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第6話 名前の呼び方





 昼休みの後の掃除の時間。階段の踊り場担当の私は一人ホウキを掃きながら考えごとをしていた。


 それは、立花さんとアキのことについてだった。


 二人は何故、入手困難のクマーヌのマスコットキーホルダーをお揃いで持っていたのか……。


 先ほどまでは気にならなかったのに、一人になると次々と考え事が浮かんでくる。


 仮に、二人がお揃いのキーホルダーを持つくらいの仲なら、友達以上……親友ということもあるのだろうか。


 昨日の放課後、立花さんは確か「友達だってろくにいない」と言っていた。


 嘘をついていたとは思いたくないけど、本当のところはどうなんだろう……。


 昨日、立花さんの意外な一面が見れて嬉しかった。一瞬でも距離が近づいたと勘違いした自分が恥ずかしかった。

 

 ……ハッとした。


 完全にホウキを持つ手が止まっていた。掃除をサボるのは良くない。考えごとをやめないと。


 その時、立花さんが階段を上がってきた。突然のことに驚いてしまう。


 私と目が合うと、「あっ」というように口を開く。キョロキョロと首を振り、周りに人がいないことを確認すると、私の側までやってくる。


「……こんにちは」


 立花さんの第一声。あらためて丁寧な挨拶をするのが、なんだかおかしかった。


「ちょっ、なんで笑うのよ」


「いや、笑ってないよ」


「……笑ってるじゃん」


 昨日の放課後のような砕けた感じのやり取りができたーー気がした。


「……」


「……」


 ……かと思えば、不意に沈黙が訪れる。不思議と気まずい感じはない。


「……矢橋真子奈さん」


「はい!」


 まただ。急にフルネームで呼ばれた。


 胸がはねる。くすぐったい感じがする。


 立花さんに名前を呼ばれると、今にも逃げ出したいような、でももっと呼んで欲しいような矛盾した気持ちになった。


「……呼んでみただけ」


「!!」


 ……もう。


 ええい。私も挑戦してみる。


「立花ララさん」


 負けじにフルネームで呼んでみた。


「……!! なによ……」


「なんでもない……」


「……うぅ」


「……」


 二人で顔を見合わせる。


 遠くから誰かが話す声がする。反響して何を喋っているかわからない。蛇口から水を出す音も聞こえた気がした。


 階段の踊り場で、立花さんと二人きり。


 たまに人が通るけど気配は、まったく気にならない。


 この時間いいな。ずっと続けば良いと、なんとなくだけど思った。


「……ねぇ、自分の名前、苦手に思ってるでしょ?」


 立花さんが何もかも見透かしているような目をして言う。


 図星だっただけに、咄嗟に言い返すことができなかった。


「えっと……」


 つい、言い(よど)む。一度つまずいてしまった時点で、上手い切り返しをする気持ちの余裕が持てなかった。


「……矢橋さん、クラスの自己紹介の時、悲しそうな顔をしていたから」


 立花さんはかまわず続ける。


 ……見られていたんだ。記憶に残るほど酷い顔をしていたのかな。


 頬が赤くなる感覚がする。きっと、今、恥ずかしがってるって、立花さんに見透かされているんだろうな。


「……あはは、バレちゃった? 嫌だな〜。もう……」


「真子奈って名前、あたしは好きよ」


 風が吹いたーー気がした。冷たく、刺すようなぴりりとした感触。


「えっ……」


「な、名前のことよ!」


「わ、わかってるって!」


 しばしの沈黙。ギュッと、ホウキを持つ手に力が入った。


「……真子奈の『真』は、嘘偽りのない本当という意味」


「えっ?」


「名前、あなたの漢字の意味よ」


 立花さんは続ける。


「真子奈の『子』は、そんな女の子に育つようにって意味ね。真子奈の『奈』は末広がりで良いイメージがある漢字だわ」


 じっと私を見つめる。


「……って、耳まで真っ赤ね」


「見ないで。だって……立花さんが褒めてくれるから……」


 つい睨むような目になってしまった。


「……自分の名前が苦手に思うって、勝手にしろって感じだよね。子どもっぽいっていうか、周りに伝えたらフォローせざるを得ない状況にしてしまうし」


「……」


「現に、立花さんに見透かされてるし……」


「……」


「だけど、立花さんが名前を好きって言ってくれたの、正直、嬉しい」


「ん……」


「き、聞いてくれてありがとう。立花ララさん!」


「ふふっ。っていうか、名前呼ぶのララで良いけど。なんか堅苦しいし」


「えっ」


「その代わり、あたしも真子奈って呼ぶわ。良いでしょ?」


「はい……」


 (あらが)えなかった。自分の名前が苦手な私だけど、立花さん……いや、ララには私の下の名前を呼んでほしくなった。


「なんで、敬語なの?」


「……つい、言っちゃった」


 二人は顔を見合わせて笑う。


 その時だった。上の階段から一人降りてくる男子がいた。


 ーーそれは、浦山ひろきだった。


 ララがパパ活をしていると噂を広めた張本人。


 ララにアプローチをかけてすぐ別の女子と付き合った男子。


 私はつい、浦山ひろきを見る目がきつくなった。一瞬、目が合ったけどすぐに逸らされてしまう。不思議に思った私だけど、数秒経ってから気づいた。


 浦山ひろきは、一人で行動していたから強く出れなかったのではないか。


 そういえば、ララにアプローチしている時も、他の男子と一緒だった。


「なんか、あの人おとなしかったわね。てっきり嫌味の一つでも、私に吐き捨てるかと思ったのに」


 浦山ひろきが横を通り過ぎた後、ララがボソリと言う。


「きっと、私とララが二人で居るからだよ。一人でいる時は、あまり強く出れない人なのかも」


「何それ。本当?」


 ララが口元に手を当てて笑う。何気ない仕草なのに様になっていた。見惚れそうになる。


 元々、浦山ひろきは、私たちに何も言う気がなかったのかもしれない。


 だけど、私とララが二人で居たことで、物事が良い方向にいったと思いたかった。

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