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第三十話 シヴァルには覚悟が必要?

 D級となった僕たちのパーティは、中層の少し奥まで探索できるようになった。もちろん無理はしない範囲で、数日おきにクエストを請け負い、ポイントをコツコツと稼ぎ続ける。闇ギルドとの直接衝突は避けられずとも、回避や撤退を含めた柔軟な戦い方ができるようになった。


姫になりきったティアは騎士役の僕にやたら親しげに接してくる。

「シヴァル〜、ここ危ないから可愛い私をお姫様だっこして移動してよ!」

「いや、さすがに無理があるよ! 狭いし足元もぐらついてるから!」

「えー、姫は騎士様に抱き上げられて運ばれるのが常識じゃないの?」


……と、相変わらずの大騒ぎ。周囲の冒険者が苦笑する中、僕は赤面しつつ「勘弁して〜」と力の限り拒否する。そんなやり取りが増え、周りからは「ホントに仲がいいね」などと噂される始末だ。

でも、恥ずかしい反面、嬉しさがあるのは否定できない。ティアが真剣に僕を頼ってくれる、そんな日々が続くなら悪くないかも……とさえ思う。


――だが、秘密を抱えたままの僕には、どうしても引っかかる部分がある。

ここまでティアと男女として近づいていいのだろうか? いや、そんなわけはない。


そんな葛藤を抱えたまま、ある日の夕方、僕とティアは中層クエストを終えてギルドへ戻った。エリーナは別の用事で先に帰っていた。少し疲労が残るが、大怪我はない。順調にこなしたという感じだろう。


「はぁ〜、今日もまあまあスムーズにいったね。姫も大満足なんじゃない?」

僕が言うと、ティアは得意げに胸を張る。

「当たり前よ! 騎士様もなかなか頑張ったし、可愛い私を危険から守ってくれたもの。でも私も相当活躍したでしょ? 短剣の扱いも上手くなってきたし!」


確かにティアは以前より冷静に敵を見極め、躊躇なく短剣を振るえている。姫気取りのポンコツキャラは変わらないが、中身は確実に成長しているのがわかる。

「うん、さすが姫様」

「でしょ! ……でも、シヴァルはもっと褒めていいのよ?」

「ははは、はいはい。いつもありがと」


僕たちが軽口を叩き合いながらギルドの玄関をくぐろうとした、そのとき。

「おい……シヴァルとティア! 騒ぎになってるぞ!」

顔見知りの受付職員が焦った様子で走り寄ってくる。何でも奥の部屋で大声が聞こえ、誰かが「ライラ」の名前を叫んでいるらしい。ライラ――以前から僕らと一緒に闇ギルドの装置を壊したり、古代教団の礼装を調べたりしていたギルドの調査員だ。


「ライラさんがどうかしたの?」

「わからないけど、闇ギルドとのいざこざがあったって話だ。急いで向かってくれ!」


僕とティアは即座に動く。ギルドの奥へ駆け込み、扉を開くと――そこにはライラが血を流した姿で床に倒れていた。周囲に散乱した書類の中には、見慣れた紋様が記されたものが含まれている。


「ライラさん……! 大丈夫ですか!?」

「う、うう……ごめんなさい、ギルドが手薄な瞬間を狙われてしまったわね……」

ライラは苦しそうに肩を押さえている。どうやら闇ギルドの手下か誰かが奇襲を仕掛け、古代教団の資料を奪って逃げたらしい。


「なんてこと……すぐ手当てを!」

ティアがポーションを取り出すが、ライラは「ありがとう」と弱々しい声で受け取って口に含む。そして深呼吸をしてから、かすかに笑みを作った。


「ごめんなさい、私は先ほどまで書類を整理していて……深部の扉に関する重大な手掛かりを見つけたんだけど、その瞬間を狙われてしまったみたいね」

「重大な手掛かり?」

「そう。たぶん……古代教団が扉の封印に使っていた儀式の方法が部分的に記されていたのよ。あの礼装に似た紋様や魔術回路……これを逆手に取れば封印を解くことも可能だろうし、逆に安定させる手段も書かれている可能性があった。おそらく闇ギルドは前者――封印を解く方に使おうとしているのね」


ライラの目が血をにじませながら鋭く光る。どうやら奪われた資料が闇ギルドの手に渡れば、深部の扉が強引に開かれるかもしれない。


「それってまずいよね……今すぐ追いかけないと!」

僕が焦ると、ライラは頭を振る。

「でも相手はもうどこに逃げているのか……騎士団が動くだろうけど、闇ギルドは狡猾よ。そう簡単には追いつけないかもしれない」


ティアが歯噛みするように唇を噛む。

「じゃあ、このまま座視してたら扉が開いちゃうの? 深部には恐ろしい魔物がいるって話だし、闇ギルドがそこを拠点化したら大変だわ……」

「そう……だから私も何とかしなきゃと思うけど、この怪我で当面は動けないわ。あなたたち、手を貸してくれる?」

「もちろん!」

ティアが即答する。僕も強く頷いた。


「資料は全部奪われたの?」

「一部だけはコピーが残っているわ。闇ギルドが持っていったのは封印解放の手順が詳細に書かれたページみたい。こっちにあるのは封印を補強する方法とか、儀式を行う際の注意点ね。もともと古代文字だらけでまだ解読途中だけど……もし真相を知りたいなら、これを使って考察するのがいいかも」


ライラは痛みをこらえながら書類の束を手に取り、ティアに差し出す。そこには確かに、あの礼装の紋様によく似た魔法陣が描かれている。さらに読みづらい古代文字で「聖女を迎える」「二重の封鍵」などというフレーズがちらほらと記されていた。


「……聖女ってなに? 礼装をまとった女性のことを指してるのかしら?」

ティアが興味深そうにページをめくる。ライラはゆっくりと首肯する。

「そう考えられるわ。古代教団では、特定の条件を満たした女性を聖女と呼び、封印や儀式を執り行ったらしい。その力は、外からの衝撃を受け止めるバリアを形成できるとも――」


バリア。その言葉に、ティアの瞳が瞬く。

「私の可愛いバリア……もしかして、その聖女の力と関係あるの?」

ライラは痛そうに息をつきながらも「可能性はあるわ」と答える。

「あなたが礼装を身に着けたときの現象や、石板に触れたときの微かな反応……もしかすると、古代教団が封印の儀式で用いた能力に似通っているのかもしれない。今はまだ仮説だけど」


「まさか……私が聖女の代わりになるの?」

「それは私にもわからない。だけど、扉を開くか守るか、両方の道がある以上……あなたの力は鍵になるかもしれないわ」


衝撃的だ。ティアが聖女候補? 可愛いバリアが実は深部の封印に関連する力? そんな荒唐無稽な話、信じられない気もするが、思い当たる点がないわけではない。


「……もし本当なら、闇ギルドがティアを狙うかもしれないじゃないか。あまり外で派手に動くのは危険だよ」

僕が訴えると、ティアは少し怯えた顔をするが、すぐに笑みを作って首を振る。

「大丈夫。姫は可愛いバリアがあるんだから! シヴァルは騎士として私を守ってくれるんでしょ?」

「そ、それは……もちろん守るけど」

僕はどぎまぎしながら返答する。自分が抱える秘密を思い出してしまう。――僕は本当に騎士の役を全うできるのか?


ライラはそんな二人のやり取りを見て、小さく笑う。

「ふふ……あなたたちなら大丈夫な気がする。でも、今はまだその力を安易に使うべきじゃないわ。古代教団の儀式はきっと危険が伴うはず。私が怪我から復帰したら、改めて協力を頼むかもしれない。その時までに、準備を整えておいてくれる?」

「もちろんやるわよ! 姫は世界を救うんだから!」

ティアが力強く宣言し、僕も強く頷く。


――すると、ライラがふと真顔になり、僕をじっと見つめた。

「シヴァル、あなた……もし本当にティアを守るなら、覚悟が必要よ。たとえ自分の素性がどんなものであれね――」

「え……?」


その言葉に、胸が強く波打つ。まるで彼女が僕の秘密を見透かしているかのようだ。見られてはいけないものを見られたような恐怖と戸惑いがせめぎ合う。

「ううん、なんでもない。気を悪くしたならごめんなさい。でも、私には何となくわかるの。あなたもまた、何か重大なものを隠しているってこと……」


ライラはそれ以上何も言わず、エリーナや職員が駆けつけてきたので治療と調査に戻っていった。僕はその場に立ち尽くし、ティアが不思議そうに首をかしげるのを横目で見やる。


「シヴァル? どうしたの? 顔色悪いよ」

「あ、いや……大丈夫。ちょっと緊張しただけ……」


嘘だ。まったく大丈夫じゃない。ライラの言葉が頭から離れない。僕は自分の性別を偽り、男としてこの世界を生きてきた。仲間たちにも一度も明かしていない。ティアと距離が縮まるほど、いつかは言わなきゃと思いながら、怖くて言えなかった。

もし明かせば、関係が壊れるかもしれない。ティアが抱いてる男の騎士様としての好意が全部崩れてしまうのではないか……。


そんな葛藤を抱えているうちに、物語は容赦なく動き出す。

闇ギルドが深部の封印を解こうと動き、ティアは聖女の力に目覚めかけている。そして、僕は秘密を抱えたまま、彼女を守る騎士になろうとしている――。


真実が暴かれるときは、すぐそこまで来ている。

そして、それは必然的に様×姫君の恋模様を大きく揺さぶることになるだろう。



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