い食事と準備運動を済ませ、意を決して迷宮の入り口へ向かった。

 昨晩、一時は大勢の冒険者が拠点で休んでいたが、早くも先行組は出発したのか、周囲にはバラバラと少人数のパーティが点在しているだけだ。僕たちのように序盤は慎重に行くつもりの下位〜中位ランカーが多い印象を受ける。

「よし、いくぞ……怖いけど……」

「大丈夫よ、シヴァル。私がついてるから。で、エリーナがさらに私をカバーしてくれるから!」

「頼りになるのかならないのか……」

 軽口をたたきながらも、僕たちは崖沿いの梯子を使って迷宮の入り口へと下っていく。少し暗くて冷たい空気が、肌にまとわりつくような感覚。岩壁の湿っぽい匂いが鼻を刺す。

 やがて足が地面に着くと、そこには自然に広がる洞窟のような通路があった。ランタンや魔法の明かりがところどころに置かれているおかげで、まったくの暗闇ではないが、奥へ行くにつれて光は届かなくなる。

「……行こうか」

 エリーナが低い声で言い、魔法の光源を手のひらに生み出す。白くやわらかな光が、洞窟の壁を照らし出した。

 足元はでこぼこしており、ところどころ水たまりがある。足を滑らせないよう慎重に進む。ティアはいつにも増して口数が少ない。緊張しているのか、手の短剣をぎゅっと握りしめている。



 しばらく進むと、広めの空洞に出た。壁には苔が生えており、わずかに淡い緑の光を放っている。その光景は幻想的でもあるが、足音を響かせるたびに何かが蠢いている気配が伝わってきて、不安感が増す。

「ここ、少し開けてるね。何か出てきそう……」

「注意して」

 エリーナが魔力をわずかに高めた瞬間、背後の岩陰からバサバサと羽音がした。

「きゃあっ!? な、なになに!?」

 ティアが悲鳴を上げると同時に、コウモリのような小型飛行魔物が三匹ほど飛び出してくる。黄色く光る眼と、鋭い牙。耳障りな金切り声を上げながら、こちらに向かって突っ込んできた。

「わあっ、危ない!」

 僕は慌てて盾を構え、一匹を弾き返す。エリーナは素早く氷の槍を放とうと詠唱を始めるが、その前にティアが叫びながら短剣を振り回す。

「いやああああああああ! こっち来ないでー!」

「やめろ、振り回すなら目を開けて……!」

「きゃー!」

 案の定、全くの無差別攻撃。僕は必死に身をかがめて、思わず「刺さないでー!」と悲鳴を上げる。

 コウモリ型の魔物たちは予想外の動きに戸惑ったのか、一瞬ひるんだようだ。そこをエリーナが見逃さず、短い詠唱で二匹を氷のつららが貫く。

 残る一匹が天井近くに逃げようとしたところ、僕は低めに構えてから《エア・ブロウ》を発動。風の衝撃で岩壁に叩きつけ、どうにか動きを止めることができた。

「はあ……はあ……」

 戦闘が一段落し、緊張が緩んだのか、ティアが地面にへたり込む。

「ひ、久しぶりにあんなに飛び回る魔物を見た気がする……怖かった……」

「それにしても、ティア……相変わらず危ない動きするよね。魔物よりティアの方が恐ろしかったんだけど……」

「だって、目開けてたら魔物の姿が見えて怖いんだもん!」

「……もう少し冷静になろうよ……」

 エリーナが呆れつつも笑っている。

「でもまあ、一撃受ける前に倒せてよかったわ。ここはまだ序の口のはず。もっと強い魔物が出ることを考えると、やはり簡単には行かないわね」

「ごめんね、私……役に立ってないわよね」

「そんなことないよ。結果的に魔物がひるんだから、むしろ助かったかも」

「そ、そうなの? ほんと? 褒めてくれるの?」

「……微妙だけどね。まあ、結果オーライというか……」

 ティアは複雑そうな表情を浮かべるが、負けじと短剣を構え直す。

「も、もう大丈夫! 私、次こそちゃんとやるから!」

「頼むよ……僕らに当てないようにね」



 その後も、奥へ進むたびに小さな魔物との遭遇は続いた。コウモリ型やネズミ型、時折スライムのようなものも混じっている。どれも単体なら対処可能だが、注意を怠れば複数同時に襲われる危険がある。

 洞窟の通路は複雑に入り組んでいて、下に降りる道や横穴もいくつかあった。既に先行している冒険者たちが置いた目印があるところは助かるが、そうでない道は闇雲に踏み込むのは危険そうだ。

「ここ、どうする? 先に進む?」

 分岐点でエリーナが立ち止まり、僕を見る。ティアは「もう疲れてきたかも……」と息を切らしている。

「僕も正直、かなり疲れてる。まだ怪我はしてないけど、魔力がそんなに残ってないんだよね……」

「じゃあ、あまり深入りしないほうがいいかもしれないわね。今日は初日だし、この辺で一度引き返そうか」

「うん……そうしよう。危なくなる前に撤退するのがベストだと思う」

 僕は納得し、ティアも安堵の表情を浮かべる。だが、そのとき。

 奥の方からドタバタと足音が響いてきた。複数人の声がする。

「おい、逃げるぞ! ……くそっ、こんなところにあったのか!」

「ちょ、ちょっと待って、こっちに仲間がいるんだ!」

 声のする方を見ると、四人組の冒険者らしき人たちがこちらへ駆け込んでくる。服や鎧が傷ついていて、血を流している人もいるようだ。相当焦った様子だ。

「どうしたんですか?」

「で、でかい魔物が……ここは危険だ、逃げるなら急いだほうがいい!」

 彼らはそれだけ告げると、息を荒げながら分岐点を通り過ぎていく。すると、その背後から激しい唸り声が轟いた。

「……う、唸り声?」

「嫌な予感しかしないわ……!」

 岩壁を震わせるような振動とともに、暗がりから巨大な毛むくじゃらの影が姿を現した。鋭い牙が並ぶ大きな口を開き、どこか熊のような体格をしているが、目は真っ赤に光り、身体は岩の破片をまとっている。

「な、なにあれ……!?」

 ティアが青ざめる。僕も焦りを覚える。

「……危険だ。こんなの僕らで倒せる相手じゃない」

 魔物もこちらに気づいたのか、甲高い声を上げて威嚇してくる。逃げたいが、分岐点を塞ぐように立ちはだかっている形だ。

 エリーナが低い声で言い放つ。

「……私が魔法で隙を作るわ。その間にティアとシヴァルはあちらの通路へ走って。回り道をして入り口に戻りましょう」

「でも、エリーナは――」

「大丈夫、私もすぐに逃げる。いい? 時間は限られてるわよ」

 その言葉を聞き、僕は必死に頭を回転させる。相手は準中級か中級クラスの魔物だろうが、まともに戦えばまず勝ち目はない。ここは一か八か、エリーナに任せて退避するしかない。

 エリーナが素早く詠唱を始める。周囲の温度が一気に下がるのを感じる。

「《アイス・ラプチャー》――!」

 彼女の手元から放たれた冷気が、魔物の足下を凍らせる。魔物はたちまち動きにくそうに足をもがき、凶暴な唸り声をあげる。

「今のうちに、行って!」

 促されるがまま、僕とティアは駆け出す。だが、タイミングを悪くしたのか、魔物が大きく体を揺さぶった拍子に、壁の一部が崩れ、岩がティアの行く手を塞いだ。

「きゃああっ!」

 驚いたティアがその場で転倒。

「ティア!」

 僕は咄嗟にティアに駆け寄り、腕を取って立たせようとする。しかし、彼女の足首が岩の下に挟まれてしまっている。

「痛っ……ぐすっ、抜けない!」

「くっ……なんとか引っ張れば……」

 岩はそこまで大きくないが、力任せに動かすには時間が必要だ。魔物の唸り声がすぐそばまで迫っている。

「シヴァル、急いで!」

 エリーナの声が震える。彼女はさらに魔法を続けているが、相手も力が強い。氷を砕きながら、こちらへずるずると接近してきている。

「ティア、我慢して……っ!」

 僕は必死で岩をずらし、彼女の足をなんとか抜き出す。痛みでティアが声を漏らすが、骨までは折れていなさそうだ。

「立てる?」

「い、痛いけど……なんとか……」

 ティアが歯を食いしばりながら立ち上がろうとする。しかし、魔物はもう目と鼻の先だ。その強烈な殺気で血の気が引く。

 エリーナが限界なのか、激しく肩で息をしながら叫ぶ。

「くっ……! 《アイス・ランス》!」

 氷の槍を叩き込むが、魔物は厚い毛皮に守られているのか、痛みを感じていない様子。逆に怒りを増幅させたように、大きく口を開いてこちらを威嚇する。

「きゃああああ!」

 ティアが思わず悲鳴を上げる。そのまま目をつぶり、短剣を振り回そうとする仕草を見せたが――。

「ティア、目を開けてってば!」

 僕はすかさず彼女の手首を掴み、思い切り下に押し下げる。

「え、なによ……?」

「振り回すなら、いっそ魔物に向かって当てるんだ。僕やエリーナに斬りかかるのはやめろ!」

「で、できるかしら……」

「怖がるな! 僕も援護するから!」

 魔物は今にもこちらに飛びかかりそうだ。僕は盾を構え、ティアに小声で指示を出す。

「僕が前に出るから、横から突くんだ。そしたら少しはダメージになるかもしれない!」

「わ、わかった……!」


 僕は背筋を伸ばして盾を正面に掲げ、魔物に突進を誘うように足を踏み込む。案の定、魔物は牙を剥き出しにして僕に迫ってくる。

 ものすごい衝撃が盾越しに伝わり、体が浮きそうになるが、なんとか踏ん張って耐える。

「ティア、今だ!」

「きゃああ……えいっ!」

 震える声とともに、ティアの短剣が魔物の脇腹に突き刺さる。けれど、厚い毛皮の抵抗が強い。

「……!! かたい……でも……!」

 血が滲む。少しは効いたらしい。魔物が痛みを感じたのか、吠えながら身をよじる。その一瞬の隙をついて、エリーナが必死の魔法を放つ。

「――《フリーズ・ブラスト》!」

 冷気の嵐が魔物の頭を包み込み、動きを鈍らせる。完全には倒せないが、これで少し隙ができた。

「このまま逃げるわよ!」

 エリーナの叫びに呼応して、僕たちはすかさず後退を始める。ティアは足を引きずっているが、なんとか歩けるようだ。

 魔物も後を追おうとするが、再びエリーナの氷魔法を浴びて足元を凍らされ、その隙に僕たちは通路の先へと駆け込んだ。




 幸い、奥へ回り込む横道があったおかげで、魔物の視界から逃れることができた。通路を走り抜け、近道を使ってどうにか迷宮の入口へ。

 明るい外の光が視界に飛び込む瞬間、僕は全身から力が抜けそうになる。

「はぁ、はぁ……なんとかなった……」

「も、もうダメ……疲れた……」

 ティアはその場に倒れ込む。足の傷がじんじん痛むのか、涙目だ。エリーナもかなり消耗しているようで、肩を上下させて荒い呼吸をしている。

「……初日からこれじゃ、先が思いやられるわ。まさかあんな魔物が出てくるなんて……」

「うん……でも、今のでよく撤退できたよ……。ありがとう、エリーナ」

「私だけじゃない。ティアも、ちゃんと攻撃を当てたじゃない」

「そ、そう……かな……? 目を瞑ったまま振るより、目を開けて振ったほうがなんとかなるのね」

 本人も思わぬ手応えに戸惑っているのか、妙な納得顔をしていた。

「でも、もうこんな怖いのは嫌よ……。迷宮、やっぱりとんでもなく危険ね……」

「それでも、進まなきゃ何も得られないんだろうけど……僕らはまだまだ修行が足りないということだね」

「……そうね。すぐには奥へ進めないわ。少しずつ慣れていくしかないわね」

 僕たちは重い足取りで仮拠点へ戻った。そこにはすでに数組のパーティが休憩に来ており、同じように疲労困憊の表情でしゃがみ込んでいる人も珍しくない。

 中には負傷した仲間を手当てする場面も見られ、この迷宮の過酷さを改めて実感する。

 ――けれど、引き返すだけでは何も変わらない。僕たちはいつまでも底辺のまま。そうなるのは嫌だ。

 だからこそ、ティアのポンコツぶりと僕の弱さを合わせても、工夫次第で一筋の可能性をつかめるかもしれない。

 背中にのしかかる疲労を感じながら、僕は心を引き締めた。ティアにとっても、今の体験は大きなステップになるだろう。目を開けて攻撃を当てられたのは、一歩前進だ。

 まだ迷宮の一部を垣間見ただけ。その奥には、さらなる脅威と宝が眠っているという。

 周囲では、闇を抱えた者たちが何かを企んでいる気配も消えてはいない。僕たちはこの先、どれほどの困難に遭遇するのだろうか。

 しかし、止まってはいられない。ティアがいる限り、彼女と共に進むのが僕の選択だ


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