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第8話 1位とほどけたツインテール





 ……やっとマラソン4kmを完走した。


 ヘトヘトになった私は、膝に手をついて息を整える。走り終わった後、いつもなんでマラソンが苦手であるのかを、これでもかというほど意識させられる。


 ララは1・2組の女子の中でマラソンを1位で完走していた。有言実行! 本当に1位を取るなんてすごい。


 アキは3位だった。アキは中学、そして高校でも陸上部に入っているからこそ、帰宅部で1位を取っているララを褒め称えていた。


「立花さん……速いね! すごいよ! おめでとう! もしよかったら、陸上部に……入らない?」


「嫌よ。学校が終わったらすぐに家に帰りたいもの。練習も厳しそうだし!」


「そんなに厳しくないから……。休みも結構あるよ……」


 アキは息が乱れていた。


「えー、嫌よ! ごめんなさい。お誘いは嬉しいけど、きっぱり断るわ」


 その点、ララは汗をかいているものの、息があまり乱れていなかった。すごい……。


 二人は気さくに話し合っている。羨ましいくらいに……。


 そんな二人の様子を、マラソンで2位だった女子が見つめている。


 あれ、あの子はーー。確か、浦山ひろきの彼女。昇降口でララがパパ活をしていると噂していた女子の一人だ。


 彼女も足が速かったんだ。中腰で息を切らしながら、ララを睨んでいた。


「はぁ、はぁ……。立花さんだよね。マラソン1位おめでとう。けど、部活も入っていないのにさ。そんなに速いの、なんかおかしくない?」


「ちょっと、甲斐(かい)……」


 アキが止めに入る。


「……私とアキちゃんは陸上部で長距離の選手だから上位でゴールするのはわかるとしても……帰宅部の立花さんが、1位取るのはなんか裏があると思えない?」


 どういうことだろう。ララは何もズルをしていないように思うけど。


「何が言いたいの?」


 ララも甲斐さんに食ってかかる。


「だーかーらー!!」


 わざと間延びした声を出して、場を支配する。周りにいる人の注目を一斉に集める。


「ドーピングでもやってる? って言いたいの!」


 えっ!! ドーピング!?!?!?


 そんな訳ないじゃん!! ララが足が速いのは紛れもない実力だよ。


 それは、この世で一番かっこ悪い捨て台詞のようにも思えた。


 みんながララと甲斐さんに注目している。よく見ると男子の方では浦山ひろきが、ニヤニヤとした顔をして、他の男子と一緒にこっちを見ていた。


 これは我慢ならないと感じた私は一歩前へ出る。


 ーーその瞬間、ララは甲斐さんに向かって、


「ばーーーーか。そんな訳ないでしょ!!!」


 と、大声で言い返していた。


「あたしの実力に決まってるでしょ! あなた陸上部なの? それなら、こんなぽっと出の奴に1位取られたら悔しいわよね。ごめんなさいね」


 ララは冷たい目をしていた。


「負けを認められない人って、自分の気持ちを納得させるために、妙なことを口走っちゃうのね。ドーピングって……」


「……」


「まぁ、今日は朝食をしっかり食べたし。……あぁ、そうね。いつもは食べないトンカツを食べたから、それがあなたが思うドーピングなら、ドーピングなのかもね!」


 甲斐さんを煽る、煽る。彼女は歯を食いしばって悔しそうな表情を浮かべている。顔も赤い。


「っ!!!」


 すると、我慢ならなかったのか、甲斐さんはララの髪の毛をガッと掴んだ。えっ。ちょっ。


「……何するのよ! 離しなさい」


「ムカつくムカつくムカつく!!!」


 ぐしゃぐしゃに髪を触り、ララのツインテールが乱れた。髪ゴムが取れ、掴み合いの喧嘩になる。


「ちょっと、何してるの!」


 すかさず体育の先生が間に入る。


 甲斐さんは涙目になっていて、ララはむすっとした表情をしている。


 その様子だけでは、ララが加害者で甲斐さんが被害者のように思えた。


 二人とも事を大きくしたくなかったみたいで、先生に余計な事を言わなかった。質問されたことに対して口数少なく、やり過ごしていた。


 しばらくすると授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。体育の先生は「お昼休み、二人とも職員室に来なさい」と言い、ひとまず号令をかけた。


 みんな昇降口に向かって歩いていく中、私はすかさずララに駆け寄った。


「大丈夫?」


「……」


 ララはむすっとした表情を崩さない。口をへの字に曲げて、少しだけ下を向いた。


 きれいな髪が台無しだ。ボサボサで、ところどころに土のようなものも付いている。


 ……びっくりした。マラソンで、こんな取っ組み合いの喧嘩になるとは思っていなかった。甲斐さんは浦山ひろきの彼女だし、きっとララが1位を取ったこと以外にも、怒っていることがある気がした。じゃないと、あんなに食ってかからない。


 引き寄せられるように、ララの髪に触れようとしたところで、私はグッと静止した。許可なく触れてはいけないような気がしたからだ。


「?」


 ララは上目遣いで不思議そうな目をする。一瞬、考え込んだ後、息を呑むように「あのさ……」と言った。


「……どうしたの?」


「……髪、結ってくれない?」


「へ……」


「あたしの二つ結び。毎朝いつもママが結ってくれるの……。いつもそうしていたから、恥ずかしいけど、自分でできないの。お願い……。こんなこと、真子奈にしか頼めない。あたしの髪を元通りにして……」


 そうだったんだ。かわいい……。

 少し潤んだ目に、吸い込まれてしまいそうになる。


「うん。いいよ」


 特に断る理由がなかった。


「でも、もう授業終わってるし、ここじゃなんだから……更衣室に行こう!」


「そうね」


 周りに人がいないことに気付いた私たちは、更衣室まで急いだ。マラソンの延長みたいだったけど、不思議と疲れはなかった。


 私なんかがララの髪を結っても良いのかなと一瞬不安になったけど、それ以上に嬉しかった。

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