第十話 猛烈おしゃれ改造計画!? ~可愛いは正義か混沌か~
翌朝。仮拠点で目を覚ました僕は、まだ微妙に鼻がむずむずする。昨日の紫色の胞子の名残か、くしゃみが何度か出た。
ティアは昨夜のうちに防具や服をしっかり洗い、「可愛い私を取り戻すわ!」と意気込んでいる。例のリボンも紫色に染まりかけていたのを、徹夜で洗ったらしい。
「はあ……私、本当に大変な目に遭ったわ……。でもその分、ランクアップへの近道になったと思うの!」
ティアが朝食のパンをかじりながら笑う。鼻水はだいぶ落ち着いたようだが、瞳の周りが若干赤い。
「そうだといいけど……その前に、もっと安定した戦い方を覚えないと危ないよ。昨日のキノコの魔物だって、偶然タイミングが合ったから倒せたけど……」
「むむむ、私だって分かってるわ。でもね、シヴァル。まずは形から入るって大事じゃない?」
「形……?」
「装備よ、装備! 私、今の装備が地味だし動きにくいの! もうちょっと可愛くて実用的なの、見つけてくるわ!」
目を輝かせたティアは、パンを平らげるとすぐさまテントから飛び出していった。僕は慌てて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの!? まだ準備も――」
「装備品のバザーが開かれてるって聞いたのよ! 王都の商人たちが仮拠点まで出張してきたみたいだし、良さげな品があるかもしれないわ!」
彼女の言い分は一理あるが、肝心の所持金がどうなっているか不安になる。エリーナは「気になったならついていってあげたら?」と僕の背を押す。
仕方なく、僕はティアを追って仮設バザーへ向かった。そこにはテントが並び、武具や魔道具、薬草などが所狭しと陳列されている。仮拠点に集まる冒険者相手に、商人たちも一儲けを狙っているのだろう。
「うわーっ、すごい人だかり……」
「ねえシヴァル、ピンク色の鎧とかないかしら? あと、フリル付きのガントレットとか……」
「そ、そんなに都合良くあるものか……」
しかし、見回しているうちに、ティアが「これ見て!」と指さしたものがあった。まさかのピンク色の軽鎧が、試作品と書かれた札付きで売られているのだ。
「これ、いいんじゃない!? ほら、胸当てもフリルっぽい飾りがついてるし、可愛いわ!」
「ええ……ちょっと待って、強度はどうなんだろう」
店主に尋ねると、「丈夫な素材でできてはいるが、試作段階でまだ改良の余地がある。防御力を優先するなら他の品をおすすめする」という正直すぎる回答が返ってきた。
「どうする? せっかく買っても、あまり防御が期待できないかもしれないよ」
「うーん……でも可愛い……うずうず……チラチラ……」
ティアはうずくまって悩み始める。ここでポンコツぶりを発揮して衝動買いするか、それとも地味だけど性能の良い品を選ぶか――その葛藤がありありと伝わってきた。
「……わかった! やっぱり私は可愛い路線を譲らないわ!ここで可愛いさに一歩引けば、それは世界の損失につながるもの!」
ティアは勢いよく拳を握る。
「うわ、本当に買うのか……?」
「ええ、もちろん! 可愛い装備に身を包めば、私のモチベーションもぐんと上がるんだから! それに、せっかく貯まったランクポイントを無駄にしないためにも、テンション高めで迷宮に挑みたいのよ!」
「防御力よりテンションが優先なのか……」
僕は呆れながらも、店主が提示した値段を見てゼロがいくつか多い気がして目を疑った。
「た、高くない……?」
「試作品だから安くはできないんよ。それでも売れれば助かるしね、お客さん」
「うぅ……足りるかしら……」
ティアは財布を開けてため息をつく。やはり予算がギリギリのようだ。
そこへ、どこからともなく現れたエリーナがひょいと顔を出した。
「ティア、どうせなら私も少し出してあげるわ。あなたが戦闘でやる気を出してくれるなら、そのくらいの投資は惜しまないし」
「えっ……ええっ!? エリーナ! 資金援助してくれるの!?」
目を輝かせるティアに、エリーナは苦笑しながら答える。
「ただし、ちゃんと戦ってもらうわよ? 可愛い装備を買った結果、すぐに逃げ出すんじゃ意味がないでしょう?」
「くっ……やっぱり条件付きね。分かったわ。私、めちゃくちゃ可愛くなるから!」
「そこは強くなってよ」
鼻息を荒くするティアに、僕は思わず吹き出しそうになる。
こうして、ティアは念願のピンク色軽鎧を手に入れた。フリル風のデザインがあちこちに施されており、まさに超自己主張の一品だ。たぶん、数百メートル離れても一瞬で見分けがつく。
「どう? 似合う?」
装着してみせる彼女の姿は、遠目で見るとなかなか可愛い……かもしれない。しかし近くで見ると、なんともいえない異色の存在感があり、目がチカチカする。
「えっと……意外といいんじゃないかな、たぶん」
微妙に言葉を濁す僕に、ティアは「やっぱりね!」と大喜びしているから救われる。エリーナは「ま、本人が満足してるならいいんじゃない?」と肩をすくめるだけだ。
その後、バザーの隅で休憩していると、何やら騒ぎが起きた。どうやら、ここで盗品を売りさばこうとしていた輩が見つかったらしい。
「ほらほら、そいつを捕まえろ!」
「チッ、覚えてろよ!」
黒いフードの男が逃げ出そうとするところを、ギルドの警備隊が取り押さえる。男は暴れるが、複数人に抑え込まれて万事休すだ。
「また怪しげな奴が……やっぱり闇ギルドの関係者かしら」
「うーん、迷宮が注目を集めるほど、こういう連中も増えるよね」
僕とエリーナが暗い顔でその光景を見つめていると、ティアがニヤリと笑う。
「ねえねえ、こういう奴らをバシッとやっつけたらポイントいっぱいもらえたりしないのかしら?」
「簡単に言うけど、相手は危険な集団だよ。僕らが太刀打ちできる保証はないし……」
「でも、いつかはやってやるわ! 可愛いは正義であるんだから、悪は撃ち抜くに決まってるでしょう!」
ピンクの軽鎧を誇らしげに叩きながら、ティアが吠える。まさに彼女らしい論理展開だが、その勢いだけは頼もしくもある。
まもなく、捕縛された男は警備隊に連行されていった。周囲の商人たちもひと安心したようで、「物騒な世の中だ」と漏らしている。
僕たちはその光景を見届けてから、仮拠点へ引き返した。ティアは相変わらずピンクの鎧を見下ろしては自画自賛し、僕とエリーナに「ほらもっと褒めて!」と要求する。
「ま、まあ……迷宮で目立ちすぎるのは危険かもしれないから、ほどほどにね」
「むむ、私がキラキラ輝くのを止めるの!? でも仕方ないわ、変な連中に狙われるのはごめんだもの。可愛いは混沌でもあるのね」
ティアは可愛さと安全策の狭間で葛藤しつつも、新装備を嬉しそうに眺めていた。こんな調子で本当に強くなれるのか、いささか疑問は残るが、彼女のモチベーションを支えるには大事なアイテムかもしれない。
その夜。ギルドの報告書を眺めながら、エリーナがぽつりとつぶやく。
「迷宮の中層辺りで、すでに複数の盗賊団が目撃されてるらしいわ。しかも、魔物が妙に協力的だったって噂もある。……まさか、本当に闇ギルドが魔物を操っているのかしら」
「その可能性は否定できないね。僕らが遭遇するのは、まだ先かもしれないけど……」
「えー、だったら私が新しい装備で蹴散らしてあげるわ! ほら、こうしてシュバッと!」
ティアが枕元で華麗にステップを踏むが、寝袋に足を引っかけて派手に転倒する。
「ぎゃふん! あ、あたたた……」
「……ほんと、大丈夫かな、この子」
エリーナが呆れ顔で僕を見る。僕は困り顔になりつつも、実は少し笑ってしまった。さっきのティアは痛そうではあるが、本人は転んでも転んでも立ち上がるタイプだ。可愛いというよりもたくましい。
いつか来る危険と闇。王都でも噂される不穏な動き。そんな中でも僕たちは進む。
ピンクのフリル鎧に身を包むティアの姿は、もはや可愛いの化身のようだが、彼女の無謀な挑戦心が僕たちを鼓舞してくれるのも確か。
「……明日こそは、もう少し奥まで行ってみようか。僕たちも以前よりは戦えるようになってきたし、何よりティアがその装備を試したがってるみたいだし」
僕がそう提案すると、ティアは「やったー!」と大喜びして寝袋の上で跳ねて、果てはでんぐり返しまでする。今日という今日は、もう眠れそうにない。
エリーナは「まったく子どもなんだから……」と苦笑しつつ、僕たちを気遣うようにまぶたを伏せる。
明日からは、今まで以上に危険と隣り合わせかもしれない。でも、ティアが装備を新調した分、ちょっとは安心……なんて思いたいが、実際はどうだろうか。
ともあれ、可愛いは正義(であり混沌?)を掲げるティアがいてくれる限り、僕たちの冒険には笑いと騒ぎが絶えそうにない。そんな予感を感じながら、僕は夜更けのテントで微笑んだ。




