第六話 深緑の峡谷へ、いざ出発
第六話をすっ飛ばして、七話と八話を記載してしまっておりました。すいません(汗)
ティアのことポンコツと言えないですね...。
三日後の早朝、王都の北門には探索を目指す冒険者たちが続々と集まり始めていた。僕とティアとエリーナも装備を整え、きびきびと準備を進めている。
「食料はこれぐらい持ってれば大丈夫かな。ポーションも最低限だけど、足りなそうなら仮拠点で追加補給できるし……」
僕はリュックの中身を確認しつつ、呟くように言う。ティアは早くも緊張でそわそわしているようで、落ち着きなく周囲をキョロキョロと見回していた。
「やっぱりすごい人数ね……。あっちもこっちも、冒険者だらけ。みんな迷宮に向かうの?」
「そうだろうね。上位ランカーは先行して出発しているみたいだし、ここからさらに追いかける人たちも多いらしいよ」
「こ、こんなにたくさんの人が集まるなら、私たちみたいな下位ランカーは目立たずにこっそり行けそうだけど……」
「行くのは自由だけど、その分混雑もするし、下手すれば漁夫の利を狙った盗賊や無法者も隠れてるかもしれない。まぁ君が目立たないなんてことはないけど」
「わたしが可愛いすぎるからね! うう……でも、やっぱり怖い……」
そんなティアの弱音を聞きつつ、エリーナが淡々と前を歩く。
「大丈夫、王都から峡谷までの道は一応、ギルドが設定した合同ルートになっているわ。要所要所に見張りや警備がいるから、すぐに襲われることはないはず。ただ……通過ポイント以外のルートを選んだ人たちは守りきれないでしょうね」
確かに、近道をしようとして警備の薄い場所を通れば、盗賊と遭遇するリスクが高い。それも自己責任というわけだ。僕たちは安全策をとり、ギルドの推奨ルートを辿ることにした。
「よし、じゃあ出発しよう。今日中には峡谷の仮拠点に着くはずだから」
「うん!」
「はあい……なるべく転ばないようにしなきゃ……」
王都を出発して半日ほど経った頃、僕たちは仮拠点の設営地が近いという地点に差し掛かっていた。道中も冒険者の数は多く、ときには馬車や荷車で物資を運ぶ商人の姿も見られる。どこかお祭りのような騒がしさだ。
遠くを見渡せば、深緑の峰々が連なる峡谷が姿を現す。切り立った崖と木々が鬱蒼と生い茂る谷底。そこに大穴が開き、迷宮の入り口が確認されたという。
「わあ……すごい景色ね」
ティアが崖の上から見下ろすように言う。たしかに壮大だが、谷底の深さを考えると少し身震いしてしまう。
「ここから落ちたらひとたまりもないね……」
「言わないでよ、怖いわ……」
僕も谷を覗き込みながら、唾を飲んだ。周囲には結界石のようなものがいくつか設置されており、誤って落ちないように簡易的な柵も設けられている。
やがて道なりに進んでいくと、仮拠点と呼ばれるテント群が見えてきた。ギルドの紋章が掲げられた大きな天幕や、物資を保管する倉庫らしき建物もある。かなりの人数が詰めかけているようだが、受付が複数用意されているおかげで混乱は最小限に抑えられていた。
「ここが第一の拠点か……。思ったよりしっかりしてるんだね」
「だね。これなら物資の補給もできそう」
「ちょっと休憩して、あとは迷宮の入り口へ行くか決めましょう。今日中に突入してもいいけど、もし体力が消耗してるなら明日に回してもいいし」
エリーナの提案にうなずきながら、僕たちはまず受付でパーティの登録を済ませる。そこそこ並んでいたが、効率良く処理してくれるので案外スムーズだった。
「こちらにパーティ名とメンバーのランクを記入してください。現状、D級の方が一人と、あとは下位ランク……G級のお二人、ですね? はい、承知しました」
受付の女性は淡々と書類を確認し、許可証のようなカードを手渡してくる。
「この仮拠点にいる間は、そのカードを提示すれば休憩や物資の利用ができます。迷宮に出入りする際も同様に提示を求めますので、紛失しないようお気をつけくださいね」
「わかりました、ありがとうございます」
次いで、警戒事項の説明を受ける。迷宮内で起こったトラブルは自己責任であり、救助は保証されないこと。万が一危険に陥った場合には無理をせず引き返すこと。拠点ではポーションなどを定価で買えるが、数量限定の場合もあること。……などなど、注意点は山のようにある。
「やっぱり厳しそうね……」
「まあ、そりゃあね。命を落としたり、重傷を負う人も少なくないだろうし」
ティアとエリーナがそんな会話を交わす中、僕は拠点の様子を改めて見回した。戦闘の準備をしているパーティ、情報交換に必死な冒険者、一足先に迷宮へ入ったけれど戻ってきたのか、すでに疲労の色を見せている人も。
そんな中、遠くで見かけたのは、黒服の集団。王都で見かけたならず者風の連中に似ている……。彼らは拠点には入らず、少し離れた場所でこちらを監視するように立っている。
気づかれないように目をそらし、僕は眉をひそめた。
(どうしてあんなところに……。やっぱり迷宮を狙ってるのかな)
できれば関わりたくないが、同じエリアにいる以上、まったく無視もできない。僕は軽く気を引き締め直す。
受付手続きが終わって落ち着いた頃、ティアがやたらとそわそわし始めた。
「ねえ、シヴァル。まだ行かないの? 迷宮の入り口ってどこにあるのかしら?」
「もう突入したいの? まだ夕方前だけど、行くだけ行ってみる?」
「行くわよ! 私、来たからにはすぐ突っ込みたいんだから! 可愛いさと早さは紙一重なのよ」
「その理論は謎だけど……まあ、ちょっと偵察がてら入口を覗いてみてもいいか」
エリーナは少し考えてから、
「じゃあ、短時間だけね。無理に潜るのはやめて、入口付近の様子を確認したら戻ってこよう。もし余裕があれば、一層目だけ試しに入ってもいいけれど……体力を使いすぎないように」
「はーい!」
ティアはやたらと意気込む。僕は彼女のポンコツぶりが爆発しないか内心ヒヤヒヤしながらも、仲間とともに拠点を出発した。
拠点から崖沿いの道を少し下ると、やがて大きな穴が開いた場所に辿り着く。周辺には臨時の足場や梯子が設置されていて、そこから迷宮らしき地下へ降りていくようだ。すでに何組かの冒険者が行き来していて、ざわめきが広がっている。
「すごい……本当に地面が裂けてるのね」
ティアが恐る恐る穴を覗き込む。下は薄暗く、奥はまるで深淵のようだ。
「どんな構造になってるのかな。洞窟みたいになってるって聞いたけど……」
「とにかく暗そうだし、篝火や魔法の明かりが必要かもしれないわ。落石とかも怖いし、慎重にね」
エリーナがそう言うや否や、ちょうど入口から地上に戻ってきたパーティの一人が倒れるように座り込んだ。額に冷や汗をかき、呼吸も荒い。仲間が必死に介抱している。
「まさか……また魔物に襲われたのか?」
「奥に行くと、かなり強い魔物がうろついていた……。探索に慣れたはずの俺たちが、いきなり危ないところだったぜ……」
聞こえてきた言葉に周囲がざわめく。やはり簡単には進めないか。僕も背筋がぞっとする。
「どうする、シヴァル?」
「うーん、今日はやめておこうか。入口だけ見に来たかっただけだし、準備もまだ万全じゃない。行くなら明日の朝一番からのほうがいいと思う」
「そ、そうよね……。私も、実際に見たらなんだか怖くなってきたし……」
珍しく弱気になったティア。しかし、その目には好奇心も残っているようだ。
「でも、やっぱり潜りたいわ……。今は気持ちが追いつかないけど、明日になったら絶対に挑戦するんだから!」
「その意気は買うけど、焦りは禁物だよ」
「う、うん……」
僕たちは入り口周辺を軽く見て回り、自然に開いた裂け目の岩肌や、そこから吹き上がる湿った空気を感じつつ、早々に引き上げることにした。
どうやら迷宮の構造は予想以上に複雑で、しかも入ってすぐの地点から中級以上の魔物が出没している可能性が高い。僕やティアのような下位ランカーは、迂闊に深入りすれば一瞬でゲームオーバーだろう。
だからこそ、慎重に、そして確実に一歩ずつ進むしかない。
仮拠点へ戻る途中、またしても気になる影がちらついた。例の黒服の連中が遠巻きにこちらを観察しているようだったが、エリーナが気づいて少し鋭い視線を返すと、さっと姿を隠した。
「嫌な感じね……。もし彼らが盗賊か、あるいは闇ギルド関係者だとしたら……」
「でも、僕ら下位ランカーを狙っても大した利益にはならないんじゃない? もっと大物やレアアイテムを狙うはず……」
「甘い考えは捨てたほうがいいわ。相手にとって襲えるかどうかが重要で、そこに価値があるかどうかは二の次の場合もある。ああいう連中は、自分より弱い者を狙って金品を奪うことも厭わないわ」
エリーナの言葉は重い。確かに、僕たちは弱い。格好の標的になり得るだろう。
「大丈夫だよ! 私、なんとか一太刀くらいは可愛く入れてみせるから!」
「可愛い一太刀とは...」
ティアが肩をいからせて言うが、正直、その自信がどこから来るのかは謎だ。
「まあ、逃げる判断も大事だよ、ティア。命あっての冒険なんだから」
「ふえぇ……」
少し情けない声を上げるティア。
ともあれ、僕たちは無事に仮拠点へ戻り、その日はそこで夜を越すことにした。探索開始は明朝から。しっかり休息を取り、明日に備える。
広い天幕の下には、宿泊スペースが用意されていて、多くの冒険者が眠りについている。活気があるのは昼間だけで、夜はランタンの明かりがぽつぽつと点るだけ。外からは谷を吹き抜ける風の音が聞こえる。
「すー……すー……」
隣で寝袋に潜り込んだティアは、あっという間に寝息を立て始めた。まったく……緊張感があるのかないのか。
ふと視線を上げると、向かい側でエリーナが目を閉じずに横になっている。彼女も何やら考え事をしているのだろうか。視線が合うと、微かに微笑んだ。
「シヴァル、明日はまず入口付近を少しだけ探索して、様子を見ましょう。ティアが大騒ぎするだろうけど、全滅しないようにフォローしないとね」
「うん。大きな怪我をしない範囲で……。あとは、僕らに倒せる魔物がどのくらいいるのか、実地で確かめないと」
「ええ。無理は禁物。もし何か不穏な動きがあったら、すぐに引き上げること。……正直、下位ランカーのあなたたちには厳しい場所だと思う。私だって全部フォローできるかはわからないわ」
「それでも、僕たちは挑戦したい。エリーナがいてくれるだけでも心強いよ」
エリーナは小さく肩をすくめ、そっと目を閉じる。
「明日を無事に過ごせるよう祈りましょう。おやすみなさい、シヴァル」
「おやすみ、エリーナ」
寝袋に横になり、瞼を閉じる。天幕の外では風が木々を揺らし、何か獣の遠吠えのような音がかすかに響いている。
恐怖と期待、そしてほんの少しの高揚感――あらゆる感情が胸を乱す中で、僕は次第に意識を手放していく。
明日は、僕たちにとって初めての本格的な迷宮探索となる。ティアのポンコツぶりがどこまで炸裂するのかも、正直想像がつかない。
けれど、この一歩を踏み出さなければ、何も変わらないのだ。
僕たちの冒険が、いよいよ始まる。