第二十五話 セーフなら実質ノーカウント!
ランク再査定を目前に控えたある朝。
ティアは宿の部屋で、つい先日ギルドから正式返却された礼装を前に、目を輝かせていた。白を基調に金糸の刺繍があしらわれたその衣装は、元々古代教団のものと推定されている。大きな呪いは確認されなかったが、特殊な魔力が仕込まれているらしく、結局専門家ですら詳細は掴みきれなかったのだという。
「ふふん……ようやく私の元に戻ってきたわね! 可愛いものは、可愛い人にこそ相応しいってことよ!」
彼女は得意げに布を広げ、しきりに裾のドレープや金糸の紋様を撫でている。まるで宝物でも扱うかのように、その表情からは完全なる喜悦が伝わってきた。
「それ、本当に着ちゃうのか……? 専門家も安全だけど正体不明の魔力があるって言ってたし、慎重にしたほうがいいんじゃ……」
部屋のドアから顔を覗かせた僕は、少々心配になりつつ問いかける。ティアはチラリとこちらを見て、鼻をふん、と鳴らした。
「いいじゃないの! 呪いはないって確定的に明らかなのよ!それに、可愛い服を着てこそ私のバリア理論が捗るってもんでしょ? 可愛いはバリアになるんだから!」
「確定的に明らか...とは。それはさておき、まだ理論が確立されたわけじゃ……」
「シヴァル、あきらめなさい。あの子にそう言うと余計燃えるだけよ」
背後からエリーナが呆れ顔で肩をすくめながら出てくる。数日前にティアが可愛いバリアを半ば偶発的に発動(?)して以来、ティアはさらに自分の新理論を信じ込んでいて、誰の言うこともなかなか耳に入れようとしない。
「まあ、もし変な作用が出たら、すぐに医務室に連れていくわ。それだけは肝に銘じてちょうだい」
「分かってるってば! 私、さっそく着てみるから、シヴァルたちは外で待ってて!」
そう言ってティアは、白い礼装と自前のピンク鎧を両手に抱え、部屋の奥へ消えていく。やがてバサバサと布の擦れる音や、「うーん、ここが窮屈かも……」「腰痛はもう平気だし……いけるわ!」などというひとり言がドア越しに聞こえてきた。
僕とエリーナは顔を見合わせて苦笑する。何かドジを踏まなければいいのだが……。
数分後、バタンと扉が開いた。
「ジャーン! 見て! 可愛い礼装&ピンク鎧の最強コラボよ!」
そこに立っていたティアは、礼装を上から羽織り、その上に無理やりピンクの軽鎧を組み合わせている。腰回りにはリボンを結んで、白とピンクのコントラストは確かに可愛らしいが社長が激しい。古代教団の厳かな雰囲気はどこへやら、見事にティア流アレンジの産物となっていた。
「うわ……結構すごい組み合わせ……」
僕は口を半開きにしたまま呆然とする。白い礼装の清廉さとピンク鎧の華美さがぶつかり合い、何とも言えぬ光景だ。
「似合ってると思わない? フリフリ感が増して可愛いでしょ!」
「……ああ、うん……すごくティアらしいね……」
エリーナは額を押さえながら「もはや芸術の域かもね」とつぶやく。
正直、外見だけならインパクト抜群だ。だが、この奇妙なミスマッチが果たして実戦でどんな効果をもたらすかは未知数と言わざるを得ない。もっとも、ティア本人は完全にウキウキで、さっそく宿の鏡に向かってポーズをとっている。
「よーし、これで本当に可愛いバリアが完成するかも! 何となく、礼装が柔らかい光を帯びてる気がするのよね……」
「気のせい……じゃないといいけど。でもまあ、テンションが上がるならいいのかな」
僕は無理に否定せず、褒めて伸ばす精神である。今はランク再査定まで数日を切っていて、僕らは最後の実績稼ぎに迷宮へ向かう予定だ。もしこの礼装アレンジで上手く力が引き出せるなら、当面の目標であるD級への道も近づくかもしれない。
「じゃあ、行こうか。エリーナ、準備はいい?」
「ええ、どうせならサクッとクエストをこなしてポイントを稼ぎたいわね。ティアがまた転ばないことを祈るしかないけど」
「大丈夫よ! 最近は足元だってちゃんと見てるし、腰痛も完治してるんだから!」
こうして、ティアの礼装+ピンク鎧という衝撃のスタイルで、僕たちは意気揚々と宿を出発した。
……同じ宿に泊まっていた他の冒険者たちは、ティアの姿を見て「うわ、まぶしい……」「闇を払ってくれそうだけど、なんか気が抜けるんんだよな」と口々にささやいていたが、それすらティアは「みんな私の存在が眩しくてしょうがないのね!」とポジティブに受け取っているらしい。
王都近郊のギルドに立ち寄り、今日のクエストを確認すると、中層の安全確保に関する案件がいくつか並んでいた。その中でも「新たに発見された小規模の横穴を調査し、魔物や罠がないか確かめてほしい」という依頼が手頃そうだ。
さっそくエリーナが受付で詳細を聞いていると、担当職員が「ああ、実は先行したパーティが一度入ったんですが、体調不良を訴えて戻ってきまして……」と眉をひそめる。
「体調不良? 何か有毒なガスでも出てるのかな」
エリーナが訊ねると、職員も「その可能性が高いですね」と答える。要するに、毒対策をしていけば大丈夫かもしれないが、一歩間違えれば危険。
僕はティアを振り返る。彼女は例の礼装をなびかせながら、「毒程度なら私の可愛さでどうにかなる!」と自信満々だ。いやいや、それはならないだろう。
「でもまあ、解毒ポーションを多めに持っていけば対応できるかもしれないし……どうする? 引き受ける?」
「うん、あまり高度な戦闘はなさそうだし、横穴の探索ぐらいなら腰にも負担は少ないわよ」
ティアが微笑む。エリーナもうなずき、「気をつけて進めば、そこまで難しくないはず」と同意する。
こうして僕たちは解毒ポーションや毒ガス対策のマスクを準備し、例の横穴へ向かう。ギルド職員曰く、「入り口が少し崩れているので、足元に注意してください」とのこと。ドジりがちなティアにとっては要警戒ポイントだ。
さらに数時間後、中層の奥にあるその横穴に到着する。確かに崩れた岩や土が散乱していて、通路が凸凹している。足を滑らせれば大怪我しかねない。
「ひゃあ……気をつけなきゃ。可愛い姿で盛大に転ぶのは勘弁だわ……」
ティアは礼装の裾を捲り上げながらつぶやくが、さっきまでの自信満々とは違い、少し緊張しているようだ。
奥へ入ると、異様な臭いが鼻を突く。どこか湿った腐葉土のような匂いに混じって、甘酸っぱいような、嫌な刺激を感じる匂い……確かに体調を崩しそうな空気だ。僕たちは慌ててマスクを装着する。
「うわっ、こんなにむせるとは……解毒ポーションも用意してるけど、どんな毒なのか分からないね」
「大丈夫よ! 礼装が魔力を防いでくれるかも? そして私の可愛さがバリアになれば怖いものなし!」
ティアは珍しく慎重な動きで一歩ずつ進みながらも、口調は相変わらずの強気。エリーナが「まったく、あまり当てにしないでほしいわね」と呟きつつも、魔法で空気を少し浄化しながら後に続く。
さらに進むと、やはり軽い毒ガスの類が漂っているらしく、岩壁にキノコのような苔が生えていた。触ると危険そうだが、僕らが魔法で焼却しながら先へ進む形だ。
「あまり奥にはないかもね。小規模だって言ってたし……おや?」
エリーナが足を止める。どうやら行き止まりらしき空間に小さなくぼみがあって、そこに何かが置かれているようだ。
僕たちが近づいてみると、石板のようなものが見える。古代文字が刻まれており、所々苔に覆われている。どうやら魔術的な遺物の可能性がある。
「この石板、礼装の紋様と似てる……かも?」
ティアが興味深げに覗き込み、そっと手を伸ばす。確かに、礼装の金糸に使われている文様と、石板に刻まれた文様がどこか類似している気がする。深部に存在した古代教団の関連品だろうか。
「危険な仕掛けがあるかもしれないわね。下手に動かすのはやめておきましょう」
エリーナが警告する。僕はあくまでもこれは調査クエストであり、戦利品を根こそぎ持ち帰る依頼ではないことを思い出す。つまり、ギルドに報告さえすれば充分なのだ。
ところが、ティアはその石板をじっと見つめたまま動かない。礼装の裾がほんのりと揺れ、かすかな光が揺らめいているようにも見える。僕が思わず目を凝らすが、あまりはっきりとは分からない。
「ねえ、シヴァル……。この石板、呼吸してるみたい……」
「呼吸? ただの見間違いじゃないの? 空気の流れとか……」
「違うわ。私、何かうにょうにょを感じるの。この礼装と石板が共鳴してるみたい……」
その言葉に、エリーナもひそかに構えを取る。まさか呪術的な仕掛けが始動するのでは……? だが、今のところ爆発や霧のような動きはない。
ティアはゆっくり礼装の胸元を握りしめ、石板の文字を指先でなぞる。すると、薄い光が走り、二秒ほどで消えた。まるで鍵を探しているかのような印象だ。
「……やっぱり、古代教団が深部の封印に使ってた礼装なのかな」
僕がつぶやくと、ティアは少ししょんぼりした顔で首を振る。
「だとしても、ここじゃ何も起こらないみたい。ふう……せっかく私の可愛さがいい感じにバリアっぽい力を発揮し始めたのに、こっち方面はまだよく分からないのね」
「まあ、勝手に封印とか扉とかを開いても困るし。ひとまず今日のクエスト目的は安全確認なのよ? あまり深入りしないで、戻ってギルドに報告しましょう」
エリーナの言葉に、ティアは「ちぇっ……」と唇を尖らせつつも肯定する。確かに毒ガスが充満するこの横穴に長居はしたくない。
こうして僕たちは石板のことや通路の毒ガスの有無、迷宮モンスターが見当たらない状況などを記録し、ゆっくりと入口へ引き返した。途中でキノコ苔を焼き払うなどして、少しは安全確保に役立てただろう。
礼装と石板の微妙な反応が気になるが、今できることは少ない。ギルドやライラがいずれ詳しく調べてくれるかもしれない。
帰り道、ティアは細い道の段差で数回転びかけたが、礼装が足に絡みそうになるときは何とか踏みとどまっていた。こんなに慎重なティアは初めてかもしれない。
「ふふん、やっぱり私の可愛さが進歩してるから、転ばなくなってきたわね!」
「いや、さっき三回くらい転びそうだったけど……」
「セーフなら実質ノーカウントよ!スポーツのソカーでも、シュートしてゴールに入らなければどんなに惜しくても点数が入らないでしょ!」
「むむむ、珍しくそれっぽいことを言ってる」
僕が突っ込むと、エリーナは吹き出しそうになりながら「まあ、怪我がないならいいか」と笑みをこぼす。
こうして今回の横穴調査クエストは大きなトラブルなく終了。帰還報告を済ませると、ギルドからは「ご苦労様です。途中で石板を発見されたんですね? 専門家を派遣して本格的に解析します」と言われ、無事に報酬とポイントを受け取った。
「やったー! もうすぐ再査定だし、これでランクアップに近づいたかもね!」
ティアが喜色満面でぴょんぴょん跳ねる。一方、礼装はやや汚れてしまったが、ティアが「洗えばいいのよ!」と強気なので何も言うまい。
「そういえば、石板を見たときの礼装の光……あれ、何だったんだろう」
僕がふと思い出して呟くと、ティアは目をきらめかせて囁く。
「きっと、可愛いバリアへの道筋を教えてくれてるのよ、古代の人たちが! 深部の扉が開く前に、私が新たな力を得るのかもしれない!」
強引な理屈に聞こえるが、ティアの信念は揺るぎない。彼女がこうして声高に叫ぶたび、周囲の冒険者は「またやってる……」と苦笑したり、「意外と頑張り屋なんだよな……」と感心したり、反応は様々だ。
少なくとも僕やエリーナにとっては、この奔放な可愛さが一番の原動力になっているのは間違いない。
「さあ、あとは再査定を待つだけ……私、絶対D級になって見返してやるんだから!」
ティアが自信たっぷりに宣言する。周囲からは「今のままでも充分まぶしいよ(物理)……」という呟きが聞こえてくるが、当の本人は全く気にしない。
闇ギルドの影が色濃くなっていることは承知の上で、僕たちはさらに力を蓄える。その先にある大きな戦いを想像しながら――可愛い礼装に身を包んだティアは、今日もポジティブ全開で突き進むのだ。




