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第十一話 新装備での初陣!

 翌朝、僕たちは早速迷宮へ出発した。今日は「中層の入口あたりまで足を伸ばしてみよう」というのが作戦だ。もう入口付近で小物相手にポイントを稼ぐだけでは限界がある。

「いよいよ私の新装備が火を噴くわ! ほら、見て見て、可愛いピンクの光沢……うふふ」

 ティアはキラキラした笑顔で胸当てを撫で、フリル部分を誇らしげに揺らしている。僕はその様子に「周囲の怪物じゃなくて、そのフリルがこっちを攻撃してこないかな……」と妙な不安を覚えた。

「でも、舐めてかかったら危ないわよ。中層は入口や浅い層よりはるかにモンスターが強いらしいから」

 エリーナが冷ややかに警告し、僕も同意する。

「そうだね。ティアも、無茶は禁物だよ。それと、くれぐれも目を開けて斬ってね……僕らを斬るのは本当にやめてよ。絶対だよ!ふりじゃないからね!」

「そんなに言わなくてもわかってるわよー! 私だって学習してるんだから!」


 迷宮に入り、しばらくは浅めのルートを通って少しずつ奥へ進む。コウモリやネズミ型の魔物はもはや余裕をもって対処できるようになっていた。ティアも短剣を振るいながら、慣れた調子で小型モンスターを仕留める。

「ふふん、私、ここまで余裕よ?輝いてるんじゃない?」

「……まだ入り口付近だからね」

 僕が冷静に突っ込むと、ティアは「ちょっとは褒めてよ!」と頬を膨らませる。その後ろでエリーナがクスリと笑う。


 そんなこんなで、中層と呼ばれるエリアへ通じる大きな下り坂へ辿り着いた。ここまで来るのは初めてだ。周囲には点々とランタンが置かれているが、魔物の襲撃が増えたのか、壊れたまま放置されたものも多い。

「……一歩先は未知の領域ね。やるなら気を引き締めないと」

 エリーナが深呼吸してそう呟く。周囲はやや広い空間になっており、複数の通路が合流しているらしい。

「ここで迷ったら危険だし、一度地図を見よう」

 僕は簡易地図を広げるが、中層の詳細はほとんど空白だ。先行組が残したメモが少しだけ頼りになる程度で、「ここで強敵と遭遇」「この辺りで幻惑の魔物に苦しめられた」など物騒な書き込みが目立つ。

「読めば読むほど行きたくなくなるわね……でも行くんだけどさ」

 ティアの怯え混じりの声に、僕も小さく笑って頷いた。


 坂を下り始めて数分、広めの通路を進むと、不意に強い風が吹き抜けた。高い天井のどこかに隙間でも開いているのだろうか。冷気が肌を刺す。

「うっ……寒いわね。私、可愛いから寒がりなのよ」

「可愛さと寒さに関係はないと思うけど……」

 ふと視界の奥に大きな影が動くのを感じ、僕は咄嗟に止まった。

「……あれ、何かいる」

「ほんと? ええと……わわ、なんか大きい!」

 ティアも目を凝らすと、熊のような輪郭がうっすら見える。以前見た怪物熊かもしれない。僕たちは慌てて身を隠す。

「や、やばいかもしれない。あれにもう一度出くわしたら、ひとたまりも……」

 僕の心臓がどくどくと鳴る。エリーナもさすがに顔を強張らせた。だが、幸いにもその影は僕らに気づかないまま通路の奥へ移動していくようだ。足音が遠のいていく。


「助かった……ほんとに危なかったね」

「ま、まあ、私にかかれば……」

「嘘をつけ」

 僕が即座にツッコミを入れると、ティアは「むう」と顔を膨らませた。ピンクの鎧が微妙にきしむ音がして、なんとも落ち着かない雰囲気である。


 そのまま奥へ進むと、今度は低い呻き声がこだまする通路に出た。石畳の一部が崩れていて、何やら赤黒い液体が広がっている。

「……血痕? 誰かが負傷したのかな」

 エリーナの声がかすかに震える。これほど大量の血痕を見たのは、僕たちも初めてだ。

「やめようよ、こんなところ……私、怖い……」

 ティアが泣きそうな顔をするが、ここで引き返すのも得策かどうか微妙だ。もう少しだけ進んで安全そうなルートがあればそちらに回りたいところ。

「大丈夫、一人じゃないから。慎重にね」

 僕はなるべく落ち着いた声で言う。三人で距離を保ちながら進むと、うずくまるように倒れている人影を見つけた。

「えっ……生きてるかな?」

 ティアが駆け寄りそうになるのを、エリーナが静止する。

「待って。もしかしたら罠かもしれない。盗賊がわざと気を引いてる可能性もあるわ」


 緊張がピークに達する中、僕はそっと近づいて声をかける。すると、その人影が微かに動いた。どうやら本当に負傷しているようだ。

「くっ……あんたたち……下位ランカーなのか……?」

 苦しげに目を開いたのは、中年の男性だった。腕と足に怪我を負っているらしいが、盗賊風でもない。冒険者の装備を身にまとっている。

「大丈夫ですか? 応急処置くらいなら……」

 僕たちが持っていた高魔力度数のポーションのひとつを渡すと、男性はゆっくりと少しずつ飲み干す。

「助かる……まったく、油断してた。盗賊に襲われて、魔物まで連携されちゃあどうしようもなかった。仲間と逸れて……ここまで逃げてきたんだが……」

「やっぱり、闇ギルドか盗賊か……。大丈夫、少し休んでから一緒に引き返しましょう」

 エリーナが男性を支え起こす。彼は辛そうに顔をゆがめつつも感謝の言葉を口にする。

「ああ、すまない。悪いが、少し歩けるようになるまで護衛してもらっていいか……?」


 僕たちの予定では、このまま中層を探索するつもりだったが、負傷者を放っておくわけにはいかない。

「仕方ないわね。私たちも無理するより、ここでいったん引き返すのが賢明かも」

 ティアも、頷きながら男性を気遣うように覗き込む。

「痛そう……私、痛いのは無理だわ……」

「ケガになれたんじゃなかったっけ……」


 そうして、僕たちは予定を変更し、中層の入口から引き返すことにした。男性が盗賊に襲われたという場所は、もっと奥らしいが、そこに向かうのは危険すぎる。

「もしかしたら、あの熊みたいな魔物が盗賊と組んでるとか……最悪のパターンもあるかしら」

 エリーナの推測に、僕とティアは互いに顔を見合わせて血の気が引く。

「やめて! そんなの怖すぎるわよ! あわわわわわ」


 帰り道。男性はだいぶ動けるようになったが、急激には無理なのでペースは遅い。それでも、僕たちが一緒なら何とか仮拠点まで戻れそうだ。


 ――だが、その途中。通路のどこかから鋭い視線を感じて、僕は嫌な汗がにじむ。

「……誰かいる」

 振り返ると、一瞬だけ黒いローブの人影が見えた気がした。しかし、すぐに闇へと紛れて消える。

「盗賊……? 追ってきたの?」

 ティアも怯えながら新調した短剣を握る。冷や汗で、せっかくのピンク鎧がさらにテカテカ輝いている。

「……下手に刺激するのはやめましょう。逃げられるなら走ってでも帰るわよ」

 エリーナが合図を送り、僕たちは男性を支えながら足早に通路を移動し始める。


 しかし、その時だった。背後からカツン、カツンという靴音が響き、さらに複数の影が見えた。どうやら一人ではない。囲むように移動しているようだ。

「まさか……ここで襲うつもりかしら」

「まずい、どうする? 男の人も足を痛めてるし、ティアが暴走したら全滅する可能性が……」

「失礼ね、誰が暴走するって! 仮に暴走だとしても、可愛さが溢れる暴走よ!可愛いは混沌でもあるの!」

 思わず心の中でティアにツッコミを入れる。

もしこれが闇ギルドの手下なら、僕たちのような下位ランカーが敵うとは思えない。エリーナ一人でどこまで対抗できるか。いや、この中年冒険者も少しは戦えるかもしれないが、重傷で無理はできないはずだ。


「……しょうがない。全力で妨害しつつ逃げるしかないわね!」

 エリーナが決意したように魔力を高め始めた時、突然通路の奥から別の足音が複数重なって聞こえてくる。

「そっち! 取り押さえろ!」

「はいっ!」

 勢いよく駆け込んできたのは、ギルドが派遣した警備隊らしき集団だった。どうやら怪しい人影を捜索中だったらしく、僕たちが怯える黒ローブを見つけて一斉に襲いかかったようだ。

「ぐっ……ちっ!」

 ローブ姿の連中は抵抗を試みるが、数では警備隊が優勢だ。激しい乱戦が起こり、罵声や武器の音がこだまする。


「私たちはどうするの?」

 ティアが混乱しながら僕を見る。まさかこの場で加勢できるほどの力はないし、警備隊の動きを邪魔してしまう可能性もある。

「ここは退避だね。邪魔にならないように通路を引き返そう!」

「う、うん!」


 僕たちは重傷の男性を抱えたまま、脇道を通って何とか逃げ出す。その間も後方では激しい音が続き、金属がぶつかり合う火花が見えていた。

「危なかった……闇ギルドの手下だったのかしら」

「そ、そうみたいだね。もし警備隊が来てなかったら、今頃……」


 男性は青白い顔をして震えている。よほど恐怖だったのだろう。僕たちだって恐ろしくて仕方なかった。

 こうしてどうにか無事に仮拠点へ戻ると、事情を知ったギルド職員が飛んできて、男性を医務スペースへ運んでくれた。僕たちはほっと胸を撫で下ろす。


 ほどなくして、闇ギルドの手下らしきローブの者たちを警備隊が捕縛したという報告が上がった。被害は出たものの、いったんは収束したらしい。

「……やっぱり、不穏な勢力が動いてるのね」

 エリーナが遠い目でそう漏らす。ティアは足元に目を落とし、握りしめた短剣を見つめている。

「私、強くなったつもりだったけど……やっぱり怖いよ。敵が人間ならなおさら」

「僕だって同じだよ。でも、最初に比べれば格段に腕は上がってるはずだし、今日みたいに誰かを助けられたのは大きいと思う」


 ティアは薄く笑い、ピンクの鎧の裾をつまみながらつぶやく。

「そう……かな。可愛い鎧を手に入れたのに、全然活躍できなかったし……悔しい。もっともっと修行して、闇ギルドの連中なんかちぎってはパクリちぎってはパクリするんだから!」

「え、頬張るの?」

 彼女の目には悔しさと再挑戦の炎が同時に燃えていた。大怪我こそなかったが、心に残る恐怖は相当なものだろう。僕も同じ気持ちだ。


 外はいつの間にか夕暮れの色に染まり、仮拠点の天幕には冒険者たちの帰還する足音が絶えない。今日は僕たちも中層へ足を踏み入れたものの、ほとんど成果を挙げられないまま戻ってきた。

 しかし、負傷者を助け、危機を乗り越えたことは無駄じゃないだろう。僕も、ティアも、エリーナも、今一度身の引き締まる想いで闇の脅威を実感したのだから。

「さ、疲れたでしょう。今日はしっかり休んで、明日以降の作戦を立て直しましょう」

 エリーナが提案すると、ティアは大きく伸びをし、ふらりとよろける。

「うう、ほんと疲れた……寝る前に甘いもの食べたいわ。シヴァル、何かちょうだい?」

「僕の持ってるのは乾パンぐらいだよ。甘くはないけど……」

「それは嫌! ここは可愛い私にスイーツを差し入れしてほしいの!」

 いつものやり取りに、エリーナと僕は思わず顔を見合わせて苦笑する。


 それでも、こうして冗談を言い合えるのは平和の証拠とも言える。闇の勢力が潜む迷宮で、いつ大きな事件に巻き込まれるか分からないからこそ、日々の笑いが救いになっているのかもしれない。

 キノコ魔物とのバトルあり、ピンク鎧のお披露目あり、盗賊との危うい遭遇あり――怒涛の日々を駆け抜けながら、僕たちは少しずつ強くなっていく。

 そして、仲間を助け合い、笑い合いながら、底辺ランカーから抜け出すために奮闘するのだ。

 いつか闇ギルドの核心に迫り、迷宮の深部で真の力を証明できる日が来ることを願いつつ……。


 仮拠点のランタンが揺れる夜、僕はティアの寝言混じりの「スイーツ……シュークリーム……」という声を子守唄にしながら、次こそは真っ当に活躍してやるぞ、と決意を新たにした。

 ――そして明日も、相変わらずの大騒ぎが待っているに違いない。


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