第5話 クマーヌのマスコットキーホルダーと秘密
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ポカポカとした陽気が心地よい、次の日。学校に向かう足取りが、いつもよりも軽かった。
朝、目覚まし時計が鳴る直前に起きることにも成功したし、ニュース番組の占いコーナーをじっくり見る余裕もあった。どうしてだろう。
「マコ、おはよう」
教室に着くや否や、ナナミンがほわわんとした笑顔で声をかけてきた。
昨日、一緒に本屋に行けなかったにもかかわらず、気にした素振りがない。ナナミンの素直な性格に救われた。
「ナナミン、おはよう! 昨日はごめんね」
「いやいや、大丈夫だよ〜。本屋は、また今度、一緒に行こうよ」
「うん!」
「あっ、アキも来たね。おはよう〜」
アキが教室に入ってきた。私とナナミンを目にすると、「おはよう」と声をかけてくれる。
ふと、アキのカバンに目線を移すと、昨日までなかった熊のキャラクターのキーホルダーが付いていた。ゆるっとした表情がかわいい。
「アキ、このキーホルダーかわいいね!」
自然と口にしていた。初めて見るキャラクターだった。熊の首元には赤いスカーフが巻いてあった。
「ありがとー! クマーヌって言うんだ。お気に入りっ」
ホクホクとした笑顔で"クマーヌ"を見せてくれるアキ。右手に持って軽く揺らし、動きを付けてくれる。
「へぇ〜。アキって、こういうキャラクター、カバンに付けたことないのにね」
ニヤニヤと笑う、ナナミン。からかわれたアキは、軽くムッとした表情を浮かべ、「別にいいでしょ」と照れたように、はにかむ。
アキが説明するにクマーヌは雑貨屋発祥のオリジナルキャラクターらしい。大々的な知名度はないものの、インフルエンサーが身につけたことが話題になって、今やクマーヌのマスコットキーホルダーは入手困難なアイテムらしい。
3人で話していると、教室の後ろのドアから立花さんが入ってきた。
昨日の今日ということなので、つい目で追ってしまう。
低血圧なのか、どこかボーッとした表情をしている。私の視線に気づいた立花さんは、ハッとした表情に変わる。
目と目が合っても、にこりと笑うようなことはしない。ーーしかし、口元は微かに緩んでいるような気がした。
立花さんは、今日もかわいい。
……ん? あれ、カバンにつけているのって……。
「マコ、どうしたの?」
固まっている私に、アキが不思議そうに声をかけてくる。
……驚いた。だって、立花さんもアキと同じクマーヌのマスコットキーホルダーを付けているんだから。
……偶然かな。
クマーヌはゆるっとした表情がかわいいと思ったけど、今は少し複雑な感情で見ることになる。
「な、なんでもないよ! あのさ、アキのクマーヌのキーホルダーって、誰か他の子とお揃いで付けてたりする?」
「!!」
図星と言わんばかりの顔だった。ナナミンも驚いた顔をしている。
「もしかして七海、マコに教えた?」
「ううん。言ってないよ」
「……マコ、勘が良いね。うん。クマーヌのキーホルダーはお揃いで付けているんだ」
当たりだった。アキが動揺している。
「……えっと、こんな私だけどさ、心の準備というものがあって……。その、マコに言いたいことがあるんだ! でも、今は言えない……。ごめん。お願い。もう少しだけ待っててくれる?」
両手を合わせて頭を下げるアキ。気迫に圧倒された。
「う、うん……」
こんなにしおらしいアキは初めてだった。
……アキには何か秘密がある。内容はわからないけど重大そう。
なかなか買えないクマーヌの入手困難なキーホルダーを、アキと立花さんが二人で付け始めた。……もしかして、そういうこと?
いやいや、考えすぎ!
……だったら、なんで同じキーホルダーを持っているんだろう? 偶然にしては、できすぎない?
アキはクラスのみんなと気さくに話すことができるし、その気になれば一匹狼の立花さんとも、難なく距離を縮めることができそう……。
私の知らないところで仲良くなっていてもおかしくないんだ。
喜ばしいことなのに、何故か胸に引っかかるものがあった。
いやいや、気のせい!
……アキも、秘密をいつか教えてくれるみたいだし、今は別な話題を振ったほうが良いよね!
「……そういえば今朝、弟の高良が朝ごはんの目玉焼きを制服に落として、黄色くなって大変だったんだ〜」
「えっ、何それ。大丈夫だったの〜?」
「うん。テレビ見ながらご飯食べてたから、気を抜いて落としたみたい。頑張って染み抜きしてて、ことなきを得ていたよ!」
「マコの弟かわいいー!」
アキが茶々を入れる。
「憎たらしいよ〜。機嫌悪い時は口きいてくれないもん」
「そうなんだ! ……私の妹も、声をかけても返事してくれない時期あったなぁ。懐かしい……」
ナナミンが遠い昔に思いを馳せるように、ぼんやりとする。
「そういえば、ナナミンも妹いるんだよね。名前はなんて言うんだっけ?」
「凛香だよ。写真見る?」
「あっ。見る見る〜」
思いがけず話が弾んでホッとした。
ナナミンはスマホから昨日撮ったという妹の凛香ちゃんを見せてくれた。
遊園地に行く時に付けるような猫耳のカチューシャを家で付けていて、はにかんで笑っていた。
セミロングヘアーで口元にほくろがある。目元の雰囲気がどことなく、ナナミンに似ていた。
「昨日、凛香が部屋の隅にあった猫耳カチューシャを拾って付けていたから面白くて、思わず撮ったんだ」
「へ〜。かわいい! 仲良いね! 凛香ちゃんって何歳なの?」
「一つ下だよ!」
「私の高良と一緒だ! 同学年だったんだね」
「…………」
アキが食い入るようにナナミンのスマホ画面を見つめていた。様子がいつもと違うように見えた。
「アキ……?」
「あっ。ごめんごめん。……七海、この写真、後で私に送って」
「まぁ、いいけど……」
ん?
なんで、凛香ちゃんの写真をアキが欲しがるんだろう。
前に顔馴染みと言っていたけど、関係あるかな? 友達だから……あえて、欲しいのかな?
少しの引っかかりを覚えたけど、まぁ、そんなこともあるよねと一人納得して、そのまま話を続けた。
兄弟の話が出たので、流れからアキにも話を振ると、どうやら一人っ子のようだった。
だけど、お母さんが美容師で顔が広く、常に家には誰かいる状態ということなので、特に寂しいことはないようだった。
話は飛び、最後は『熊はペットとして飼えるのか』という議論になり幕を閉じた。知り合って間もないけど、私は二人といろんな話をする時間が好きだった。