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第3話 放課後の教室





 桜が散り始めた、ある日の放課後。アキは用事があると一目散に帰り、ナナミンと私は本屋に寄りたいという意見が一致して、一緒に帰ろうとしていた。


「アキったら、はしゃいじゃって〜」


「?」


 カバンを手に取り、誰よりも早く教室を出ていくアキを、ナナミンはニヤニヤとした目で優しく見送る。


「……きっとそのうち、マコにも言うよ」


 意味深な言葉を投げかけられて、ウインクされた。アキはどこに向かっているのだろうか。疑問は残ったけど、まだ私が知る時じゃないということなので、口を慎んだ。二人は中学からの仲だから仕方ないと、少しだけ自分に言い聞かせた。


 ナナミンと最近読んだ小説の感想を語らいながら校門まで来た。すると、


「……あっ」


 ブレザーのポケットに手を入れたら、スマホを教室に置き忘れたことに気づいた。


 ナナミンに「ごめん。スマホ取ってくる」と一言伝えてから、急ぎ足で校舎に戻る。


 下駄箱で外履きから内履きに履き替える際、別クラスの女子二人の、どきりとする会話を耳にすることになる。


「1組の立花ララって、パパ活しているらしいよ」


「え、マジ?」


「ほんとほんと彼氏が言ってた! 駅前で50代くらいのおじさんと腕組んで歩いてたんだって〜。やばいよね」


「うわ〜。そういう人、本当にいるんだね〜」


 人の悪意を目の当たりにして、全身が水を浴びたように冷たくなった。


 ……立花さんがパパ活?


 何かの間違いだと思った。


 この前、教室での男子たちのやり取りを見て、そういうことをする子じゃないと思った。信念がある、しっかりとした子。嫌なことははっきりと言えて、物事の分別が付いている子。


 私は立花さんのことを何も知らない。にもかかわらず、絶対にパパ活はしていないという謎の自信があった。


 そのまま隠れてやり過ごせば良いものの、私は噂話をしていた女子二人の前に出た。


「「!!」」


 周りに人がいるなんて思ってもいなかったのか、二人はビクッとしていた。


 数秒ほど、彼女たちをじっと見る。


 「何こいつ」と言いたげに、二人は顔を見合わせている。


 そのうち一人が「行こう」と片方の女子の制服を掴み、その場から立ち去る。


 ごうと遠くで風が強く吹く音がした。


 ……私は何故、喧嘩を売るような真似をしたんだろう。自分の行動に不思議な感覚を持つ。今になり、額に汗がにじんでいることに気づいた。ポニーテールを軽く触り、気持ちが落ち着くのを待った。


 私にしては勇気がある行動だと思った。だって、そのままスルーすることができなかった。同じクラスの女子が悪く言われるのが嫌だったのかもしれない。


 ……あっ、ナナミンを待たせているんだった。


 ふと我に返り、教室へと急いだ。早くスマホを取ってこないとーー。


 息を切らして、教室のドアを開けると……驚いた。


 偶然にも、立花さんがいた。机に向かって一人で何かを書いていた。


 後ろのドアが急に開いたことにビクッとした立花さんと目が合う。


 夕方の日差しがキラキラと輝き、教室内を優しく照らしていた。


「立花さん、まだ学校に残ってたんだね」


「……まあね」


「何か用事?」


「……ふんっ。べ、別に何だっていいでしょ。放っておいて」


 くるりと私に背中を向ける。


 机の上にはノートが開かれている。もしかして宿題を今しているのかな?


 なんとなく気になって目が離せない私は一歩、二歩と立花さんに近づく。


「立花さん!! それって……」


「……ちょ。な、なによ」


 ノートは一面、真っ黒だった。シャーペンで書いた、ぐるぐる書きが、真っ白いページを埋めつくしていた。ひどい。なんで、こんなことを……。


 ……嫌な予感がした。


 もしかして、誰かに書かれたのだろうか……。


 ふと先ほどの昇降口で陰口を言っていた女子二人が思い出された。


「あ、ああ? これ……」


 ノートを指差す私の視線から逃れるように、そっぽを向く立花さん。何故か、顔が赤い。


「うん。そのノートのこと……」


「いいから放っておいて」


「そんなことできないよ!!!!」


 ……私ってこんなに大きい声が出せたんだ。


 立花さんも驚き、目を見開いている。


「交流もないクラスメートに、こんなこと言われても困るかもしれないけど……。そのノートに書いてある黒いの、私も一緒に消しても良いかな?」


「……へっ、どうして?」


 私たちは顔を見合わせる。


「急に現れて何? びっくりする」


「うっ……。最近、新しい消しゴム買ったの! 初めて使うブランドのだから、使い心地を試したくて……、その、駄目かな?」


 我ながら苦しい言い訳だった。動揺していたから、脈絡のない言葉が口からあふれる。


 もっと他に良い言い方があっただろうに……。


「はぁ? まぁ、いいけど……」


 いいんだ!? 良かった。

 立花さんのこと放っておけないよ。





 消しゴムがノートに擦れる音が教室に静かに響く。


「……」


「……」


 私たちは無言のまま。

 立花さんは、じっと私の手元を見ていた。


 五分前。長引く予感を感じた私は、置き忘れたスマホを使って、ナナミンに『ごめん。用事ができたので先に帰ってもらえないかな。本当にごめんね』とLINEを送った。


 すぐに『わかった、大丈夫だよ。本屋はまた今度行こ〜』との返事。そして、ゆるい羊のスタンプが届く。


 ホッとしたのもつかの間。


 まさかこんなことになるなんてと、現実に戻され、立花さんにバレないように、静かに乱れた息を整える。


 スマホを教室に置き忘れただけなのに……。これまで接点がなかった立花さんと、今こうして向き合うことができている。


 私は立花さんの前の席の人の椅子を借りて、黒いノートを消しゴムで消している。


 そんなにまじまじと見つめられると、消しゴムを持つ手が震えそう。


「……急にごめんね」


 波打つ心臓を抑えて、立花さんに声をかける。


「……うん。別に。けど、あなた変わってるわね」


 軽くふふっと笑う立花さん。不思議と嫌な気はしなかった。


「そうかな……」


「うん」


「……こういうことは初めて?」


「えっ?」


「……その、ノートに"書かれる"ことって」


「へっ? "書くこと"じゃなくて? ……もしかして、丁寧な言葉で言ってる? えっ?」


「んん?」


 噛み合わない会話。少しの違和感を感じた。

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