第7話 体育のマラソン
「あっ」
私はハッとする。自分の持ち場の掃除が、まだ終わっていなかったからだ。
「えっと。ララは掃除終わった? 担当どこだっけ?」
ホウキを掃きながら、ララに聞く。
「1階のトイレ。私の分の掃除は、とっくに終わったの。暇だから、近くを歩いていたのよ」
トイレが担当なら、他のクラスメートと複数人で掃除をしているはずだった。急にララがいなくなって、困っていることだろう。構わず学校を徘徊する強い精神があるララのことを素直にすごいと思った。
「真子奈は、まだ掃除終わってなかったのね。って、私が話しかけたから邪魔した部分もあるのかもね。……いいわ。お詫びじゃないけど、手伝ってあげるわ」
そう言った後、階段の踊り場に置いてあるバケツの中から雑巾をしぼって、床を拭こうとしてくれた。
いつもは一人で掃除をしているから心強かった。
ララは、私がアキやナナミンといる時は声をかけてこない。
今日も一人でいることがなかったら、こんな風に話しかけてくれることもなかったんだろうなぁ。
……あれ。私ってもしかして、ララから話しかけてくれるのを待ってる?
ララと話したいなら、私から話しかければ良いんだ。……そうだ。今度からはそうしよう!
一つの決意を固めて、私は急いでホウキを掃いた。ララは両手をついて雑巾で床を拭いている。拭き掃除なんて、一番嫌だろうに……。ごめん。ありがとう。掃除に付き合ってくれているララに感謝した。
◇
ゴールデンウィークが過ぎた5月半ば。ララとは、たまに話すけど、まだ一定の距離がある感じがしていた。無理もない。
女子はグループになっていると中々、他のクラスメートに積極的に話しかけに行くことができない。アキのような社交的な性格をしている子は例外だとしても……。そんな言い訳を考えながら、私は自分の内気な性格を正当化しようともしていた。
今日は朝から天気が良い。
4限目の体育は、隣の2組と合同でマラソンをすることになっていた。男子は5km、女子は4kmの距離を走ることになっていて、「やりたくなーい」と明らかにモチベーションが低い生徒が多かった。
体操服に着替えて、校庭に向かう中で、一人、先を歩いているララを見つけた。
今日も髪の毛を二つ結びにしたツインテールが目立っている。肩を叩いて声をかける。
「ララ、マラソン憂鬱だね」
「……本当そうね。と言いたいところだけど、あたし、足には自信があるの! 今からワクワクしているわ」
「えっ! そうなんだ。良いな〜」
「できることなら1位を目指すわ! 真子奈、見ててよね」
ララは私にグッと親指を突き出すと、くるりと前を向いて、一人スタスタと歩き出した。
私は掃除の密会以降、ララを見かけたら、できるだけ自分から話しかけるようにしている。それはララが一人でいるから寂しそうということではなく、私がしたいからしていることだった。
ララと接してみて、わかったことが3つある。それは、自分の気持ちを大切にしていて、周りに流されないこと。一人でいても堂々としていることだった。
そんなララのキラキラとしたオーラに触れたくて、時折こうして話しかけてしまう。私の名前を好きだと肯定してくれたことも嬉しかった。
私はララにはなれないけど、勇気がもらえて、良い影響を受けていると感じた。私はララに何があげられるんだろう。
ララとアキがお揃いのクマーヌのキーホルダーを持っていることが気になって、前に勇気を出してララに聞いたことがある。
「ララがカバンに付けているクマーヌかわいいね」
「そうでしょ。クマーヌのこと知ってるの? これ今、入手困難なのよ。あたしは欲しいものは必ず手に入れる主義だから、今回もゲットできて嬉しいわ」
「そうなんだ。良かったね! ……もしかして、誰かとお揃いだったりする?」
「えっ! なんでわかったの? 真子奈ってエスパー?」
大きな瞳を向けられると、それ以上何も聞くことができなかった。今思えばもっと踏み込めば良かったと感じている。……私のいくじなし。
きっと、ララとアキはクマーヌのキーホルダーをお揃いで持っているということだろう。
あれからララとアキの関係を注意深く見ているけど、やはり数回話している場面を目にしたことがある。その時、私は軽くモヤモヤした気持ちになった。だけど、気のせいだろうと、気にしないことにした。
……いや、わかっている。多分、これは独占欲というやつかもしれない。
私にとってララとアキは大切な友達だと思っている。だからこそ、二人が仲良くなると、私の居場所が無くなるような心許なさを感じるのだろう。きっとそうだ。
自分で自分が嫌になる。けど、仕方ない。この感情を見ないふりにはできない。
グラウンドでの準備体操が終わった後、体育の先生が、男女で分けて、さっそく私たちを走らせようとしていた。ララと違ってマラソンは苦手だけど逃げることはできないし、腹を括るしかない。
「一緒にゴールしようね」とは、誰とも約束はしていなかった。だけど、自然とナナミンと隣になる。
お互い顔でうんざりしている気持ちを表現しあった。
「……頑張ろうね。マコ」
「うん。走りきろう」
よーいスタートの合図で生徒たちが一斉に走り出す。前の方には、ララとアキがいた。私とナナミンは真ん中の集団より、やや後ろの位置にいる。
……こういう時は、楽しいことを考えると苦しくないと聞いたことがある。
私はゴールデンウィークの思い出を振り返ることにした。
家族で遊園地に行ってパレードを見たことが楽しかった。高良もテンションが上がって被り物をかぶっていたっけ。
それに、アキとナナミンとも遊んだなぁ。みんなでスイーツ巡りをするために、話題のカフェに行った。テンションが上がって、3店もはしごして、最後はお腹いっぱいになって夕ご飯が食べられなかった。
あっ。……ララとはゴールデンウィークに会わなかったなぁ。というか、私たちは連絡先すら交換していない。
宿題する時は、不思議とよくララを思い出した。今何してるかなって、頬杖をつきながらテキストを進めたっけ。
……って苦しい! 喉が痛くなり、先ほどよりも走るスピードが遅くなる。隣のナナミンを見ると、まだまだ余裕そうな表情をしていた。私と目が合うと優しく笑う。