第二十二話 謎の可愛い礼装
ライラとともに、闇ギルドが仕掛けたらしき杭(振動装置)を一つ破壊した僕たちは、そのまま中層のさらに奥へと進んでいた。どうやら似たような装置が複数存在し、封印を揺さぶるような振動を発生させているらしい。
その道中、通路の隅で奇妙なものを発見した。汚れた布袋のようなものが放置され、中を覗いてみると……
「……これ、礼装っぽいわね。白いローブと金糸の刺繍……」
エリーナが広げたそれは、高貴な儀式用の服のようだが、どこか年代物の雰囲気を感じる。シミや埃がついていて長く放置されていた形跡がある。
ただ、その模様には見覚えがあった。迷宮の入口付近に飾られている古代教会のシンボルと似ているのだ。深部に何らかの聖域があるなら、そのための礼拝衣……とも考えられる。
「この礼装、すごい手の込みようね。昔の聖職者が着ていたのかしら」
ライラがまじまじと眺める。ティアは興味津々だが、服がやたら泥まみれなのが嫌なのか、少し距離を置いている。
「私、せっかく可愛い服でも、こんなに汚れてたら着たくないわ……でも、洗ったらもしかしてすごく綺麗になるかも?」
「……え? まさか着るの?」
「だって可愛いじゃない! この金糸の刺繍、私のピンク鎧とも合いそうだし!」
さすがに僕も「いくらなんでも呪いの装備かもしれないし、着るのはやめておいたほうが……」と止めに入るが、ティアはローブの装飾を確かめるように指でなぞり、目を輝かせている。自分の発想(可愛い魔法)に使えないかと、ひそかに考えているらしい。
「変な呪いがかかってるかもしれないのよ。やめておきなさいって」
エリーナが諭すように言うと、ティアは少し悩んだ後、渋々ローブを袋に戻した。
「むむ、そうね……一応ギルドに持ち帰って鑑定してもらってからでも遅くないわ!」
その発言に、ライラが微笑んで付け加える。
「いいわね。もしかしたら何か特別な力が秘められてるかもしれないし。危険がないなら活かしてみるのも一手。……ただ、闇ギルドの罠の可能性もあるから、慎重にね」
僕たちはその礼装を回収し、再び通路を進む。しかし、ティアはどうにも気がそぞろの様子だ。チラチラと袋を気にしては、何やらブツブツつぶやいている。
「(可愛い魔法を実現するヒントかも……? この刺繍、なんだか魔力の流れを整える紋様に似てる気がする……!)」
どうやらティアなりに、謎の可愛いバリアや可愛い魔法を具現化する糸口を見出したのかもしれない。いつもの軽率さを考えると少し危なっかしいが、彼女の好奇心は止められない。
さらに進むと、案の定もう一つの杭が見つかった。今度は通路の天井付近に打ち込まれており、アクセスが難しい位置にある。ライラが「ちょっと厄介ね……」と呟き、ロープを使って近づこうとするが、足場の狭さが問題だ。僕が盾を構えて下で支え、エリーナが軽く浮遊魔法を使ってライラをサポートする形でなんとか近づけそうだ。
「よし、じゃあ私たちでライラさんを支えるから、あの杭を外してもらいましょう」
僕がそう提案し、エリーナも頷く。ところが――
「私も手伝うわよ! こういうときに可愛いアクションをこなさなくちゃ!」
ティアが唐突に名乗りを上げた。ロープを握りしめ、ピンク鎧をきしませながら天井へ向かう勢いだが、あのドジっ子ぶりを考えるとヒヤヒヤしかしない。
「ちょ、ティアはいいよ! 落ちたら危ないじゃないか!」
「失礼ね! 私だって成長したのよ? 偽物やオーガを倒したときの活躍を思い出して!」
「確かに……でも、まだ空間把握には難があるでしょう? さっきも小石につまずいてたし」
いくら言ってもティアは「大丈夫大丈夫!」と耳を貸さない。結局、ライラと協力して杭を外す段取りになったが、天井近くで魔力の干渉があるのか、杭からピリピリした電流が漏れ出しており、二人とも集中力を要求されそうだ。
僕とエリーナは下でロープを確保し、周囲を警戒しながら見守る。ライラは器用に片手で魔法を使いながら杭をいじり、ティアも「可愛いは平気!」などと気合いを入れて補助する。
ところが、杭を外す直前、突如として強い稲妻が走る。バチン! と鋭い音が通路中に響き、ライラが小さく悲鳴を上げる。
「くっ……このトラップ、意外としつこいわね……!」
杭の根元が抵抗を強め、バリバリと火花を散らしている。ライラが片手で押さえるが、勢いが止まらない。むしろ増幅しているかのようだ。
「や、やばそう……! 下がって――」
エリーナが叫ぶが、すでにロープを握って天井近くにいるティアは逃げ場がない。ライラも片手がふさがっていて、大きく後退できない。
「どうする……!?」
僕も焦るが、ティアが不敵に笑ったのが見えた。
「大丈夫よ! 私の可愛いバリアがここで役に立つんだから!」
意味不明な宣言をかますなり、ティアは片手で杭を押さえるように接触し、もう片方でライラの肩を抱え込む形で抱き寄せる。
「え、ティア、やめて、危ない……!」
盾を構えようにも天井まで届かないし、どうしようもない。エリーナも魔法で稲妻を相殺しようとするが、空間が狭すぎて狙いを定められない。
目を瞑り、ぎゅっとライラを庇うようにしたティアの鎧がバチバチッと激しく放電する。それでも、思ったほどダメージを受けていないのか、ティアは必死に歯を食いしばって耐えていた。
「う、うぐぐ……痛いけど……私、可愛いから大丈夫……かな? きゃああっ!」
最後は悲鳴が出たものの、何とか杭の動きを止めることに成功。ライラがタイミングを見て呪文を解き放ち、稲妻はシュルルと消えていく。
やがて杭はパリンと割れ、魔力のこもった核が壊れたらしく、完全に力を失った。
「……はあ、はあ……ティア……あなた、すごいわね……」
ライラが青ざめた表情で言う。かなりの衝撃だったのか、体が震えている。ティアも頬を引きつらせながら苦笑いを浮かべていた。
「も、もう……痛かったんだから! でも、わりとイケると思わなかった? ねえ、シヴァル!」
「イケるって何が……!? 普通なら感電して落下してもおかしくなかったんだよ!」
「えへへ……だから可愛いバリアよ。絶対私の愛らしさが稲妻をはね返したに違いないってば!」
ティアは根拠不明の理論を力説する。実際には鎧の金属部分が衝撃を吸収し、さらにライラの魔法がうまく相殺してくれたのだろうが、まあ本人が元気ならそれでいいか……という気もしてくる。
結果、二本目の杭も無力化。僕たちはホッと胸を撫で下ろすが、ライラの目がわずかに険しくなる。何かを思い出したように深呼吸してから、言葉を選ぶように口を開いた。
「……ティアさん、あなたの可愛い魔法理論、あながち冗談では済まされないかもしれないわ。古い文献には、自己暗示の極致で魔力を増幅させる術式も記されている。あなたはそれを本能的にやっているのかもしれない」
「え、えっ……? ま、ホント!? 私、本当に可愛いでもうバリア張れちゃってる!?」
「わからないけど、今の状況を見れば否定しきれない面もあるわね……」
ライラは少し笑みを浮かべ、「あの礼装の刺繍なんかも、もしかしたら術式のヒントになるかも」と付け加える。
ティアは目をキラキラ輝かせ、先ほど拾った礼装袋を抱きしめるように持ち上げた。
「わーい、やったー! 私、帰ったらすぐに洗って着てみる! これで可愛いバリアがより強化されるかも……!」
「ちょ、ちょっと待って、それは勝手に着るのは危ないってさっき言ったばかり……」
「いいのいいの! 可愛いも危険も、冒険者の特権なんだから!」
相変わらず止まらないティアの暴走発想に、僕とエリーナは頭を抱える。ライラは少し微笑んで、「ふふ、ほんと面白い子」と呟いたが、その瞳はまるで研究者が未知のサンプルを見るような光を宿していた。もしかして、ライラも可愛い魔法に興味を抱いているのだろうか? 彼女が何者なのか、ますます気になってくる。
杭を二本破壊し、さらに中層の奥まで歩を進めたが、これ以上の装置は見当たらなかった。どうやら当初の任務は一通り完了したらしい。ライラは記録用の手帳にメモを取りながら、くるりとこちらへ振り返る。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、闇ギルドの妨害装置を2本も除去できたわ。これで深部に与える振動はだいぶ減るはず。ひとまず、ここまででいいと思う」
「いえ、こちらこそ貴重な経験になりました。……でも、装置はまだほかにもある可能性が?」
僕の問いに、ライラは苦い表情を浮かべた。
「ええ、たぶんまだあるわね。私が後日、別の調査隊と合流して探す予定。あなたたちには危険すぎる場所もあるから、無理はしないで」
「……そうですか。わかりました」
迷宮深部に近づけば近づくほど、魔物の強さや闇ギルドの本拠地に近づくリスクも上がる。下位〜中堅レベルの僕たちでは太刀打ちしきれない場面が増えるだろう。
ライラは最後に軽く礼を述べてから、僕らの手を握りしめる。
「協力ありがとう。あなたたちのおかげで私も助かったわ。ティアさん、その礼装をちゃんと洗って着るつもりなら、呪いとかの検査も忘れずにね?」
「う、うん! 任せて! 絶対に可愛い格好に仕上げてみせるんだから!」
ピンク鎧の少女と、紫ローブの女性が笑い合う。何とも奇妙な光景だが、悪い感じはしない。
こうして、ライラは一足先にギルドの奥へ向かう別ルートを進み、僕たちは来た道を戻る。帰り道、ティアは終始ご機嫌で、「私、本当に可愛いバリアを発動できるかもしれない!」と大はしゃぎだった。
「まったく……軽く感電しながら、よくそんなにポジティブでいられるわね」
エリーナが呆れつつも微笑する。僕は心底ホッとしていた。彼女が無事でよかった。
さらに、ティアが拾った礼装は確かに興味深い代物だ。こんな奥深くで放置されていたなら、何らかの歴史的背景があるだろうし、下手をすれば古代の秘術が仕込まれているかもしれない。
「でも、着るのは本当に慎重にしてよ? ギルドの専門家に見せてからでもいいんじゃ……」
「そう思うでしょ? でも私、可愛い服が目の前にあると我慢できない性格なのよ!」
「性格って言い切るところがどうなの……」
こうして、ふたたび大きな期待とほんの少しの不安を抱えながら、僕たちは仮拠点へと帰還した。
その夜、宿の一室でティアが張り切って礼装を洗い始めたのは言うまでもない。早くも翌朝には乾くよう、魔法石で乾燥させようと試みているらしい。
「どんな呪いが隠されているかもわからないのに……本当に大丈夫かな」
僕がボソッと呟くと、エリーナは「まあ、何かあってもあの子なら笑って乗り越えるんじゃない?」と半ば呆れ顔で言った。
いずれにしろ、可愛いバリアの謎は次第に形を帯びてきたような気がする。まさか本当に魔法理論として成立するのか――僕は半信半疑だが、ティアが発する不思議なエネルギーを思うと、まんざら冗談でもないかもしれない。
闇ギルドの闇が深まるほど、彼女の可愛さも光を増す? そんな馬鹿げたファンタジーが現実になるとしたら、世界はもっと面白くなるだろう。




