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第4話 勘違いと、また明日

「あなたが教室に入ってきた時、"あたしが"一人で、ノートにぐるぐる書きをしてるところ見たでしょ?」


「………えっ、ちょ、待って。もしかしてこの黒いの、立花さんが書いたの?」


「そうだけど?」


 驚いた。先入観で、てっきり誰かから書かれたものと思い込んでしまった。早とちりをして恥ずかしくなる。


 昇降口で聞いた噂による、周囲からの悪いイメージ。私の今までの経験などによって勝手に決めつけてしまった。


 立花さんは、鋭い目で私を見る。


「ごめんなさい。てっきり誰かに書かれたものだと思っちゃった。勝手にノートを消す係も立候補して、ごめんなさい」


 深々とお辞儀をした。しばしの沈黙。


「……そんなに謝らないでよ。そういうあたしも、誤解されるようなことをしていたから」


「……どうして一人で書いていたの?」


 ほんのちょっとの勇気を出して、聞いてみた。


「笑わない?」


「うん……」


「本当に? 嘘ついたら許さないから」


「笑わないよ。約束する」


 真剣に言い、立花さんをじっと見つめる。


 近距離で見たのは初めてだけど、やっぱりすごくかわいい。そんなことを再認識させられた。


 立花さんは、意を決したように口にする。


「……ムカついたから。聞いたことない? あたしがパパ活してるって噂」


「あ……」


 さっき耳にした噂だ。


「それ嘘。あたしがおじさんとイチャイチャして歩いていた? はっ、笑っちゃう。……あたしは男の人と付き合った経験もないのに!!!!」


 鼓膜が破れるほどの大きな声だった。


「それに……友達だってろくにいない! そんな女がパパ活なんてできるわけないでしょ」


 ギュッと目をつぶり、恥ずかしそうに下を向く立花さん。


 「なんでこんなことあんたに言わなきゃならないのよ!」というような心の声が聞こえてくるようだった。


 ……やっぱり噂は噂だった。


「そうだったんだね」


「うん。……浦山(うらやま)ひろきっていう男子が言いふらしてる」


「クラスメートの?」


 最近、みんなの顔と名前を覚えてきた。


 浦山ひろきは、教室で立花さんを口説いていたリーダー格の男子だ。


「そうよ。ちょっと遊びの誘いを断ったくらいで、根も葉もない噂を流すなんて……。最低。文句があるなら、正々堂々とあたしに言ってきなさいよ」


 私から目線を外してぽつりぽつりと言う。


「あーもー、ムカつく!! ってあたしも、あなたに話を聞いてもらってる時点で同じものか」


「そんなことないよ」


 心からそう思えた。


 そういえば、噂をしていた女子二人のうち一人が、「彼氏が言っていた」と言っていたから、浦山ひろきは、もう既に他の女子と付き合っているってことだよね……。


 この前まで、立花さんにアプローチしていたのに。切り替えが早いというかなんというか。


 それに、根も葉もない噂を流す人は私も許せない! 同じくムカついてきた。


「うううう〜。それに、……あたし、立花ララって名前でしょ? 女子二人から陰口で『アニメキャラみたい』『ぶりっ子っぽい』って言われたのもムカついたわ。パパとママが一生懸命考えて付けてくれた名前なのに……悔しい」


 潤ませた瞳を隠すように机に突っ伏す、立花さん。勝気に見えるけど繊細な部分もある。少しだけ本音を垣間見れたみたいで嬉しかった。名前に悩みがあるところも同じだ。不思議なことに、アキよりも親近感が湧いてしまった。


 ガバッと立花さんは急に顔を上げる。


「でも、仕方ないでしょ! 性格悪いのも含めてあたしなんだから! ……今は、ちょっとあなたに弱った一面を見せただけだけど、いつもこんなんじゃないから! ノートに一人でぐるぐる書きしてたのもストレス発散のため! あー、話を聞いてくれてありがとう! おかげでスッキリしたわ。矢橋真子奈さん」


 私をじっと見つめる真剣な瞳。逸らしたりなんかは絶対にできない。


 立花さんが私のフルネームを口にすると、綺麗な響きに聞こえた。不意打ちに名前を呼ばれて胸がはねた。覚えていてくれてたんだ……。


「あっ、ごめんなさい。あたしばかりグイグイ喋って……引いた?」


 無言を悪いように解釈した立花さんが、申し訳なさそうに眉を下げた。でも、威勢の良い態度は変わらない。


 つい頬が緩む。


「ちょっ、何笑って……」


「ごめん。立花さんの話聞いてたら、なんか感動しちゃって……」


「へっ?」


「堂々としていて羨ましいなって。心の内を話してくれてありがとう! もちろん立花さんがパパ活しているなんて思っていないよ」


「あっ……そう。ならいいけど」


「私、立花さんが書いた黒いぐるぐる全部消しちゃったね」


「別に良いわよ。ノートが無駄にならなくて済んだし。また、モヤモヤした気持ちが溜まったら書くから良いわ」


「そっか」


「……いじめだと思ったんでしょ?  最初は何なのって思ったけど、……あたしのために消してくれたんだよね。ありがとう」


「いえいえ!! どういたしまして。こちらこそ勘違いしてごめんね」


「ふんっ」


「……」


 気まずいような、照れ臭いような雰囲気。遠くで吹奏楽部が演奏している音がする。ずっと聴いていたいような、早くこの場を立ち去りたいような不思議な感覚。


「……と、こんな感じかしら。それじゃあたし、帰るわね」


「う、うん」


 立花さんは、ノートをカバンに入れると、勢いよく席を立った。そのまま後ろのドアの前まで行き、ピタリと止まって私を見る。


「……暗くなると危ないから、矢橋さんも早めに帰った方が良いわ」


 優しい言葉をかけてくれるなんて思ってもいなかった。


「……心配してくれてありがとう!」


「そんなんじゃないけど!」


「……」


「……じゃあ、また明日」


「!! ま、また、明日」


 私は立花さんにどんな顔で伝えたのだろうか。きっと少しは、にやけていたはずだ。一人、教室に取り残されたけど、ほのかな幸福感が漂っていた。


 ひょんなことから立花さんの秘密の顔を知ってしまった。


 立花さんは嫌なことがあった時、ノートに書くのがストレス発散方法になるんだ。少し意外だったけど、……かわいいと思ってしまった。


 私も早く家に帰ろうと、席を立ち、帰路を急いだ。立花さんがまだ校舎に残っていないかを期待したけど、結局、姿を見ることはなかった。足、速いなぁ。家はどっち方面なんだろう……。

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