第十二話 キラキラ魔石は手放せない!
仮拠点の大きな天幕の中。僕は、地図を眺めながら深いため息をついていた。
「……うーん、どうしたものか」
すぐ隣ではティアが「ふんふんふーん♪」と鼻歌を歌っている。例のピンクの軽鎧を誇らしげに身につけ、意味もなくその胸当てを磨いている姿は、実に派手で落ち着きがない。
「シヴァル、どうしたの? そんなに考え込んで。もしかして、私の可愛さについて学会で論文を発表したいとか?」
ティアがまるで当然のように言う。
「違うよ……。最近、中層で採れる魔石や鉱石の情報がちらほら出始めて、みんな躍起になってるでしょ。でも同時に、盗賊や闇ギルドが暗躍してるって話も聞くし、気をつけないと……」
「そういうネガティブなのは置いといて、さあ冒険に出発しましょう! 今日は絶対にレアアイテムをゲットするの!」
「いや、置いとけないんだけど……」
僕が呆れ顔をしていると、エリーナがテントの向こうからひょいと顔を出す。
「二人とも、準備はいい? 今日こそもう少し奥まで進んで、私たちの実力を確かめるわよ」
「もちろん、オッケーよ!」
ティアは勢いよく立ち上がり、まるで自分が隊長であるかのように両手を振り回す。
僕たちは迷宮の入口から、いつもよりやや奥へ進み始めた。序盤の通路には小型魔物がちらほら出る程度で、もはや苦もなく対処できるようになったのが小さな成長だ。
奥へ進むにつれて足元の苔が厚くなり、時々、岩肌に淡い光を放つ魔石の結晶が見え隠れする。まだ活路が未知の道なので、慎重に一歩ずつ進まなければいけない。
「おっ、あれは……?」
ティアが目を輝かせて指さした先に、岩壁の割れ目からキラキラと輝く石の破片が突き出している。まるで水晶のように透明感があり、うっすら虹色の光を反射しているのだ。
「わあ、キレイ……これって、もしかして高価な魔石だったりしない?」
「うーん……どうだろう。こんなところに露出してる石が、そう簡単に高価とは思えないけど……」
僕が慎重に答える間もなく、ティアは突撃して岩の割れ目に手を突っ込む。
「うぐぐ、けっこう奥に刺さってる……でも、こういうレアっぽい石を見つけたら私のランクがぐーんと上がるかも!」
「ちょ、ティア、あんまり無理やり……」
しかし時すでに遅し。ティアは全力で引っ張ったせいで、バキッという音とともに岩が砕け散り、勢い余って尻もちをついてしまう。
「きゃああっ! いてて……あれ? 抜けた……!」
彼女の手には、大きさにして拳ほどの光る魔石のカケラがしっかり握られていた。見れば先端が割れており、実際はもともともっと大きな結晶の一部だったように見える。
「なにこれ……キラキラしててすっごく綺麗!」
ティアはキラキラ石を抱きしめ、頬ずりまでしている。実際、ファンタジックな色合いが美しいが、だからといって高値になるかどうかは不明だ。
「もしかして、すごい魔力を秘めた石だったりして? 私、いきなり大金持ちになっちゃう?」
「……そう簡単な話ではないと思うけどなあ」
僕は半ば呆れつつ、それでもティアが楽しそうにしている姿を見て否定しきれない。下位ランカーにとって、こういう小さな希望が明日を支える一歩にもなるのだから。
ところが、その石を拾ってからというもの、なぜかティアにいつにもまして小さなトラブルが多発し始めた。
岩陰を通ろうとすれば頭をぶつけ、足元の水たまりに滑って盛大に転び……普段からドジとはいえ、さすがに頻度が増しているように感じる。
「もう痛い痛いっ……何なのよ、今日はツイてないわ!」
ティアが泣きそうになりながら叫ぶ。ピンク鎧は泥や苔で汚れまくり、かろうじてフリルの形は保っているが、見た目は散々だ。
「もしかして、その魔石のカケラに呪いでもかかってるんじゃない?」
エリーナが真顔でぽつりと呟いた。
「え、えぇっ、呪いぃ!? やめてよ、そういうホラーちっくなの……」
「……まあ、魔石で呪いが発動する事例を聞いたことはないけど、あまりにタイミングが悪いから一応警戒しないとね。ティア、手放すのはどう?」
「ええー! こんな可愛い石、せっかく私が見つけたんだもの! もったいない!」
ティアは目を潤ませながら、必死でカケラを握りしめる。どうやら簡単には手放さないつもりらしい。
「ま、まあ、確かに呪いなんてオカルトかもしれないし……一応、しばらく持ち歩いて様子を見ようか。でも、変なことがあったらすぐに捨てるんだよ」
「……わかってるわ」
ティアは不安そうにしながらも、その石の美しさに未練たらたらの様子だ。
その後も探索を続けていると、通路の先からザザッという足音が聞こえ、何やら複数人の声が混ざり合っていた。
「待てっ! お前ら、そこで何してる!」
視線を向けると、ギルド警備隊の装備をした男たちが、こちらをにらむように歩み寄ってくる。どうやら盗賊の見回りをしているらしい。
「僕たちはただの冒険者です!」
僕が慌てて手を振ると、警備隊の男は「今、この辺りで盗賊が目撃されたって報告があったんでな。注意して進めよ」とだけ言い残し、去っていく。
「盗賊……ここにも出るかもしれないのか。面倒ね」
エリーナが険しい顔をする。その隣ではティアが妙にそわそわしている。
「ねえ、シヴァル。私、ちょっと思いついちゃったんだけど」
「……なんか嫌な予感がするんだけど、何?」
ティアは声をひそめ、懐からキラキラ石(魔石のカケラ)を取り出すと、得意げに胸を張った。
「この石をエサにして、盗賊をおびき寄せるってのはどう? 『レア魔石売ります』とか言って誘い出して、逆に捕まえるの!」
「ええっ……そんな危ないマネしたら、普通に襲われるだけじゃない?」
「大丈夫よ! 私、可愛いから。何とかなるでしょ!」
「意味がわからないんだけど……」
エリーナも腕を組んで深く眉を寄せる。
「ティア、それただの自殺行為にしか見えないわよ。盗賊と対等に渡り合うには、まだ私たちの戦力が心もとないし」
「むむう……そっか、残念」
あっさり却下されたティアはがっくり肩を落とすものの、「でもいつか私がもっと強くなったら絶対試してみたいわ!」と、妙な復讐心を燃やしているようだ。
そんな頓珍漢な策略を未遂に終わらせた後、僕たちは新たな通路へ足を踏み入れた。ここは他の冒険者があまり入っていないのか、足跡や目印が少ない。
奥に進むと、またしてもティアが何かを拾い上げる。今度は古びた小さな宝箱の欠片らしきものだ。
「ねえ、これ見てよ! 箱のフタっぽくない? ってことは、この近くにお宝が眠ってるんじゃないかしら!」
「ちょ、また変なもの拾わないように気をつけてよ……」
僕が止めようとするが、ティアは嬉々として「隠された財宝を見つけるのは冒険者のロマンよ!」などと大騒ぎを始め、周囲を手当たり次第に探索しはじめてしまう。
「そもそも、その箱のフタみたいなのが価値あるのかどうかも怪しいよ? ただの木の破片かもしれないし……」
「うるさいわね! 夢がないわよ、シヴァル! こういうのはポンポンと閃きで行動するの!」
言いながらティアがしゃがみこむと、勢い余って鎧のフリル部分が岩に引っかかり、ビリッという嫌な音がした。
「ぎゃああっ! フリルがああああ!」
「またやったのか……」
これで本日何度目のドジだろう。どうにもティアのトラブルが相次ぐが、あの石の呪いのせいか、それとも元々の残念スキルが本日は絶好調(?)なのか。正直、判断がつかない。
結局、その通路からは特にめぼしいものは見つからず、謎の木片だけがティアのコレクションに追加されることになった。ちなみに、ドジって裂けた鎧のフリルは、僕が応急処置で布を巻き付けて誤魔化した。
やがて帰還しようと引き返していると、今度はスライムの大群に行く手を塞がれた。緑色や青色、ゼリー状の身体がうようよ蠢いている光景は、ある意味壮観だが、こちらとしては厄介だ。
「わああ、気持ち悪い……!」
ティアが悲鳴を上げるが、戦力としてはスライムごとき大した脅威ではない……はず。しかし、数が多い。下手に踏み込みすぎると絡みつかれて厄介だ。
「まとめて風魔法で吹き飛ばせればいいんだけど……僕の魔力じゃ全部を一掃するのは難しいな」
「なら私がまとめて凍らせるしかないわね。シヴァル、できる限り時間稼ぎしてくれる?」
「任せて!」
エリーナが氷魔法を準備する間、僕はスライムの群れを盾と微弱魔法で牽制し、ティアは……というと、謎の魔石のカケラと木片を交互に見つめながら「これで何か攻撃できないかしら?」などとぶつぶつ言っている。
「ティア、普通に短剣で援護して!」
「待って。私、いま発明しそうな気がするのよ! 『木の破片+魔石=強力な杖』みたいな!」
「そんな即席が成功するわけないでしょ!」
案の定、ティアは脈絡なくカケラを木片に押し当て、無理やり紐で巻きつけ始める。
「ほら、見てよ! 光ってるわ!」
「そりゃ石が光ってるだけだよ!」
そんな珍妙な動きをするうち、エリーナの魔法が完成。
「《アイス・ウェイブ》……!」
広範囲にわたる冷気の波がスライムの群れを一気に凍結し、ぱりぱりと氷漬けになったスライムたちがそのまま動きを止める。
「すごい……!」
僕が感嘆の声を上げると、エリーナは小さく息をつき、疲れた表情を浮かべた。
「これで通れるわね。念のため砕いておいた方が良いかも」
ティアが短剣を構え、「よーし私が砕くわ!」と息巻くが、その魔石付き木片を振り回そうとして、自分の足を危うく殴りかけたので、僕が止める。
「だから普通に短剣使って! そのへん訳のわからないアイテムで叩かないで!」
「夢があるでしょ! 夢に振り回される....。 夢に振り回される....か。人間の哀しき性ね」
ティアが遠い目で自己完結したりと不毛なやり取りを続ける。そんなこんなで何とか凍ったスライムを粉々にして道を切り開いた僕たちは、ヘトヘトになりながらもどうにか仮拠点まで帰還した。
帰還後、ティアは一目散にギルドの簡易鑑定所へ駆け込んだ。拾った魔石のカケラが本当にレアものか確かめたいらしい。
しかし結果は、「ただの光る魔石の破片。魔力は微弱で市場価値は低い」との辛口評価。
「うわああん! せっかく私が苦労して抜き取ったのに!」
ティアは目に大粒の涙を浮かべるが、すぐに「でもまだわからないわ。いつか本当の価値が出るかも!」と意地を張り、魔石のカケラを捨てずに大事そうにしまい込む。
一方で、この日一日のドジっぷりが加速していた事実もあり、ティアは「やっぱり呪いとかの影響なのかなぁ」としょぼんとした後に、「私の可愛さで呪いなんか吹き飛ばすわ!」とすぐに強気に出ている。
「まったく……この先も、無駄にトラブル増えたりしないといいけど」
僕は思わず頭を抱えるが、実際、ティアにはある種の運が働いている気もする。彼女の騒ぎっぷりが、結果的に新しい発見を呼び込むこともあるからだ。
翌日以降、中層探索が本格化し、さらなる強敵や盗賊と対峙する可能性が高まる中、これが吉と出るか凶と出るかは、まだわからない。
ただひとつ言えるのは、ティアは決してめげないということ。ポンコツでドジだろうと、変な魔石を抱え込もうと、彼女の突き進むエネルギーが僕たちを前へ引っ張ってくれるのも事実だ。
――かくして謎の魔石のカケラは、なんとも言えないままティアのコレクションとなった。




