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第十三話 可愛い鎧と大泣き

「さーて! 今日も可愛いピンクの鎧を身につけて、いざ出陣よ!」

 ティアは朝から元気よく仮拠点のテントを飛び出す。せっかく修繕した胸当てはフリルが増し、リボンまで追加されていて、正直僕は目をそらしたくなるほど眩しい。

「何度見ても派手だな……」

「シヴァル、もっと素直に『ティアちゃん可愛いね』って言っていいのよ? 遠慮しなくていいわ!」

「遠慮も何も、実際まぶしいだけなんだけど……」


 そんなやり取りに、エリーナが苦笑する。

「まあ、本人がやる気を出せるなら何よりだけど……それを言い訳にまた転んだりしないでね」

「大丈夫大丈夫、最近は短剣の扱いにも慣れてきたしね! あ、ほら、こんな感じでシュバッ!」


 ティアが見本を示すように腰をひねり、短剣を華麗に振る……つもりが、刃先がテントのポールに引っかかり「ガキンッ!」と嫌な音が響いた。

「ぎゃあっ!? て、手首をひねるところだったわ……」

「……もう少し落ち着きなよ」


 またもや周囲の冒険者たちから生温かい視線を浴びつつ、僕たちは「仕方ない」と肩をすくめ、迷宮へ向かった。


 今日はまず、入り口近辺で小さな魔物を討伐して、軽くウォーミングアップをする。ここで体を慣らしたあとに、中層の入り口に向かう――それが僕たちの予定だ。

 ……が、予定通りにはいかなかった。

 まだ浅い層を歩いている段階で、どこからともなく黒いローブ姿の人影がこちらを見ている気配を感じる。あの不気味な「闇ギルドの一味かもしれない」と警戒し、僕たちは自然に身を寄せ合った。

「シヴァル、あそこ……」

 エリーナが視線で示した先に、二人ほどの人影が動くのが見える。こちらに攻撃するつもりかどうかは不明だが、どうにも嫌な空気だ。

「ここで戦闘になっても厄介だし、少しルートを変えようか……」

 僕の提案にうなずき、三人で回り道をしようとした矢先、ティアが「やだっ!」と声を上げる。

「私のリボンがひっかかった! ぎゃああっ!」


 なんと、道脇の岩に鎧のフリルリボンをがっつり絡ませてしまい、身動きが取れない状態なのだ。いつの間にこんなことに……。

「もう、だから言ったじゃない! あんまり派手なのは……」

「うう、でも可愛いんだもの……痛っ、取れない……! あ、ああ~!」


 急いで助けようとすると、背後から「行くぞ、捕まえろ!」という声が響き渡る。先ほどの黒ローブが、こちらに気づいて動き出したのだ。

 僕は焦りに焦って、ティアのリボンを「ブチり」とむしり取るようにして解放。ティアは「きゃああ、私のリボンがぁぁ!」と悲鳴を上げながら尻もちをつくが、それどころではない。


「シヴァル、逃げるの? 戦うの?」

「……とりあえず場所を変えよう! ここは通路が狭いし、不利だ!」


 エリーナの氷魔法で後方を牽制し、僕とティアは慌てて走る。途中、ティアが何度も転びかけるが、今日は幸い転倒まではしないようだ(リボンをちぎってしまった甲斐があったのかも)。


 そのまま僕たちは一気に別の通路へ入り込み、くねくねした道を曲がりくねってようやく一息つく。

 後ろを振り返ると、もう黒ローブの姿はない。まるでさっきのは威嚇だけだったかのようにも思える。

「はあ、はあ……いったい何だったの……」

「怖いわ……私たちを狙ったのかしら。可愛い女の子をかどわかそうとしてるのかな……?」

「その発想はどうかと思うけど……まあ、盗賊にとって弱そうに見えるパーティはいい標的だし」


 やはりこの迷宮は、人間同士の争いが厄介だ。僕たちは中層に向かうモチベーションを残しつつも、「いつ襲われるかわからない」という警戒で足が重くなっていた。




 しかし、ここで止まっていられない。僕とエリーナは再び地図を確認し、警戒しながら先へ進もうとするが、ティアがふいに立ち止まった。

「……もう嫌……」

 泣きそうな声が耳に飛び込む。

「ティア?」

「私、さいきん何やっても転ぶし、フリルはやぶれるし、リボンはちぎれるし……さっきからなんか怖い人に目をつけられてる気がするし……」

 そう言うと、ティアは目に涙を溜め、肩を震わせた。いつになく不安定だ。確かに彼女はいつも元気いっぱいで突っ走っているが、その分、怖さや悔しさを抱え込むことも多いのだろう。

「わ、わかった。いったん落ち着こう。ここは少し安全そうな場所だし……」

「でも……うっ、ぐすっ、もう……私、全然上手くいかないもん……私なんか、可愛いだけが取り柄なのに、それさえも台無しになっちゃって……!」


 ティアが大粒の涙をボロボロこぼしはじめる。汚れた頬に涙が伝って、ピンクの鎧には鼻水が垂れている。いつもの残念っぷりが加速し、周囲はなんとも言えない空気に。

 僕は慌てて彼女の肩を叩き、エリーナもそっと近づいて髪を撫でる。

「大丈夫、そんなに思いつめなくても……」

「そうよ、ティア。あなたが可愛いのは否定しないわ。ただ、戦闘中にリボンを絡ませるのは問題だけど……」

「だって……わああん!」


 ついにティアは声を上げて号泣を始めた。僕とエリーナはおろおろしながらも、なんとかなだめようとする。

 細い通路に響くティアの泣き声は、魔物どころか人間にも丸聞こえだろう。いくら安全そうな道とはいえ、これはまずい。

「ティア、とりあえず……ほら、このハンカチで涙と鼻水を拭いて。落ち着いたら、また考えよう」

「ぐすっ……う、うん……」

 ティアは僕が差し出したハンカチで顔をぐしゅぐしゅに拭き、一度息を整える。まだ目は赤く腫れているが、大声の発作は収まったようだ。


「……ごめん。私、また大騒ぎしちゃった……」

「いや、仕方ないさ。誰だって怖いものは怖いし、失敗が重なれば泣きたくなるよ」

「本当、私ってポンコツ。ああ、こんな姿、人に見られたくないのに……」

 まだ泣きべそをかくティアの頭をエリーナがポンポンと叩く。

「……でも、あなたはそのポンコツさを笑い飛ばす力があるじゃない。泣いた後はきっと、いつものバカみたいに前向きなティアに戻れるわよ」

「うん、そうねって、バ、バカってひどい……でも、エリーナが言うなら……」


 エリーナの口調は冷たいが、その実すごく優しい。ティアもそれを感じ取ったのか、「ふええん……でもありがとう……」ともう一度泣きじゃくる。

 僕たちはその場でしばらく休憩し、ティアが落ち着くのを待つことにした。鼻をすすりながら涙を拭う彼女を見ていると、いつもの自信満々なティアも、内心では相当なプレッシャーを感じているんだろうと思う。

 可愛いだけでは生き残れない世界。下位ランクゆえの苦労。あふれる恐怖と挫折が、ティアの胸をいっぱいにしていたのだろう。




 十分に気持ちを落ち着けた後、僕たちは改めて中層へ行くかどうかを話し合う。ティアはぐしゅぐしゅの顔を擦り、少し意地を張るように言った。

「……私、行くわ。確かに怖いけど、ここで逃げたらずっと下位ランカーのままじゃない……?」

「うん、僕も行きたい。深部は無理でも、せめて中層でまともに戦えるようにならないと、次のステップにも進めないし」

「あなたたちがそう言うなら、私も付き合うわ。ただし、盗賊や闇ギルドを見かけたらすぐ逃げるのよ? 無理して死んだら意味ないからね」


 ティアは先ほどの大泣きが嘘のように気合いを入れ直し、短剣を握りしめる。目はまだ赤いが、その表情にはさっきとは違う芯の強さを感じた。

「リボンがちぎれても、フリルが泥だらけでも……私、可愛いをあきらめないし、冒険もあきらめないから!」

「……うん。いつも通り、強引だけどそのまま突き進もう」


 ちょうどそのタイミングで、通路の奥からコウモリ型の魔物が数匹飛来してくる。以前ならティアは目を閉じてわめくだけだったが、今回はきちんと前を見据えて短剣を構えた。

「い、いくわよ……えいっ!」


 ティアはコウモリの一匹が突っ込んでくるタイミングに合わせ、冷静に短剣を振り下ろす。斬撃は見事に命中し、小柄なコウモリ魔物が悲鳴を上げて地面に転がった。

「やった……!」

「おお、すごいじゃない!」

「わ、私にもできるもん……うれしい……!」


 背後から二匹目、三匹目が襲ってくるが、エリーナが素早く魔法で動きを封じ、僕が盾で一撃を防いで衝撃波を放つ。連携がうまくハマり、すぐに残りの魔物も撃退できた。

「ふう……最初に比べると、かなり安定してるね」

「ぐすっ……よかった……さっき少し泣いちゃったけど、立ち直れた……ありがとう、シヴァル、エリーナ……!」

少し?と思ったが今は言わないぬが花と、僕は思った。


 ティアの涙はまだ乾ききってない。でも、今度のはうれし涙に近いかもしれない。僕はそんな彼女を見て、胸がじんわりと熱くなる。

 弱くてもポンコツでも、泣きながらでも、彼女は諦めない。僕も見習わなきゃな。




 その後も、僕たちは慎重に迷宮を探りながら中層の入り口へ向かう。何度か魔物と小競り合いをしつつ、盗賊らしき人影を警戒しながら……。

 結局、その日は大きな危険には遭遇せず、入り口近くの小部屋で軽く魔物を狩っては引き返す、というスタイルを繰り返した。特別な収穫はなかったが、確実に経験を積んだ手応えがある。

 ティアも前ほど大騒ぎしないし、何より泣き止んだあとの集中力が見違えるほど高い。戦闘でのミスはまだ多いが、心の落ち着き方が少し変わったのかもしれない。


「私、もうちょっと頑張れると思ってたけど……結構疲れたわ……」

 戻る道すがら、ティアがフラフラとよろけて座り込む。僕らもかなり消耗しており、体力も魔力も残りわずかだ。

「今日はこれで限界だね。精神的にも消耗してるだろうし……」

「そ、そうね。明日以降も無理せず行こう。焦って突っ込んで、命を落とすのは絶対に避けたいから」


 こうして僕たちは仮拠点へ帰還した。鼻をすすりながらも、ティアの目はやや晴れやかだ。

 テントに入り、彼女がポンコツなりに雑巾で鎧や短剣を拭きながら、「今日はあんまり活躍できなかったけど、明日こそは……!」と小さく誓っている姿を見ていると、僕まで少し胸が熱くなる。

 大声で泣くのはきっとティアの弱さであり、同時に強さでもあるのだ。大騒ぎしながらも、それをバネに一歩ずつ進む姿は、決して「ただの泣き虫」なんかじゃない。

 エリーナが隣でそっと笑みを浮かべる。

「大丈夫、ティアは明日にはまたケロッとして可愛いは正義よ!とか言って騒ぐわ。……でも、たまにはこういう涙も悪くないわね」

「うん、そうだね……」


 僕も、あの大泣きがけっして無駄ではなかったと信じたい。

 まだ中層奥への本格攻略は遠い道のりだが、泣きながらでも前に進むという意志が、いつか大きな結果を生むだろう。

 ……そのとき、ティアはまた鼻をすすりながら、「ふんっ、私のランクも、そろそろ上がってもいいのよ?」などと呟いていた。

 ――彼女の思いが届く日は、そう遠くないかもしれない。その時は僕が心の底に沈めたままの事実を打ち明けよう、と思ったのだった。


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